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サツイノカゲ/ゲカノイツサ

そろそろ本編。一話毎がだんだんながくな〜る〜。


走っていた。あの屋敷の中を。暗い暗い廊下に差し込む月明かりと格子の影。どこまでも彼女を翻弄する。

手を引いて走っていた。誰かがそこで彼女と共に。少女は誰かに手を引かれるまま、足元を眺めながら走っている。

だから前に誰が居るのかはよくわからなかった。ただ走って走って彼女たちにとっては迷宮のように広いそこから逃げ出そうとしている事は確かだった。

少女は顔を上げる。自分の手についている鮮血。そして手にはまだ無骨なナイフが握り締められていた。

振り返るとそこには死体の山。多すぎるそれら全ては切り刻まれ、全てがつい先ほどまで生きていた温もりを有している。

少女は目を細める。あれだけ殺してしまって自分はのうのうと生きていていいのだろうかと?

もしもこの世界から自分が消えてしまえるのならば、もういっそのこと消えてしまいたいと。

うんざりなのだ。これから先も永遠にこんな悲しいことが続くのならば、いっそのこと全て忘れ去ってしまいたい。

全て忘れ去って・・・・・・そう、永遠に・・・・。


月に翳したナイフ。それを首筋に着きつけ、少女は目を閉じた。




サツイノカゲ/ゲカノイツサ


Side:RED




警察に二度目の取調べを受けることになったのは、前回の取調べがあった翌日の事だった。

部屋までわざわざやってきた刑事は俺と死んだ女性の関係について何度もしつこく聞いてきたが、それはもてなす側ともてなされる側の関係、としか言うことができない。

先日ビルから飛び降りた高校生の少女・・・彼女は俺の知り合いだと後々しった。無論、一瞬で頭部は砕け散りグロテスクな肉片に変化していたため一見しただけでは誰だか判断出来なかった、という理由もあるが何より俺が彼女を彼女だと判別できなかったのはもう一年以上会っていなかったから、という理由が大きいだろう。

その事はつまり彼女と俺があまり関係がないことの裏づけでもあるが、関係者曰く彼女は俺にほれ込んでいたらしい。そういえば一年くらい前までは随分頻繁に店に遊びに来てくれていたような気がする。無論、その時は高校生だ何て思わなかったわけだが。

彼女との関係はそれだけの事だ。だというのに警察がまた自宅にまでやってきた理由・・・それは同様の人死にが再び発生し、その死んだ女性がまた俺の客だった、ということだ。

写真を見る限り俺はその顔に多少の覚えはあったものの、名前までは覚えていない・・・そんな恐らく一見さんくらいの関係のはずなのに、何故また俺のところに取り調べに来るのか。

刑事は何度も俺に話を聞いたが答えることは同じ。お決まりの『何か思い出したら連絡してくれ』を言い残して去っていった。

無駄なことに時間を費やしてしまったとしか思えない。玄関の鍵まで丁寧にかけてやった。溜息をついてダイニングに戻るとそこでユカリが寝こけていた。

普段は冷静というか、ある意味淡白な態度を取るユカリだったが、眠っている時だけはかなり幼く見える。ソファに座ったまま、その手からは本が転げ落ちていた。

隣に座って腕を組む。二人目の死者もやはり飛び降りだったらしい。俺が聞いた事はただそれだけであり、そして二人目も昨日の俺の外出時間に合わせて上から降ってきたのだという。

俺はその騒ぎに気づかないまま通り過ぎ、そして帰宅した。ただそれだけのことなのだが。

いや、俺には関係ない。たまたま両方俺の客だったそうだがそれがなんだというのか。死とはなんら関係のないことだ。

隣で眠っているユカリの髪を指先で撫でる。少しクセのあるその神は柔らかくてなんだかふわふわしている。いつも外見には無頓着で寝癖がぼさぼさなのに、今日は比較的髪も大人しかった。

一体毎晩何をしているのか知らないがいつも疲れた顔で朝になると眠っているユカリ。その頬を撫でる。何となく立ち上がり、正面から顔を覗き込む。

小さく寝息を立てていた。長い前髪が目元を隠しているがお陰で一見しただけでは寝ているのかどうかよくわからない。寝ている間大人しく見えるのは多分慣れている俺だけであり、この状態でも一般人からするとちょっと近寄りがたく見えるだろう。

