訪れた春
チュンチュンチュンチュン
鳥のさえずりが聞こえる。
外にワープすると目を疑う光景が広がっていた。
大地に積もっていた雪は溶け木々が生い茂っている。
見たこともない虫や植物。
こんな生命が存在しているなんて。
見るもの全てが私の心を魅了した。
そしてとても暖かい。
気持ちの良い風が吹き抜け、冷めた心を満たしていく。
「こっ、これが春!?」
「春ってきっもちいい~♪」
こんな世界があったなんて・・・。
「どうだい?これが僕の司る季節、春!とっても気持ち良いでしょう?季節にはいろんな特徴があるからね。その中でも春は人々や動物、植物、全ての生命にとってとっても過ごしやすい時期と言われているんだ!」
それでこの心地良さなわけか。
「ねえ~?あの綺麗な木は何かな~??」
香が指さしている木にはピンク色の花が咲いている。
花びらは風が吹く度に辺り一面に舞う、まるで雪のようにも見える。
「あれはね、桜といって春にしか咲かない花なんだ。昔春があった時代に、人々に春といえば?と聞けば桜が一番に思い浮かぶほどの春の代名詞なんだよ!」
桜か・・・とても綺麗だ。華麗に舞う花びらに心が奪われる。
どれくらいの時間だろう。ただ何も言わず私と香はずっと桜を眺めていたんだ。
このまま時が止まればいい、なんて思いながら。
「ねえ、君達はこれからどうするの??」
「これからか、特に考えてないな。村に戻って今まで通りの生活を過ごすだけだけど?」
「でもなんだか~、それもつまんないよね~♪」
またとんでもない事言ってるな・・・。
「君達が良ければ僕のお願いを聞いてくれないかな?」
面倒事は勘弁なんだが。
「よ~し、引き受けちゃうよ~♪」
はああぁあ!?ノリ軽っ!!少しは考えよ??
「ちょっとまって香!まだ何するかも分からないんだよ?」
「だって~、退屈な毎日から抜け出せそうじゃん~♪」
聞く耳持ってないな。とりあえず春神に内容だけ聞いてみよう。
「聞くだけ聞くけどお願いってなんなの??」
春神は目をパチクリさせながら答える。
「僕の仲間たちの封印も解いてもらえないかい?世界を本来の姿に戻して欲しいんだ。この地に春は戻ったけど、これは今ある世界の秩序を乱している事になる。この地だけが春っていうおかしな状況なんだ。全ての季節が正しく巡り繰り返す、そうならなければこの地も再び冬の力に負けてまた春は消えてしまうだろう。それに冬神にかけられた封印を解くのは君達冬一族の力がどうしても必要不可欠なんだ。だからこうやってお願いしているんだ。これは君達しか出来ない事だからね。」
そんな重大な事私達に出来る訳が無い。
ただの猟師と薬師で世界を変えろって言われても無理な話でしょ。
無理だ。荷がおもすぎる・・・。
私はただ普通の女の子として幸せになりたいんだ。。
「私、行くよ~!もっと色んな季節を見てみたい!それに私達じゃなきゃ出来ない事ならなおさらでしょ~!!」
いつになく真剣な口調で語る香、その瞳には一片の曇りもない。
香はどうしていつも真っすぐに前を見れるの?
私には分からないよ・・・。
「私は行きたくない。自身がないんだ。。」
弱音を初めて言葉に出してしまった。情けないよね。
「真冬、私がなぜ行くって言えると思う??」
「そんなの分かる訳ないでしょ!冬の一族ってだけで後は普通の女の子なんだよ私達!出来る訳ない!!」
「私が強気で行くって言えるのは真冬が守ってくれるから!真冬が私を一人で行かせる訳なんてない!それにもし真冬が危ない時は、全力で私が守る!!だから私の事守ってよ!!もっと私だけを見てよ~!!」
その時の私は香が何を言っているのか良く分からなかったんだ。
でも一つ言える事は彼女を一人で行かせるなんてできない。
彼女を守ってあげよう。こんな弱い私でも守れるかな?
