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54階  作者: 微睡 ゆう
1/2

中央通り

石橋清治が4月に新卒で入社してきたえり子と身体を重ねたのは、今日で6回目になる。

そろそろ潮時だろう。

事の最中涙を流すのに気づいていないわけではないし、やせ細って当たると痛いほどに骨が浮き出てきているのも危険な兆候だ。


清治はタバコのすえた臭いの染み込んだ安ホテルのベッドから立ち上がり、ベッド全体が映るように設置された壁の鏡で自らの裸体を観察した。

週4日、自宅マンションの共用ジムでのトレーニングと毎日の隅田川・ランで鍛えられた黒光りする身体は、遊びや飲食に興じていた若かりし頃よりもわれながら魅力的だ。

少し乱れた、ツーブロックヘア(白髪染めはNG。らしくない)を手でかきあげる。


鏡に目をやりながら、妻が洗い、アイロンをかけてくれた下着とスーツを身にまとってゆく。

鏡ごしにのろのろと安物のリクルートスーツを身にまとうえり子にふと目をやり

腕時計とタイガーアイのブレスレットをはめた。

結婚指輪に腕時計にパワーストーン。

左手はいつも重い。


えり子は細身で優しげな雰囲気を持ち、さらに高いトーンの猫撫で声とうるんだ茶色い瞳で新入社員としてお披露目されて以来、すぐに社内のアイドル的存在となった。

多くの若手男性社員が我が物にしたいと願う彼女は、40手前の清治により全身をくまなく探られた挙句心まで奪われ、いま世界の終末のような表情で沈んでいる。

清治は少し得意になって、唇の端をもちあげた。


「早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」


茶色いボブヘアが揺れる。


「専務は先に帰っててください。一緒になんて、帰れない」


清治は財布から一万円札を取り出すと、ベッドのサイドテーブルに置いた。


「わかった。じゃ、出て来る時にこれで払っといてね。お釣りはいらないから」


返事を聞くこともなく足早に部屋を出た。


いつか終わらなければいけない間柄。

身体の関係を持ってからの無駄な優しさは厳禁なのだ。


ホテルから出る時にはいつも全身に緊張がはしる。

5月の眩しい陽光からも隠れるように、マスクをしてできるだけ細い路地を使い、大通りへと向かう。


路地から出る一歩手前で素早くマスクを外し、ポケットへと滑り込ませた。

会社から徒歩圏内のホテルにえり子を連れ込むのは、スリルがあってより興奮するからだ。

2人目の妻に不倫が明らかになった際の反省が活かせていないが、人間とはえてしてそんなものだ。

しかし、現妻、摩実はもともと清治の部下だった上、社内にはまだ彼女と親交のある同僚が多数在籍している。

えり子とは面識がないとはいえ、自分と結婚するまでの清治の性的奔放さを知っている妻が、彼らから情報を得ようとしないはずはない。


いち早くえり子とこ関係を終わらさなければ。

密集し肩を並べる中層ビルのむこう、ひときわ高く、磨き上げられたガラスきらめく超高層ビルが見える。

妻と昨年末に生まれた娘が待つわが家を見上げ、清治はネクタイを正した。

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