そう、ゆかりというのはそういう雰囲気のある女だった。近寄りがたいというか、なかなか距離感のつかめない女だ。近いわけでもなく遠いわけでもない。

だから本気で好きになる事も無ければ本気で嫌いになるわけでもない。俺と彼女はそういう距離感を大事にしていた。

何にせよ人間関係というのはどちらの方向であれ本気になった瞬間融通が利かなくなる。他の女と喋ってるだけで嫉妬したり、それはこちらもそうだったり。かと思えば嫌っていると顔をあわせるだけで正論かどうかも判断出来なくなり周囲を巻き込んだり。

面倒な生き物だと思う、人間と言うのは。だから俺はこの仕事がそこそこ鬱陶しく思うし、ユカリみたいな軽い女だったらいつまでも一緒に居られるような気もしている。いや、軽いというよりは・・・実体のない存在、とでもいうのだろうか。

仮に幽霊と言う生き物が存在するとしたらきっとこういう生き物なのだろう。無論、幽霊である時点で生きてはいないのだが。

そっと顔を近づける。寝息と共に甘い香りが鼻を擽る。目を細め、唇に近づいていき・・・やはりやめた。

立ち上がってポケットに手を突っ込む。隣に座って溜息をつくと眠っていたはずのユカリが俺の手を取って笑っていた。


「今、キスしようとしたでしょ?」


「やっぱり起きてたか・・・・・」


そう、近づいて見たらなんとなくだが・・・本当になんとなく、カンで起きているような気がしたのだ。

いや、恐らくは俺が髪に触れたりするまでは完全にブレーカーが落ちていたのだろう。なんだか起こしてしまったようで申し訳がない。


「何でやめるかな・・・・僕が嫌がるとでも思った?」


「お前は誰とでもキスしそうだからそれはない。それよりアレだ・・・・警察はもう帰ったぞ」


「あぁ・・・・ごめんね、僕警察大嫌いなんだ。国家権力ってなんか鼻につくじゃない。特に警察はきらい。ちっとも役に立たないし」


「それは同感だ・・・・なんで俺みたいに全然関係ない人間を取り調べるんだか・・・もっと他にやることあるだろうに・・・」


「ねえ、殺したのはクレイじゃないんだよね?」


「当たり前だろ」


真顔でそんな事を訊かれるとは思っていなかったので思わず苦笑してしまった。

ユカリは心底真面目そうな顔で俺に顔を寄せる。


「うそ、ついてないよね?別に僕は怒らないよ・・・クレイが人殺しでも全然気にしない。だからうそつかないでね?」


「まず、その発言がどうかと思うが、そして俺は人は殺してない・・・・・・・」


「・・・・・・・・そっか。僕も殺してないよ。目を見ればわかるでしょ?ね?」


わかったから顔を近づけるな。ぐいぐい近づいてくるのでこっちもぐいぐい引き剥がすと何だか奇妙な取っ組み合いになってしまった。

それが解除されるとお互いに溜息をつく。ユカリはもう別の思考に移行してしまったのか、上の空に何か独り言を呟いている。

こいつの思考はすぐに別のことに切り替わってしまうのでよく支離滅裂になる。それは性格的な問題なのだと思っていたが、もしかしたら何かの病気なのかもしれない。

もう全く何も関係の無い話題に唐突に話の途中でも切り替わる。こいつの異質な雰囲気はそうした空気の読まなさからもくるのかもしれない。


「ねぇクレイ、今日から僕が一緒に寝てあげよっか?クレイ最近いつもうなされてるし」


「ああ・・・・そうなんだ・・・・って、何で知ってる?」


「起きるまでずっと見てたから」


「お前なぁ・・・・」


「知り合いにいい私立探偵が居るんだけど、紹介しようか?」


また切り替わった。俺は何のことかわからず首を傾げる。何故私立探偵を紹介されなくてはならないのだろうか。

ユカリは目を細め無邪気に笑う。肩を寄せ、頭を俺の肩に乗せながら囁く。


「まだあの悪夢、見続けてるんでしょ?」


悪夢。

俺がずっと見続けている巨大な洋館の夢。主人公はいつも俺ではなく、見覚えのある少女。

そこで起こる様々な事。それはどれも色濃く血の匂いを引き連れ頭の中に颯爽と現れる。それから逃れる手段はない。

毎晩というほどではない。何かあればまるで記憶を思い出すかのようにそれはゆっくりと再生される。少女が暴行される様子や拘束され部屋に監禁されている様子。あるいは少女が人々を殺戮して周る様子。

