水龍
「おう!この船だ!ささ、乗ってくれ!」
想像していたより遥かに大きな船に驚く。
「どうだ、良い船だろう?あの天帝とやりあうんってんだ。小舟じゃすぐに沈んじまうと思ってよ!村の大工達に徹夜させて作らした出来立てホヤホヤの船だ!主要部分には強化木材を入れて作ったからそう簡単には沈まないぜ!」
丈夫な上に船上で動き回れるようデッキも広く作られている。
これはありがたい。
「よーし、帆をだせー!出航だー!」
その掛け声と共に船は川岸から離れゆっくりと天ノ川を進みはじめる。
「あとは天帝さんのおでましを待つだけだね~♪」
「ああ、出てきたら私がサクっと片づけてやる。」
そう自身たっぷりに返したものの、私の手は静かに震えていた。
今から闘いが始まると思うと恐怖と不安に押しつぶされそうになる。
身構えていてこれなのだから、何も知らずに突然闘いになった方がいいのかもしれない。
香は震えている私に気づいていたのか、さりげなく私の手を握る。
何も語らずに手を強く握り返し、天ノ川を眺めていた。
船は川岸からだいぶ離れ川の中央付近に差し掛かる。
異変に気づいた彦星が大きな声を上げる!
「あれを見ろ!でっけぇ魚影が近づいて来やがる!!天帝の野郎だー!!」
船上に緊迫した空気が流れる。
ゴォォォン!!
魚影は停まる事無くそのまま船に突っ込んできた。
「くっ!!!」
「きゃっ!!!」
衝撃で船は激しく揺れデッキの上を踊らされる。
とっさに香の腕を掴み必死に船にしがみついた。
ザバァァァァァン!!
揺れが収まると同時に水面から水しぶきを上げ天帝が姿を現した!
吸い込まれそうな鋭い青の瞳。蛇のようにうごめく細長い胴体。翼のように大きな胸ビレ。
その姿は美しい水の龍とでも言うべきだろうか。
天帝の姿に驚いた彦星と船員達は慌てて船底へと非難していく。
こんな相手に私達が勝てるのだろうか。
でもやらなきゃその先に待っているのは死だ。
やるしかない・・・。
やるしかない。
やるしかないんだ!!!
「いくぞ!天帝、覚悟しろ!!香は後方から援護を頼む!!」
「あ~いよ♪」
香は春風を纏い銃を抜く。
「冬ノ型」
恐怖をかき消し双剣に冷気を纏い氷の刃を形成し構えた。
天帝の懐に飛び込み胴体を切りつけると同時に背後から香が天帝を撃ちつける。
ギィィン!
硬い鱗に弾かれ攻撃が通らない。
天帝は左右の翼を大きく振り私を吹き飛ばす。
「いてててっ。」
すぐに立ち上がり再び天帝の懐に飛び込み突きを放つ。
「氷ノ牙」
これならどうだ!?貫いてやる!!
ギィィン!!
またもや硬い鱗に弾かれてしまい、その反動で手に痺れが走る。
すばやく後方に下がり香の横に立つ。
「駄目だ。鱗が硬すぎて攻撃が全く効いてない。」
「だね~。何処かに柔らかい所無いのかな~?」
天帝の身体を隅々まで観察したが顔から胴体までびっしり鱗で覆われており、皮膚が剥き出しになっている部位は無い。翼には鱗は無いけれど、攻撃した所で致命傷を与えられるとは考えにくい。
思考を巡らしているさなか突如天帝は口を大きく開き無数の水弾を撃ちつけてきた。
やばい、この速さでこの量!避けきれない!!
せめて香だけでも守らないと!
香の前に腕を開き立ちふさがる!!
