模型の蟻
ガリガリガリガリ。耳障りな騒音をたてながら、男は何かを作っていた。
「ふう」
男は椅子に座り、煙草に火をつけた。男は煙草をふかしながら、彼が作ったのであろう家の模型に目を向けた。
「あなたー!私の眼鏡しらなーい?」
「知らんよー!どうせまた台所にでもあんじゃないのかー!」
階下から聞こえる妻の声に答えて、男はため息をついた。女ってやつはどうしてこう変わっちまうのかね、と心の中で呟き、再び家の模型に目をやった。
男は発明家だった。特許もいくつか持っており、生活はまずまずだ。だが、決して裕福ではなかった。本気になればもっと良い発明をして、もっと裕福になれたはずだった。それでも、男は今のような仕事が気に入っていた。最初の頃、彼の情熱を理解していた妻はいつまでたっても変わらぬ夫にあきれ始め、子供達は日がな騒音を立てるだけの父親の仕事をよく分かっていなかった。
「今回ので、あいつらは俺のことを見直すだろう」
男が作ったのは、精巧な自分の家の模型であった。家具一つ一つどころか、食物や小物までもが再現されているし、庭も再現されている。だが家の方は再現されているのは内装だけで、さらに一階と二階は別々になっている。模型の一階では台所を、中年女性の人形がうろうろ歩き回っている。
「必要ないとは思うが、試してみるか」
男はそう呟き、台所のテーブルに置いてあるマグカップを一つ落としてみた。マグカップのミニチュアは小さな音をたてて割れ、同時に一階からもコップの割れる音が聞こえた。
「キャア!」
人形が悲鳴をあげるのと、一階から悲鳴が聞こえるのも同時であった。
「どうかしたのか!」
男が呼びかけた。
「いいえ、何でもない!ただ、マグカップが割れただけよ!」
男は妻の返事を聞いてニンマリと笑った。
「やったぞ、ついに完成だ」
男が完成させたのは、現実と連動する模型であった。
男は自分の前にある箪笥を模型の中で動かして、模型と実物を交互に見続けた。
庭の模型の木を揺さぶると、窓から見える木も大きく揺れた。
「これを発表すれば、一気に億万長者だな」
男はこの模型を売り込むために、携帯電話を探し始めた。だが、電話探しは階下から再び聞こえた妻の声によって中断された。
「あなたー!ペロの散歩に行ってくれなーい?」
男は大きくため息をつき、立ち上がった。子供が飼うといった犬の世話は、いつの間にか男の仕事になっていた。
「わかったよー!」
返事をして、男は上着を着た。
「たまには、あいつらも一緒に散歩させてやろう」
そう呟いて、男は部屋の外へと出ていった。
しばらく後、男の妻が部屋へと入ってきた。
「あなた!ペロの散歩の前に私の眼鏡……って、もう行ったのね」
妻は男が作っていた模型を見て、呆れ顔になった。
「またこんなもの作って……もっと役に立つものを作れるでしょうに。……あら?」
模型の庭部分を見ると、なにやら蟻のようなものがちょろちょろと歩いている。
「何よこれ、虫かしら?」
女はそれを指で潰して、部屋から出て行った。