俺の頭の中で繰り返されるそれは夢と片付けるにはあまりに現実味があり、そして俺はそれをどこかで見ていたような気がしてならなかった。

そんな話を以前に一度だけユカリにもした気がするが・・・恐らく今日うなされていたのを見て思い出したのだろう。記憶力のいいやつ。


「現実に存在するかもしれないよ?もしそうだとしたら・・・行ってみれば何か思い出すかもしれないし」


「そんな僅かな情報で場所を探り当てられる人間なんているかよ・・・それに俺は金は・・・まああるが」


「はいこれ住所と電話番号。いきなり尋ねちゃっても大丈夫だと思うよ」


いつから書いていたのだろうか。俺のセリフを最後まで待たないうちに手の平に紙切れを握らせ、にっこりと微笑んだ。

それから立ち上がって部屋を出て行く。思わず呼び止めるとユカリは手をヒラヒラ振りながら何も言わず去っていった。

全く持ってわけのわからないやつだ。まあ、何にせよ・・・・あの洋館のことは一度調べてみたいと思っていたのだが。

とりあえず電話をかけてみるが、通じない。仕方ないので部屋を出た。休日の昼間だが、探偵というのは休日でも営業しているものなのだろうか。

そもそもそんな職業で今時食っていけるとは思えないのだが・・・・まあいいだろう、行くだけ行って見るのも一興か。

何せよ場所は非常に近かった。同じ街の端っこか駅前かというだけの違いだ。もらい物のバイクを突っ走らせてそこまで三十分かからない。

しかし俺のイメージしていた場所とそこは随分と違いがあった。丁寧なことに地図まで書いてくれたユカリだったが、最初から書いてくれればいいのに。


「アパートですってな・・・」


それは古ぼけた木造建築だった。正直言葉を失うような場所だ。俺が住んでいるマンションとは天と地ほどの差がある。

一歩足を踏み込むとそこには巨大な木が立っていた。何の木なのかは一見しただけではよくわからない。何せ真冬だし俺はそういうのには興味もない。

とりあえず記されている部屋番号のところに向かう。二階のえーと・・・ここか・・・。

何の変哲も無い一室だ。とてもじゃないが優秀な私立探偵の住んでいる場所には見えない。仕方なくノックするが、返事もなかった。

何度かソレを繰り返し、完全に無駄足だったかと思い始めると一階、庭のほうから声をかけられた。


「あのー、今その部屋の住人は学校に行っているので外出中ですが・・・何かご用ですかー?」


学校?何で学校?というか学生なのか?

振り返る。そこには管理人と思しき女性が竹箒を片手に手を振っていた。何だか頭の悪そうな顔をしている。

階段を降りると一礼して迎えてくれた。俺も会釈して声をかける。


「あの、学校に行ってるっていうのは?」


「はい、部活動だそうで」


「部活動!?」


何歳なんだ・・・・とにかく俺が想像していた探偵とは随分と違うようだな・・・。

管理人の女性は随分と若そうに見えた。ボロいアパートとは言え、一人でやっているのなら大変だろうな・・・何て事を考えながら横を通り過ぎる。


「それじゃまた改めます」


そうして頭を下げたときだった。


「あのー、もしかしてカナタさんのお知り合いか何かですか?」


そのカナタさんというのが誰だか知らないが、もしかしたらユカリの言っていた探偵なのかもしれない。振り返って管理人を見つめる。ここは正直に全部事情を話した方が早いかもしれない。

そんなわけでここに至った経緯をかいつまんで話すと、管理人は無駄に豊富な胸の前で腕を組んで首をかしげた。


「それは多分カナタさんのことだと思いますけど・・・もう三年くらい前からここには住んでないんですよ?今ここに住んでるのはオレオレ詐欺にあって、ギャンブルで大負けしたご老人が一人と、あと学生さんが二人だけですから」


