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勅使河原華蓮の編集後記  作者: 成希奎寧
麗爛新聞 七月号
18/40

麗爛新聞 七月号 一面

「「……」」


ひたすらに重苦しい沈黙だった。


原風景を見せる梅雨を乗り越えたボクに照り付けるのは、燦々と輝く夏の日差し。


そしてそれは一緒に沈黙を奏でている人影にも等しく降り注ぐ。


目が痛いくらいの眩い光を反射するのは、全世界の男性を虜にした美女の面影を残す女性。


天城マリア。


仏頂面でスイーツドリンクを飲んでいる彼女は生徒会の副会長で、ボクの種違いの姉でもある。


――気まずい。


「……何か話をしなさいよ、天音君」


沈黙が堪えたのか、煌めく姉が呻く様に要求して来た。


出来ればそれに応えたい。だが、まず何を話せばいいのか……。


頭を回転させる為に、対面する姉と同じドリンクを飲み込んだ。



確かに甘い――しかし、だからと言って良い話題が思い付くワケでは無かった。


「……遅いですね、お二人」


「……そうね……ごめんなさい、自分でも無茶ぶりをしたと分かっているのよ……」


「……いえ」


そして再びの沈黙。


つい今しがた話題に出した、この地獄絵図を創り上げた悪魔二人を恨めしく思った。


今頃、どこかでこの状況を見てほくそ笑んでいるに違いない。


今日は休み前の試験も終わり、来る夏休みに控えた旅行の買い出しを皆で楽しむ予定だったと言うのに。


どうしてこんな事になったのか。


事の始まりは、一週間前に遡る。


そう、あれは――一緒に試験勉強をしよう、と先輩二人からお誘いを受けた、暑さの増した日の出来事だった。




――一週間前


「お、やっと来た」


「天音君、こっちだよ~♪」


学校の図書室に設置されたラウンジで、ボクを待っていた花前先輩と勅使河原先輩の姿を見付けた。


このラウンジは閑静な図書室内でも特別な場所で、生徒が思い思いに会話を許された、敷居の低い場所として知られている。


飲食もOKで、図書室の本はここでも貸出手続き無しで読む事が出来る。


まさに、学欲のある生徒にとっての憩いの場だった。


「すみません、お待たせして」


ボクは勉強道具を入れたバッグを揺らしながら、先輩たちが付いている席に近付く。


花前先輩が荷物を退けた場所に座り、数日振りに見た顔を何故か懐かしく思った。


「ううん、全然。と言うより、急に呼び立ててゴメンね。佐奈がさっきになっていきなり呼ぼう、なんて言い出すから」


「そんな事無いですよ。寧ろ、先輩達に呼ばれて嬉しかったですし」


「悪いねえ天音君。華蓮がここ最近、天音君を恋しがって全然試験勉強に集中出来てない様だったからさ」


「む、無茶苦茶な事言わないでよ佐奈!! そんな事無いからね!?」


「あ、あはは……分かってますって」


顔を真っ赤に染めてあわあわと否定する様子を見て、この人は本当に好意を隠す気があるのか疑問に思ったぐらいだった。




先輩二人に教わりながら、ボクは試験範囲で自信の無い部分を集中的に勉強していた。


勅使河原先輩はたおやかな指先でペンを握り、淀みなく問題を解き続けている。


どうやら一度範囲を全て終えているらしく、総復習としてもう一度範囲の頭からおさらいしているらしい。


何と言うよりも――その聡明な姿は、絵になっていた。


先輩を見ている時だけ、比較的賑やかなラウンジの中の音が一切聞こえなくなる。


――この感覚は、今に始まったワケでは無い。


