09話 潜入2週間目
別連載を更新してました。
遅くなって申し訳ないです。
――――ゴーン ゴーン
教会の鐘が午前6時を知らせる。
「ん……んー、はっ」
鐘の音と共に意識を覚醒させ、ベッドから起き上がる。
昨日のうちに水を汲んでおいた洗面器で顔を洗い、タオルで水気をふき取り、目薬を差す。
すると瞳が紫から碧へと変化する。
この目薬は瞳の光彩を変えるもので、一般はもちろん特権階級にも流通していない特別製。
製作者は母の主治医だった人で現在隠居中のお医者様。
ちなみに趣味の道楽で作っている。
白い簡素な修道服に身を包む。
濃茶の鬘を被り、白いリボンで手早く一つにまとめた。
そして机の引き出しから手鏡を取り出し、身だしなみを確認する。
「完璧ね」
エレンに変身した自分に満足したわたしは食堂へ向かうことにした。
食堂でトレーを取り、パンとスープを載せる。
室内を見渡すと見知った顔ぶれを見つけ、駆け寄る。
「おはよう!アン、ミリア」
「おはよーってエレン走ったら危ない!あんたドジなんだから!」
「まあまあ、エレンさんは朝から元気ですね~」
「失礼ね、ミリア。わたしはドジじゃないもん」
「どの口が言うんだか」
「エレンさんのドジっ子なのは入寮初日に知れ渡っていますからねー」
「血だらけの看護師見習いが来たって患者さんと爆笑した、ねっアン?」
ミリアが悪戯っ子のような目をアンに向ける。
「話題の提供感謝ですねー」
神妙な顔で頷きながらアンは答えた。
「二週間も前のことなんだから忘れてよ!」
「「無理」」
ふたりは声を揃えて笑っている。
さっぱりとした口調の姉御肌の少女がミリア、のんびりとした敬語口調(内容は割と酷い)の少女アンだ。
同じ看護師見習い仲間。
職場と寮生活も一緒なので、この二週間のうちに大分仲良くなった。
特にミリアは噂好きらしく、色々な情報をくれる。
尤も、誰々司教の愛人が誰だとか、誰と誰が付き合っているとか恋愛絡みが多いが。
わたしはエドワード様の手駒なので、どんな形であれ何れは此処を去る。
だけど、ふたりのことは好きなので短い間でも仲良くしたい。
我ながらおこがましい我が儘。内心、苦笑する。
「どうしたんですかー」
アンが心配そうにわたしを覗き込む。
アンは他人の感情の機微に敏感だ。中々得難い才能である。
「大丈夫! そういえば今日はクロード先生付きだったなと思い出しただけだから」
厳しいことで有名な医師の名を出し、アンの追求を誤魔化した。
ちょうど寮長のマーサが食堂に入って来た。
わたしは急いで席に着いた。
「おはよう! ちゃっちゃと礼拝を始めっか。……日々の糧を得られること健やかに過ごせることを女神ルーウェル様に感謝を」
マーサの掛け声と共に食堂内は静寂に包まれる。
両手を胸の前で握りあわせて目を瞑り、礼拝のポーズをとる。
「……やめっ。よっし、食べていいぞー」
1分程の祈りが終わり、食堂内が再び活気づく。
わたしたち三人も見習い看護師の仕事に備えて朝食を食べ始めた。
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「おい、カルテが違う! 何度言えば判るんだ、エレン!!」
「はひぃぃいい、すみませんです!」
クロード医師の叱責が診察室に響く。
今日の仕事は、午前は外来患者の診察助手で午後は入院患者のお世話です。
基本的には見習い看護師はこの2つの仕事を主に行います。
慣れてくると夜勤もしなくてはならないようですが、教会に来て2週間の新人であるエレンは今のところは免除されています。
なんとか患者さんを見送ると溜息を吐いたクロード医師がぽつりと呟きました。
「私は人の名前を覚えるのは苦手だが、君の名前は悪い意味で早く覚えたよ、エレン」
「光栄です!」
「褒めてない!……まったく、傷の手当とかは完璧なのに……他がダメすぎる、ドジすぎる」
「すみません。どんなに治そうとしても、わたし……ドジなんです。私にとってドジをすることは日常といいますか」
「も、もういい。……患者も途切れたし、今日の診察は終わりだ。特に片づけるものもないし、君は休憩に入っていい」
「ありがとうございます、クロード先生!」
元気よく返事をして、わたしは診察室を飛び出した。
向かうは教会内にある大型図書館。
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図書館はとても広く、蔵書の種類も多い。
珍しい本の初版本や新作の小説なんかもある。
どこからそんな金がと思わなくもないが、一般開放されていることもあり、ここだけは王都教会のいいところだなと思います。
怪しげな本がないか、隠し通路などがないかを本を探すふりをして調べる。
しばらくすると、アンが現れた。
アンもわたしと一緒で休憩時間なんでしょう。
本を数冊抱えていました。
「おや? エレンさんも休憩ですかー。何か本をお探しで?」
さて、どうするか……とりあえず誤魔化しておきましょう。
「うん!えっと、アドルフ・テイラーの本を探しているの」
とりあえず今一番人気の作家の名前を出せば怪しまれないでしょう。
「それなら、あちらの棚ですよ?」
「本当!ありがと」
「いえいえ、では私は失礼しますね~」
アンと別れ、アドルフ・テイラーの蔵書が収められた棚へと向かう。
アンと話した手前、とりあえず適当に借りますか。
わたしはテイラーの蔵書をいくつか手に取って、貸出の受付へ向かった。
「全部読破済みなんですけどね」
思わずでたジュリアンナとしての呟きは誰にも聞かれることは無かった。
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午後の入院患者のお世話も終わり、わたしは白の寮へと向かいました。
食事の前に本を自室に片づけましょうか。
階段を上がり、廊下を歩いていると小さな枯葉が一枚落ちていました。
それに気づかぬふりをして、そのまま廊下を歩きました。
鍵を開け、寮の自室に入るとわたしは真っ先に机の引き出しを開けました。
「手帳の位置が違いますね、やはり侵入者ですか」
誰かが部屋に侵入したら判るように、仕事前にわたしは扉の隙間に枯葉を挟む細工をしました。
仕事の後、廊下に枯葉が落ちていると思ったら案の定、机の中身が調べられた形跡あり。
ああ、これはこれは――
「わたしのことが気になってしょうがない教会の犬さんは誰なんでしょう」
クスリとわたしは無邪気に微笑んだ。
サブタイトル変更と話数付けをしました。
話の内容は変わっていません。