「そのカナタってのは今はどこに?」


「駅前の事務所に住んでると思いますよ。場所、教えますね」


駅前ってことは・・・なんだよすごく近かったんじゃないか?思いっきり遠回りしてしまった。

記された場所はすぐに分かった。普段は行かない場所だが、行き方どころか部屋から見えるくらいだ。


「ありがとうございます。それでは」


「あの〜・・・?」


振り返った。管理人は不安そうな表情で俺に近づくと、真剣な目つきで言った。


「ここを尋ねてくる人・・・特にカナタさん関係の人ってみんな大変な事情を背負ってるんですよねえ・・・あなたも頑張ってくださいね」


「は、はあ・・・?」


一体何のことだかさっぱりわからなかったが頭の緩そうなこの女の事だ、俺にはどうせ関係の無いことを言っているのだろう。

適当に切り上げてバイクにまたがるとまた駅前を目指して走り出した。そしてまた三十分近くが経過する。

オフィス街の一角にそれはあった。余り高級とはいえない古ぼけた雑多なビルの三階。確かにそこは事務所には事務所なのだが、とてもじゃないが優秀な私立探偵の城には見えない。


「まあアパートよりは幾分かましか」


扉を開いた。そこには書類や本が乱雑に散らばっており、とてもじゃないが客を迎える様相には見えなかった。

部屋の中央にあるデスクにはスーツ姿の男性が座っており、パソコンを片手で操作しながら何か物思いにふけっていた。

俺が入ってきた事に全く気づいていないのか、男はあくびをしてから立ち上がり、部屋の隅にある冷蔵庫からドーナッツを取り出して振り返り、


「ん・・・・いつから居たんだ」


と、俺を見て言った。




「ようこそ片瀬探偵事務所へ。ドーナッツくらいしかないが食べるか?」


「じゃあいただきます」


隅にあったテーブルで二人でドーナッツを食べる。男の髪は全体的に長い。特に整えているわけでもなく、服装もだらしが無かった。

それにいくらどう見ても俺の方が年下とは言え全く敬語を使う様子も畏まる素振りも見られない。


「それにしても、男の子だったんだな。随分と可愛らしいから女の子かと思ったよ」


「よくいわれますけど男ですよ、俺は。残念ながらね」


「さてと・・・・仕事の話だけど、とりあえずお前さんからの依頼を請けるわけにはいかない」


まあ、薄々そんな気はしていたが理由くらいは聞かせてもらいたいものだ。

男はそんな俺の気配を察知したのか、苦笑してコーヒーを口に含んだ。


「そう怖い顔をするなよ。俺としてはどんどん依頼を受けたいところなんだけどね。実は俺はただの事務員であって、探偵ではないんだ。ここの探偵さんは今出張ってて帰ってくるのは多分明日か明後日くらいになる。で、その探偵が気に入った客の仕事しか請けられないんだよ」