「風の障壁!!!」
背後から聞こえたその言葉と共に、圧縮された風が私達を優しく覆う。
その風は水弾をもろともせずにかき消していく。
「驚いた、いつの間にそんな技を!?」
唖然とした。春風にそんな使い方もあったのか。
「とっさの思いつきだよ~♪でも今のでかなり疲れちゃった。使えてあと一回かな~。」
香の纏っている春風は弱々しいものへと変化していた。
防げるのはもう一度だけか。
それまでに打開策を考えなければ。
「キャシャァァァァーン!!」
天帝は考える間も与えてくれず怒号の勢いで水弾を放ってきた。
「風の障壁!!!」
苦痛を募らせた表情を見せながら再び風で私達を覆う。
激しい猛攻に只ひたすら耐える事しかできない。
降り続けた水弾がやみ、風の障壁が消える。
無事しのぐ事は出来たが力を使い果たした香はその場に膝をつく。
「春風消えちゃった・・・。」
香から春風の力が微塵も感じられない。
悲しそうな表情を浮かべ私を見つめる。
もう一度水弾の嵐を放たれれば私達に策は無い。
かと言って隠れでもしたら、船を沈められジ・エンドだ。
死の足音がすぐそこまで近づいてきているのがわかる。
せめて香の不安を取り除いてあげよう。
「大丈夫だよ、あとは私に任せて!時間を稼いでくれたおかげで良い考えが浮かんだから!守ってくれてありがとう!香は隠れて休んでて!!」
嘘をついた私は天帝の元へと歩みだす。
「真冬・・・。信じてるよ。」
小さく香の声が聞こえた。
さーて、せめて一死報いてやる。
弱き春風を身体に纏う。
春風の力が弱い私は、香のように突風を起こしたり、障壁を作りだしたりする事は出来ない。
だが唯一今の私にも出来る事がある。
意識を集中させ風を下半身だけに纏う。
「春ノ型 疾風迅雷」
足から瞬間的に風を放出させる事で移動速度を上昇させ、目にも止まらぬ速さで天帝に詰めよる。
勢いの乗った左右の氷刃で胴体に切り込んだ。
刃は硬い鱗を引き裂き切り口から血が流れ出す。
手ごたえは感じた。しかしこの程度の攻撃ではこの美しき水龍を倒す事は出来なかった。
害をなす者を消し去ろうと天帝は大きく口を開く。
見を守るすべが無い私は全てを諦めゆっくりと両手を下ろす。
ごめんね、香。君を守れなかった。本当にごめんね。
天帝の前に立ち尽くした私は考える事を止め目を閉じ死の訪れを待つ。
「真冬ー!!まだ諦めちゃだめだよ!!目よ!天帝の目を狙ってー!!」
目・・・そうか!目なら鱗に覆われてなく柔い!生物の急所でもある!
なぜそんな簡単な事に気づかなかったのだろう。
叫ばれた言葉に勝機を見いだした私は自身の閉じた目と諦めた心を開く!!
「春ノ型 疾風迅雷」
船床を蹴り空高く舞い上がる。
天帝は私を目で追いこちらに向け大量の水弾を吐き出す。
「くそっ、避けれない。でも最後まであらがってやる!!」
腰袋からありったけの炸裂弾をばら撒き下方から迫る水弾を一時的にしのぐ。
「冬ノ型」
空から落下しながら双剣に冷気を纏い氷の刃を形成。
冷気よ全ての冷気よこの刃に集え。
双剣が氷刀へと変化を遂げる!
その時、天帝の水弾が私の腹部をかすめた。
「うあぁぁー!!!」
激痛が走り冷気の制御がおろそかになる。
氷刀から溢れ出した冷気が私の手までも凍らせる。
痛い。痛いよ・・・。つ、辛いよ・・・。
でもさっきあのまま死んでたら、心も身体も今よりもっと痛かったはずだよね。
私は生きる。私達は生き残る。
弱き心を凍らせ天帝を睨みつける。
香がくれた生きるチャンス。無駄には出来ない!
天帝はもう目前、水弾はなんとかしのげた。
あと少し、届く!!
「貫け!!氷刀氷ノ牙」
絶対零度に到達した二本の氷刀が天帝の青き瞳に突き刺さる。
「グギャャ!!ギャシャァァァァン!!!!」
天帝は奇声を上げその場をのたうちまわり始めた。
激しい動きにより私の体は上下左右に振り回される。
不幸中の幸いか突き刺さった氷刀と凍った私の手は氷で強く繋がっており水中に投げ出される事は防げた。
氷刀から伝う冷気によって天帝は瞳から徐々に氷り始める。
最終的には全身が氷りつき巨大な氷のオブジェクトへと化した。
私は集めた冷気を散開させ氷刀を双剣に戻す。
凍った天帝の顔から船上に飛び降り、傷ついた身体を引きずりながら香の元に近づいた。
「なんとかなったね。」
その一言を聞いて緊迫感が解け安心したのか香は大泣きしだす。
「なんとかなったねじゃないよ。真冬が双剣を下した時私がどんな気持ちになったと思ってんの?」
「本当にごめんね。あの時は・・・」
そう言いかけて私は口を噤む。
「あの時はなに?なんとか言いなよ!」
「全てを諦めてしまってた・・・。」
その発言に香は更に泣きじゃくる。
「何で諦められるの?諦めたら全て終わりなんだよ。」
返答に困り私は口を閉ざす。
しばらく沈黙が続いた後泣きやんだ香が弱々しい口調でこう告げる。
「私は真冬が好きなんだよ・・・。私より先に死なないで・・・。」
返えそうとした言葉を急に変え私はこう答える。
「ああ。出来るだけがんばってみるよ。」
本当に伝えたいのはこんな言葉じゃない。
「出来るだけじゃない~><」
香は私をポカポカと叩く。
『私は香より先に死にたいんだけどね。
好きな人より長く生きるっていうのはきっと悲しい事だよ。』
これが私の返したかった言葉。
口になんて出せない。
心の中にそっとその言葉を封じ込めたんだ。