雨に打たれて、傘を差し伸べられたあの日以降――ボクはこの、時が凝固する様な、不思議な感覚に憑りつかれていた。


まるで――。


「……あれ、華蓮。あたしの問題集が無いな、ちょっと教室まで取って来るよ」


「待ちなさい。貴方さっきもそう言って出て行ったクセに何も持って来なかったでしょう」


「いや、それはまあ……途中で道に迷ってね……」


「それなら、きっと次も迷っちゃうから、行かない方がいいよね?」


「…………はい」


――いや、今はそれを……ましてや、ボクだけが考えるべき事じゃない。


もしも二人が前に進みたいと考えた時、その『続き』に関われるとすれば――全力で挑めばいい。


二人の愉快なやり取りを見て、無意識にそう思った。




ボクは何よりも――この三人で一緒に過ごす時間を、心から愛している。


ここまで、本当に色々あったと思う。


それら全てを語るには、きっと一夜では足りないぐらいの時間が必要になってしまうだろう。


そんな紆余曲折を経て、ボクと、多分勅使河原先輩は大きく変わった様な気がする。


唯一変わっていないのは、いつも飄々としている花前先輩ぐらいだろうか。


そう言えば、ボクは彼女の事をあまり深く知らない。


実際、彼女が自分自身の事を語りたがらない事が大きいのだろう。


男性の視線を釘付けにするナイスバディを持ちながら、一切の男っ気が無い花前佐奈。


――もしかして、彼女は。


「あー……ちょっとトイレ行ってくる」


ボクが無粋な事を考えた瞬間、彼女は苦虫を噛み潰した様な顔で立ち上がった。


「……佐奈? 逃げようったって、そうは……」


「大丈夫だよ、逃げるワケじゃない。これ、マジな奴だから……」


ぽんぽん、と下腹部を優しく叩いた仕草を見て、勅使河原先輩がハッと口を手で抑える。


「あっ……ご、ゴメンね……」


ボクと勅使河原先輩では共有出来ない苦痛に呻きながら、花前先輩はひらひらと手を振り、ギクシャクと歩いて行った。




「……ボク達には、訪れないイベントですから、咄嗟に思い付かなくても仕方ないですよ」


「……天音君……ありがとう」


少しへこんでいた勅使河原先輩にフォローを入れると、『彼女』は寂しそうに微笑んだ。


――如何に心を幻想で染めていても、身体は現実に囚われ続けている。


それを意識させてしまっただろうか――そう考えると、フォローのつもりが逆効果になってしまったかもしれない。


「そう言えば、花前先輩って新聞部以外だとどんな人なんですか?」


名誉挽回のつもりで、ボクは元々止まっていたペンをノートの上に置いて、先輩を見据えた。


髪と同じ、白銀に染まるシャーペンを口元に寄せて、勅使河原先輩は、ん~、と実に可愛らしい声を上げる。


「……特に変わらないと思うけどなぁ。誰にだって優しいし、いつも私と一緒に居てくれるもの」


「良い人、なんですね」


「あはは、そうだね。私みたいに接する人が限定的じゃない分、色々な人とコネクションがあるみたいだよ」


「取材の時も、かなり迅速に約束を取り付けてくれましたもんね……」


そう考えると、新聞部の先輩二人はかなり特殊と言うか、潜在的に触れ難い位の高さを感じる。


それは知り合いで言えば絹糸勇士もその類なのだが、流石に長い時間を共にしているので、彼には慣れ始めていた。


勅使河原先輩が良家のお嬢様――もといお坊ちゃまなのは噂に聞いているが、花前先輩ももしかして――。




「残念ながら、あたしの家は勅使河原家みたいに良いモンじゃないぜ」