もうどう考えてもこの事務所の主は変わり者だとうとしか思えなかったがいよいよ事実そうだったらしい。どうリアクションすればいいのだろうか。

さっさと帰るべきか話を最後まで聞くべきか悩んでいると男性は足を組み、それから俺をじっと良く見つめ言った。


「話くらいは聞いてみようか?それで俺のほうから話して見て気に入るようだったら折り返し連絡を入れる・・・それでどうだ?」


「・・・・わかりました」


そんなわけで俺は夢の内容、そして自分の現状をかいつまんで報告した。

最近の飛び降りがどうこうという話は省いておいた。現場から近いここならば知らないという事はないだろうし、俺は事実関係ないのだから。

最初はどうでもよさそうに話を聞いていた男だったが、内容が深くなるに連れ深刻そうな表情を浮かべ、最終的には手帳に記録までし始めた。

どう考えても彼の態度が変化してきている事に内心違和感を覚えたわけだが、とりあえず最後まで語り終えることにした。


「・・・・・あんた、その洋館とどんな関係があるんだ?」


話が終わるとほぼ間髪入れず質問された。だから俺は正直に答えることにした。


「知りません。だから知りたいんです。俺、記憶喪失なんで」


俺の告白に彼は一瞬だけ驚いたようだった。それから何かに納得したように笑う。


「成る程。そんな風には見えないけどな・・・だが、その件だったら多分そう時間もかけないうちにあんたに報告出来ると思うよ」


「・・・どうしてですか?」


「もう調べてるからだ。それを調べにうちの探偵は今出かけてるところなんだからな」


あっけらかんと彼はそう言った。俺は意味がわからなくて言葉を失っている。

それを調べに今出かけている?まさか先にユカリが連絡でもしていたのだろうか?帰ったらそれは問い詰めるとして・・・。

だがそういうことなら話は早い。面倒な事もなく、あとで連絡が来るのを待つとしよう。


「それじゃ、これちゃんとした連絡先。君がかけた電話番号、多分古いやつだ」


名刺を受け取り立ち上がる。もうこれ以上ここで話す事は何もない。

向こうもそうなのだろう、ポケットに手を突っ込んだまま入り口まで見送ってくれた。


「それじゃ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いされます、っと。気をつけて帰るんだぞ」


笑っている。

事務員さんも十分変な人だと思った。




Side:BLUE



「殺人依頼サイト?」


屋上で携帯電話を弄っている少年に思わず私は聞き返していた。

休日が楽しかったせいかあっと言う間に終了し、ブルーマンデーどころかこれまた楽しみにしていた一週間の学校生活が始まった。

朝教室に入って友達に挨拶するという事の何と幸せなことだろうか。そしてお昼に誘われる事の幸せは・・・ああっ!!

と、冷静さが自分のいいところだと勘違いしていた私としてはちょっとなんというか異常事態というか・・・とにかく私たちは屋上に向かった。

そこで合流したのは先日顔をあわせた別のクラスの少年・・・名前は相田宗佑あいだそうすけというらしいが、みんなアイダと読んでいる。イントネーションが違うようだが、まあ苗字である事には変わりないので私もアイダと呼ぶ事にした。

そんな彼が携帯電話を弄りながら言ったのだ。


「なあ、殺人依頼サイトって知ってるか?」 と。


無論私はそんなものは知らない。知らないどころかそもそも携帯電話を所持していない。

レンはそれを知っていたのか、口元に指を当てながら首をかしげ、


「それって都市伝説っていうか・・・噂でしょ?なんか依頼した人間を殺してくれるっていう」


レンは私にも分かるように丁寧に説明してくれた。

レン曰く、その殺人依頼サイトが誕生したのは半年ほど前らしく、サイトの内容としてはただ文字を入力できるスペースがあり、他は何もない漆黒の画面なのだという。ただそこの文字入力スペースに殺したい相手とその殺したい理由を書き込むと、相手が何者かの手によって殺されると・・・そういう内容らしい。

正直それを聞いた時私は馬鹿馬鹿しくてあくびが出そうだった。そんな都合のいい話があるわけがない。だが噂が流行るには何かしらの理由は必要だ。


「流行った理由は簡単だぜ?なんか、本当に依頼されたやつが何人か死んだらしい。それが急に流行って、まあ今に至ると」


「ただの偶然ではないですか?信じる根拠としては不十分だと思いますけど」


「別に信じてるとは言ってないだろ・・・そんなおっかない顔すんなよ香木原・・・」


「それでその殺人依頼サイトがどうしたの?アイダ」


「いや・・・・噂に聞いたんだけどな・・・こないだ本当に死んだらしいんだよ。依頼されてた子がさ・・・高校生なんだけど」


馬鹿馬鹿しかったが最後まで聞くことにした。その依頼をしたのはクラスメイトで、男性関係で揉めていたらしい。で、殺人予告サイトにメッセージを送った翌日、少女はビルから飛び降りて不可解な死を遂げたと。