いや、守ろう。話す相手すらいない私には彼女のいない世界なんてきっとなんの意味もない。一人で村に戻ったって誰とも関わらずただ猟を続けるだけだろう。
「仕方がない、一緒に行こう。そして私は香を守ろう。だから香も私を守ってくれ。」
「ありがとう真冬、嬉しいよ。ずっと私の傍にいてね~♪」
春神が嬉しそうに私の胸に飛び込んできた。
「協力してくれるんだね!やっぱり君達にお願いして正解だったよ!」
そんなこんなで春神の願いを聞き入れてしまった。
これでよかったのだろうか?自問自答に押しつぶされそうになるが考えても答えはでない。でもこのまま彼女に流されるのも悪くないだろう。
行くとは言ったもののこれからどう動けばいいんだろう。
私は春神に問いかける。
「それで具体的にはどうすればいいんだ?」
「まずは秋神の封印を解いて秋を目覚めさしてほしいんだ。秋神は僕と同じで争いを仲裁に入った中立な立場!秋神が目を覚ませば色々と協力してくれるはずだしね!」
確かに少しでも協力は多い方がありがたい。
「どこに封印されてるのか詳しい場所は分からないけれど、東の月見村の方から秋の鼓動を感じるんだ!とりあえず月見村に行って、あとは現地で情報収集かな?あの辺りは秋一族が住んでるはずだから何かしら情報も手に入ると思うよ!」
月見村か、聞いた事はあるが行ったことはないな。
土地勘の無い地に行くのは不安だな。
「とりま、目的地は決定だね~!私たちが世界を変えちゃうよ~!未開の地に~レッツらゴ~♪」
ふふっ、香は嬉しそうだな。後はなるようになるか。
香を見てるとなんとかなりそうな気がするよ。
「何にしろとりあえず村に戻ろう。出発するにも準備が必要だよ。」
「は~い♪」「にゃ!!」
春神やっぱ猫じゃん。。
私達は出発の前の準備をする為一旦村に戻ってきた。
村に着くと香は取ってきた光冬草を薬にして患者さんに届けるとの事で私と別れた。
私達についてきていた春神は村に着くなりどこかに行ってしまった。猫の本能というやつかな?
久しぶりに一人なった気がする。
家に戻った私はベッドに倒れこんだ。
たった二日だったけど色んな意味で疲れたな。これからもっと疲れると思うと気が滅入る。
こんな時はお湯にでも浸かって疲れを取ろう。
私はベッドから起き上がり庭に出る。ドラム缶風呂に水を入れ薪に火おこしお湯を沸かした。
さっ、入るとしますかね!
ザッパッアーーーン
「あー、きっもちいいー!!」
久しぶりのお風呂は疲れた身体と心を癒す。
ただいつも違う事と言えば、前までは舞い散る雪と一面に広がる白銀世界を眺めながら浸かっていたのに、今目の前に広がるのは雪の溶けた大地と月の光に照らされた桜だ。
今までとは違う景色も新鮮で良いものだね。
上手くいけば次は秋かぁ。ふふっ、ちょっと楽しみだ。
トコトコトコ
んっ?誰かの足音?覗きか!!?
「あ~、真冬だけお風呂入ってる~!私なんてお仕事してたのに~!ずるい~、私も入る~♪」
やって来たのは用事を終えた香だった。
香はポイポイっと服を脱ぎ捨てる。
私はとっさに目を背ける。
「待って待って、いっ、一緒に入るって私達もう大人なんだよ!?そっ、それにこのドラム缶風呂じゃ狭いでしょ!?」
子供の頃はよく一緒に入ったけれど、大人になるとさすがに恥ずかしいものがある。
「な~に照れてんの~?今も昔も対して変わらなじゃ~ん♪さっ、詰めて詰めて~!」
ううう、そうだけど。。
言われるがままに仕方なく詰める私。香が私と向き合う体勢で入ってきた。
「うは~、気持ちいい~♪極楽極楽♪」
目の前に居るのは子供の頃より見違える程成長した香。直視できない。
でもこんな感じで香と一緒にお風呂に入るのなんて何年ぶりだろ。
なんか懐かしいな。
「出発はいつにする~??」
少し考え返答。
「目的が定まっているなら早い方がいいでしょ?明日でいいんじゃない?」
「うん!その意見にさんせ~い♪ワクワクが止まらないから早く出発したかったんだぁ~♪」
私は不安で仕方ないが・・・。
「ねえ、真冬!?出発したらしばらくお風呂入れないかもだよ!?今日はいっぱい浸かっておこ~♪」
ここから月見村まではどのくらいで到着するのだろう?行った事ない村だから距離がわかんないなぁ。
「そだね!いつ着くかわかんないし!ゆっくり浸かってリフレッシュしておこう!」
私の言葉に香がほほ笑む。
「あと、今日は泊まるからね~!誰かさんが寝坊するから~!!」
これは反論できない。
「りょ、了解した。。」
「ふふふっ、一緒に寝れる~♪」
ふと香は顔を上に向け空を見上げる。
「春の夜空ってきれいだね~♪」
私もつられて空を見上げる。
「冬も綺麗だけど、またそれとは違う綺麗さだ。」
隣にいる君もととてもキラキラしているけどね。
私もあの星のように輝ける事が出来たらな。