ポンと肩を叩かれ振り向くと、少しだけ顔色の悪い花前先輩が不敵に笑っていた。


「佐奈、大丈夫? 気分悪くない?」


「ああ、クスリを一発キメといた。今は最高にハイな気分だよ」


「あ、怪しい言い方しないで下さいよ……普通に生理薬飲んで楽になったって言えばいいじゃないですか……」


そんなに即効性のある薬なんて聞いた事も無い……つまりはきっと、空元気。


偽りの姫君に――勅使河原先輩に、気を遣っているのだろう。


ガンギマリだ、とけらけら笑う花前先輩から、親しみやすさを備えた、庶民的な匂いを感じた。


「……翼くーん? お姉さん、今は臭いとか嗅いで欲しくないんだけどなー? デリカシー足んねえなあ、オイ」


「いだだだだだ!! 痛いです、ちょっ……って言うか考え読まないで下さいよ!!」


がりがりと指の第二関節で両側のこめかみを穿孔され、悲鳴を上げた。


その様子を見て、じっとりとした目でこちらを見やる勅使河原先輩の姿が目に入る。


「天音君は単純だから、手に取る様に考えが分かるのさ。ほれ、不貞腐れたお姫様がこっち見てるよ」


「……別に、不貞腐れてなんかないもん」


「……乙女だねえ」


「ですねえ」


「……もうっ!!」


恥ずかしそうにノートで顔を隠した勅使河原先輩を、ボクと花前先輩はしばらく無言で見て楽しんだ。



「ダメだ、やっぱり気が乗らない」


その後、勉強を各々が再開して十分も経たない内に、腰の落ち着かない淑女が不満を口にした。


「早いなぁ……でも、無理にしても捗らないもんね」


勅使河原先輩は一息吐き、ノートを閉じた。


先輩達が醸し出す終わりの雰囲気に合わせて、ボクも勉強道具をカバンに仕舞う。


「そう来なくちゃ!! 折角集まったんだし、実りのある時間にしようじゃないか」


「……もしかして、最初からそれが目的だったの?」


「それは濡れ衣だよ、華蓮。あたしはこれでも、やる時はしっかりやる女だ」


そう口にしながらも、花前先輩は自分の荷物から水着のカタログやらアウトドア用品の広告やらを次々に取り出した。


「……そうみたいだね。やるのは勉強じゃなくて、夏休みに出掛ける旅行の準備みたいだけど」


呆れた様な声を上げて――けれど、とても楽しそうな勅使河原先輩を見て思い出した。


二人は、奇妙な友人関係のままなのだ。


まるで、かつてのボクと絹糸勇士の様に――どこかですれ違い続けている、と。





「そう言えば、勇士も行きたいって言ってました」


「マリアも是非、って言ってた。一応当初の予定通りの人数は集まりそうだね」


「よし来た!! 場所は去年と同じ勅使河原家のコテージでいいよね?」


「うん、お母様にも確認して、大丈夫って許可貰ってるよ。使用人も配備してくれるみたいだから、ホテルみたいにゆっくり出来ると思う」


コテージだの使用人だのと、おおよそ理解の範疇を超えている単語が度々出て来るが、あまり気にしないでおこう。


勅使河原先輩と時を共にして、はや数ヶ月。この程度のギャップは、これまでに幾度も耳にしているハズだから。


「ああ……去年と同じ天国で過ごせると言うのか……楽しみ過ぎて今日から寝らんないと思う」


「それだと旅行当日には絶対倒れてるだろうし、ちゃんとしっかり眠ってね……?」


僅かに頬を紅潮させて目を輝かせる花前先輩は、かなり珍しいと思った。


去年にそれだけ素晴らしいひと時を過ごしたのだろうが……そ、そんなに良いモノなのだろうか。


――いけない、かなり期待し始めている!!


