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短編集  作者: まきじゃく
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遺書

死ぬと決めた人間は、最低限そこに事件性が無いことと、その原因について書き置きを残さねばならない。

今から書くことはそういった類のものであると知ってほしい。


まずはじめに、これは自殺だ。私は自分の意思でもってして首を吊り、自らの手で人生を終わらせた。

誰のせいというわけでもない。強いて言うなら自分のせいだ。

私自身が弱く、どうしようもない人間だったから死んでしまうのだ。


私が世話になった人間宛ての謝罪は、もう各個人への手紙で行っているから省かせていただく。


人生とは辛く、苦しいものだ。世には不幸のほうが溢れているし、こんな世界で生きている意味は無い。

そんなことはきっと、誰でも知っているのだと思う。

伝えたいのは私はそういったもののために死ぬのではないということだ。


では何故か。答えから言ってしまうなら、「自分という人間に価値を見いだせないから」だ。

自分がただの穀潰しであり、死ぬべきだと自分で思ったからだ。

死ぬべきというよりは、生きていてはいけない。もっと言うなら、自分を殺さなければならない。

自分という存在が、ゴミにしか思えない。捨てるべきゴミを後生大事にとっておく人はほとんどいないはずだ。

私という人間が、このまま生きて、無駄に物を食いつぶし、無駄に何かを消費し続けるべきでは無い。

だからこそ、命を絶つのだ。


同じ状況で、同じような環境に追い込まれた人はきっと私一人では無いとは思う。

だが、人の価値というものはその人自身が決めることだ。

自分自身のことは、自分自身が一番良く知っている。

他人にはその価値を定義することはできないし、仮にされたとしても何の意味も無いのだと私は思う。

重要なのは自分がどう思うかだ。


実のところ、私は自分自身が好きだった。

過去形だ。今は嫌悪している。

自分の思い通りになる自分が好きだったのだ。

私は自分自身に制約を課した。ある目標が達成できなければ死ね、と。

そして、私はそれを達成できなかったのだ。

失敗した自分は嫌いだ。このこと以外の、あらゆる失敗を私は許してきた。

だがその中でたった一つ、絶対に許せない失敗を私は犯してしまったのだ。

だから死ぬ。

その程度のことも達成できない私は、私である価値が無い。

そんな自分は死ななければならないのだ。


残念なことに、命をゴミに出す際どこに分別するべきかの記載が無い。

だから不法投棄のような形になってしまうことを許していただきたい。

どこかに捨てる場所があるというのなら、ぜひとも教えてもらいたいものだ。


自殺は犯罪ではない。だが、それでいて行える場所が無い。

ちゃんと場所を整えればもっと迷惑をかけることなく死ねるというのに。

この部分には、行政の怠慢を感じざるを得ない。

冗談である。

私が行った自殺というものが、推奨されることではないというのは分かっている。

だが、少し待ってほしい。全ての人間が私の死を否定するわけではないだろう。

私は些細なミスで、特に気分が落ち込んでいる時には自殺衝動に狩られる。

これは強い自己嫌悪によるものだ。

酷いときには人に肩がぶつかった程度で、顔の見えない相手に罵られた程度で死にたくなるのだ。

きっと誰かがこう言う。

「その程度で死にたくなるなら、これから生きていけない」

そのとおりだ。賛同に感謝する。


何度も言うが、私の死に関して、私以外の誰にも罪はない。

私は自分が可愛いから死んでしまうのかもしれない。

恩人や家族、友人を裏切ってでも自分を殺してしまう。

自分の意思で自分以外の全てに迷惑をかけるなんて、何という自己愛だろうか。

結局のところ、心の底から嫌悪した自分を、私は心の底から愛している。


培ったもの、得たもの、私自身が持つもの。全てを捨ててしまうのは実際のところ、とても勿体無いのかもしれない。

もしかしたら何かの分野で輝かしい功績を発揮できたのかもしれない。

だがそれはやはり、仮定でしか無い。そして、今この瞬間まで、私は何も成せていない。

そうすると、きっと私は何も成せない。だから、たとえ何を持っていたとしても変わらない。

ゆえに、私が死ぬことは損失となりえないだろう。


申し訳ないと思う気持ちが無いわけではない。事実私は謝罪の手紙を書いている。

私のために尽力してくれた人がいることも分かっている。

だが、やはりきっとそれは徒労だったのだ。

否定するようなことを言ってしまって本当に悪いと思うのだが、私はここで死んでしまった人間だ。

その人間に投資するようでは、やはりあなた方の先見の明が無かったということだ。

責任の一旦は私にもあるだろうが、あなた方にもあるはずだ。

私という人間の本質を見抜けなかったのだから。


遺書とは関係が無いのだが、これは自死を推奨するものではないことを断っておく。

自分で死んでおいて、何とも無責任な話なのではあるが、もし死のうとするのであれば是非ともこれを他山の石としていただきたい。

死ぬことは決して救いではない。自殺の先にあるのは苦痛でしか無い。

逃げの手段として、自殺を選ぶのは全くもって見当違いであると言わせてもらう。


私が死んだのは先程も述べたが、死なねばならないからだ。

生きていてはいけない。こんな自分は存在してはいけない。

自分自身を罰するためであり、処罰として死を選ばざるを得ないのだ。


何故ここまで盲目的に自分を殺すことにこだわったのか。

そこに論理的な答えはない。

自分自身の価値などというものを決めてしまうのは、宗教のようなものだ。

そして私はその狂信者なのだ。

だからといって殉教者などになるつもりはないが。


ここで死んだのはただの阿呆一人だ。


最後に。

発見していただいた方、本当に申し訳ないことをした。

PTSDなどを発症しないことを祈らせていただく。

もし手間でなければ、警察などへの通報をお願いしたい。

私の足元に置いてあるのは、私が今出せる金の全てだ。

どうか手間賃代わりに受け取っていただきたい。








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