静かに星に願いをささげる。
それからも春の夜空の下で、私達は長く語りあったんだ。
時間の許す限り。
窓から朝日が差し込みつむった瞼を刺激する。
もう朝か。。
目を開けると香と春神がとなりで眠っていた。
あれ?春神いつ戻ってきたんだろう。
この猫ちゃんめ。
まあいいか。
「朝だぞー、起きろー!!」
二人を起こし出発の支度を始める。
長旅となると持って行きたい物も多いのだけれど、移動に疲れないように最小限に荷物をまとめた。
香は昨日のうちに準備を済ましていたみたいで台所で朝食を作っていた。
朝食を自分以外の人に作ってもらえるのは新鮮だ。
「よ~し、でっきあがり~!二人共こっちきて食べよ~♪」
呼ばれた私と春神はテーブルに着く。
テーブルには卵トーストとサラダ、コーヒーが置かれている。
春神には焼いたお魚が出された。
皆で手を合わせ声をだす。
「いただきます!」「いっただきま~す♪」「いただくにゃ!」
これはうまい!香の料理は私と違って繊細というか優しい味付け。
私の料理は男飯って感じだからな・・・。
「とってもおいしかったよ!ごちそうさま!」
食事を終えまったりとコーヒーをすする。
食べ過ぎて出たぽっこりお腹をさすりながら春神が口を開く。
「いよいよ旅立ちの時だね、出発する前に君達に渡したい物があるんだ!僕も君達と一緒に行ければいいんだけど、それは出来ないからお守りがてらにね!」
春神来ないの?ついてきていたからてっきり一緒に行くものだと思っていた。
「え~猫ちゃん来ないの~、せっかくのモフモフ要員なのに~。」
ちょっと悲しそうな表情を浮かべる香。
モフモフ気持ちいいよね。その気持ちはわかる。でも相手は神様だからね。
「僕はこの春の地を守らなければならない。僕が居なくなればこの地はまた冬に戻ってしまうだろう。君達に重大な役を押し付けて申し訳ないと思ってるよ。僕は先に外に出て君達に渡す物の準備をしておくよ。君達の準備ができたら声をかけてね!」
そう言って尻尾をフリフリしながら外に出て行った。
何をくれるのかな?
私達は食器を片付け残りの準備を済ます。
大事な物は全て持ったな。
持ち物の再確認をし、私と香はこの居心地の良い部屋を後にした。
玄関を出ると瞑想している春神の姿が目に入った。
身には風を纏いただ静かに目を閉じている。
声をかけていいのか戸惑っている私を横目に香が沈黙を破った。
「ハル~?寝てるの~?私達準備出来たよ~?出発しちゃうよ~♪」
いつの間にか慣れなれしい呼び方になっているのに疑問を感じたが、自分から親しく接して行く事で相手との距離を縮める香の良い所でもあるな。
ゆっくりと目を開けた春神は静かに口を開く。
「僕も今準備が出来たところだよ。君達に春の加護を授けようと思って力を凝縮させていたんだ。早速だが力が散開しない内に君達に渡そうと思う。さあ目を閉じて心を空っぽにしておくれ。」
言われるがままに私と香は目を閉じ心を無にした。
春神の纏っていた風が心に流れこんで来る!
心地良い風は心を満たしていく。
「目を開けてごらん?」
目を開くと驚く事に私達は身に風を纏っていた。
春神は得意気にこう答えた。
「これは春風と言ってね、自在に風を操る事が出来るんだ!使い方は君達次第かな!武器に纏ってもいいし、身に纏っても良い!扱いに慣れれば風に乗って空を流れる事だって出来る用になるかもしれないね!」
春風か、すごく便利な力だがまた一つ普通の女の子じゃなくなった。
けれどこの旅には大いに役立つだろう。空を流れれるようになれば移動に役立ち時間短縮になる。
異常な力ではあるがここはありがたく頂いておこう。
「すっごいよこれ~!!ビューンと風が湧き出てくる~♪」
香は辺り一面に突風を巻き起こしていた!
その風の流れに無数の桜の花びらが乗り空を舞う。
桜の吹雪とでも言うべきか。
私も真似して風を起こそうとするが使い勝手がわからずそよ風しか起こせない。
「彼女は風の扱いが上手だね!いきなりこれ程の風を操れるなんてすごい才能だよ!授けた僕も嬉しいよ!」
春神は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
それに比べて私は・・・。
落ち込んでいる私に気づいたのか春神がかけよってきた。
「使い込んでいけば力は強くなる、だから気にしないで!それに人によって力に相性があるからね!君は冷気の力が強いから春風との相性が良くないのかもしれないね!その逆で香君は君程の冷気は生めないけれど、春風との相性はばっちりみたいだ!只それだけの事だよ!」
相性ねー。ってフォローになっていないよ春神。
とりあえず後は練習かな。
無邪気に桜吹雪を起こして遊んでいる香の姿は、まるで花の精霊かと思わせる位に美しかったんだ。