ある意味で、花前先輩は旅行の企画者に向いている。そう思った矢先に――。


「あとは日程を決めて……マリアと天音君の親交会を決行するだけだね。一緒に旅行に行くのに、ギクシャクしたまんまじゃ楽しめないだろうからさ」


「あ、そうだね。私も、天音君とマリアには仲良くして欲しいし」


――希望を粉砕する様な、巨大な爆弾を笑顔で投げ込んで来たのだった。



――――――


そうして色々あった末、この地獄絵図が完成した。


まず五人で準備の買い物をする為に、テスト最終日の午後、カフェに集合する予定が組まれる。


そして何故かボクと天城マリアだけ、他の三人よりも早い時間に集まる様になっていた。


――そう、この大惨事は全てあの二人によって仕組まれていたのだ。


球技大会の時も思ったのだが、あの二人――主に勅使河原先輩はその見た目とは裏腹に、意外とスパルタ思考だ。


こうして無理矢理状況を打開しなければいけない状況を意図的に作り出し、目の前に立ち塞がる壁を破壊させる。


ある意味で最も師匠に向いている人かもしれない。おかげで、ボクは素性を知らない人とでも気軽に話せる様になった。


――ああ、そう言う事か。


「……マリアさんって、どんな人なんですか?」


――ボクならこの状況をなんとか出来ると、判断しての事か。


勅使河原先輩は確かに厳しいが、決して無理難題を突き付ける真似はしていなかったのだから。





「……私? 何故急にそんな事を聞くの?」


「いやあ……そう言えばボク、マリアさんの事をよく知らないと思って」


敢えて、母の名前は出さなかった。きっとここに居る姉は、母に対して良い印象を持っていないだろうから。


マリアさんは一度キョトンとした表情を浮かべた後、優しげな笑みを浮かべた。


――そこに、母の面影がしっかりと重なった。


「ふふ……まるで華蓮と最初に出会った頃みたい。どうせあの子に色々と教わっているんでしょう?」


「ですね。あと、花前先輩から体当たりの心得とか」


「……今の新聞部、相当カオスなのね。逆にちょっと興味あるわ」


勅使河原先輩のしごきで身に付けた、取材能力。


先入観を持たず、自分が知りたい事をただ聞く。


それだけでも、人と話をする事が出来る。何故なら、多くの人は相手の話を聞くよりも、自分の話をする方が気持ち良くなれるから。



それからボク達は、色々な事を話し、色々な事を聞いた。


何時の間にか、マリアさんとボクは自然と会話が出来る様になっていた。


互いの持つ先入観が解けたと言うか、ある種の誤解の元を見付けたと言うか。


――例え血の繋がりがあったとしても、ボク達は出会ったばかりの他人なのだ、と。


だから知らない事は聞くべきだし、仲を深めようとするのも決して不思議な事じゃない。


如何に母の面影があろうと、この人は母じゃない。


逆に、ボクが如何に母の子だとしても、彼女にとってボクは恨むべく対象ではないのだろう。


でなければ、初めて出会った時に気遣いの言葉など、掛けなかっただろうから。






「すみません、時間ギリギリになってしまいました……って、お二人はまだですか?」


オープンカフェに涼風がそよぎ、ボク達の話に花を咲かせていた途中、絹糸勇士が到着した。


「あら、絹糸君。テストの点は問題無さそう?」


「バッチリです」


「そう。流石に私の右腕候補なだけあるわ、結果発表が楽しみね」


「うす、手前には勿体ない御言葉です!」


「そっか、勇士って生徒会執行部だっけ。と言うかそんなに有望なんだ……意外だ」


「おうとも……って、おい相棒、この前取材に来た時もピンと来てなかったみたいだが……俺ってそんなにオーラ無いか?」


「そうねえ……まだまだ中学生と同等ね。精進するのよ、絹糸君。新聞部なんかに引けを取っては、沽券に関わるもの」


「しょ、精進します……!!」


生徒会の同僚が登場した事により、ボクとマリアさんの親交会は終了を告げる。


少し消化不良気味な終わり方だったが、ボクの中には確信があった。


きっとこの先、同じ様に語り合う機会は幾度も訪れる。


だから、その時にまた話せばいいだろう。


嫌な事の先延ばしではなく、楽しみな事を未来に据えるのも悪くない。


そう思えるのは、ボクが変わったからなのだろう。


夏の日差しに目を細め、地獄の居心地の良さを感じながら、ボクは。


慌てて駆け寄って来る看守の鬼二人を視界の端に捉え、静かに頬を釣り上げた。






麗爛新聞 七月号 一面 終


この記事は二面に続きます。



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