確かに若者が騒ぎそうな話題だが、個人的にはやはり信憑性にかけると思った。しかしレンはそうではなかったらしく、腕を組んで言った。


「それ、昨日ニュースで見たかも・・・・それにあの街、あたし割と無関係じゃないっていうか」


「そうなんですか?」


ニュースなんて全く見ない・・・というかテレビなんか全く見ないからわからないけど。

私の場合テレビがどうしても見たいなら電気屋の前にしばらく突っ立っている必要があるし。


「無関係じゃないどころか・・・あたしあそこに昔住んでたもん」


「あー・・・・そういやお前引っ越してきたんだったな。そっかそっか、前にあそこに住んでたのか」


「うん・・・・なぁんかいい気はしないなあ・・・それに流行るってことは余程みんな死んでもらいたい人が多いんだろうなあ・・・」


「そうでしょうか?人の心理なんて単純ですから、明確な殺意が無くともそういう『曖昧な噂』には飛びつきたくなるでしょう。むしろ本当に死んでもらいたいと願ってそういうサイトに行く人は少数派だと思いますよ?本当に殺意があるのなら、むしろ自分でやりたいと思うはずですしね」


最後のは個人的な意見だった。殺人と言うものは出来れば自分ではやりたくない、やってはいけないと思うのが自然だろう。

しかし言ってしまった後の祭りというやつで、もうその言葉は撤回できる雰囲気ではなかった。しかし二人とも特に気にしている様子はなく、安堵する。


「俺は流行とか詳しくはねーけど、こういうのが流行るってのは世の中なんか終わってるってカンジだよなあ〜」


紙パックのコーヒーを飲み干してアイダはフェンスに寄りかかって空を見上げた。つられて全員で空を見上げる。

そうして何故そんな事を言ってしまうことになるのか自分でもよくわからないが、とにかく私はそういってしまっていた。


「そのサイト、見てみませんか?」


「え?」


二人が同時に声を上げた。だって仕方ないじゃないか。本当かどうか気になるし、それに・・・もしかしたら、という気持ちもある。

もしも、仮に・・・どうかしてしまったとして、偶然・・・・そう、奇跡的にそれが事実だとしたならば・・・・。

携帯電話を持っていない私ではそれを確認出来ない。だから必然的に彼らのそれを借りることになる。

二人はどうせ渋るだろうと思っていたが、比較的何も考えていなさそうなアイダ君はあっさり了承してくれた。


「まあそこまで言うならいいけど。ほら」


そこには言われていた通り、サイト名すら記入されていないただの入力スペースだけのページが表示されていた。私は携帯電話をうち・・・・うち・・・・?


「これ・・・どうやってつかうんですか?」


二人が同時に転んだ。真顔で聞いてしまったが、これってもしかして凄い変なことなんじゃ・・・いや考えなくても変なことなんじゃ・・・。

は、はずかしい・・・・そっか・・・・携帯電話を使えない女の子なんて普通いないのか・・・・くうう・・・。

アイダに一通りの操作説明を受け、いざスタート。入力するに妙に時間がかかり、両手で懸命にそれを向き合っていると二人もなんだかおかしくなってきたのか、笑いながら私の様子を眺めていた。

そうして事情を書き終えた私だったが、肝心な殺して欲しい相手の名前が思いつかなかった。あの男とか父親とか言ってはいるものの、名前がはっきりしない。

メイドのほうもギン、とは聞いているけれどそれが本名とは思えないし、どうなのだろう?これは本名を入力したほうがいいのだろうか。

いや、そりゃそうだろう。せめて人物名くらいは特定できなければ。しかし全く名前が思いつかない父親と『ギン』と・・・どちらを記すべきなのか。


「あ、そろそろ昼休み終わるわ・・・戻るぞ、香木原」


「は、はい」


携帯電話を閉じてアイダに返した。とっさのことだったので私は短い二文字の名前を入力してしまった。

メイド。我が家で働く彼女。その呼び名。私がずっと知らなかった名前。

でももしこれで彼女が死ねばこんなに嬉しいことは無い。全く期待していない表装の自分と、死ねばいいのにと願う深層の自分がいた。

そそくさと去っていくアイダに続き私たちも屋上を後にする。その途中、レンは振り返っていった。


「香木原さん、本当に殺したい相手がいるんだね」


「え・・・・・その・・・」


「・・・・・・・・・そっか・・・・そうだよね」


憂鬱そうな、寂しげな表情を浮かべそれからレンはいつもどおりの人懐っこい笑顔に戻って私の手を引いた。


「ホラ、早く戻ろうよ?」


「・・・・・・・・・・うん」


その時のレンの寂しそうな表情の意味を私理解出来なかった。

そして彼女のことをより知った時、その意味を理解した時、



私は自分の殺意の影に怯える事になるのだった。



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