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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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81話 幸せの象徴

 ダムマイヤー伯爵の屋敷に滞在して二日目。

 わたしはローランズ使節団が滞在しているセラディウス公爵家に戻ることもできず、今日もレオノーレの絵を描く。彼女は昨日と同じように、窓際にある椅子に座っていて、変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべていた。



「ねえ、シャロン。ローランズ王国では大規模な貴族の粛清があったのよね?」


「そうみたいですね。ボクの周りでは、特にこれといった変化はありませんでしたけど」


「王族の噂とかは聞かなかった?」



 レオノーレの目がキラリと光る。

 わたしは少し悩みつつ、一般的にローランズ王国内で知られている程度の情報をレオノーレに提供することにした。



「ダグラス第一王子が王位継承権を剥奪されて幽閉されたのは耳にしました」


「そうなの。市井では、ローランズ王はどのような評価を得ているのかしら?」


「王として尊敬されているのは変わりませんが、粛清とはいえ、妻の側妃を処刑して、息子の第一王子を幽閉したのは酷いんじゃないかって話している人が多いです」



 自分たちの生活に被害が大きく出る前に教会派貴族を粛清したからか、平民は国王陛下へ批判的な意見が多い。

 そうなることを予想していたからこそ、陛下は自分が表立って粛清を行ったし、予定よりも早くエドワード様に王位を継がせる気なのだ。



「有益な情報をありがとう、シャロン」


「いいえ……こんなの、ローランズの国民ならみんな知っていることです。レオノーレお嬢様の役に立てなくて申し訳ありません。こんなだから……ボクは男装しないと絵を評価してもらえないんです……」



 わたしは沈んだ顔をして絵筆を置いた。

 するとレオノーレは椅子から立ち上がり、わたしを抱きしめ、優しく頭を撫でた。



「そんなことないわ! シャロンの絵はとっても素敵よ。貴女を評価しないローランズ王国が間違っているの」


「でも……」



 レオノーレはわたしから離れると、キャンバスをそっとなぞった。

 そこには、陽光を浴びて輝きを増すありのままのレオノーレが描かれている。



「シャロン。わたくしをこんなに美しく描いてくれるのは貴女だけよ。自分で言うのもおかしいけれど、花の妖精のようだわ。あの人に見せてあげたいぐらい」



 レオノーレは目を細め、やわらかい声で言った。

 その姿があまりに幸せそうで、彼女は敵側であるが、微笑ましく思ってしまう。



(……本当にアーダルベルト王太子を愛しているのね)



 わたしは胸に手を当て、頭を下げる。



「身に余る光栄です、お嬢様」


「正当な評価よ。いつか……シャロンにわたくしの故郷の絵を描いて欲しいわ。孤児院の周りは自然に囲まれていてね、春になると鈴蘭がたくさん咲くのよ。まるで雲の絨毯が広がっているようで、とても美しかった。シャロンの目にあの景色はどう映るのかしらね」


「ボクもいつか……レオノーレお嬢様が見たその景色を見たいです。そして、絵に残せたら……それはとっても幸せなことだと思います」


「それなら、シャロンにはわたくしの側にずっといてもらわなくてはね」



 くすくすとレオノーレは一頻り笑うと、椅子に座り直した。そしてまた、わたしはレオノーレを描くのを再開する。

 


「ねえ、シャロン。ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢はどんな人なのかしら?」


「……どんな、とは……?」



 いきなり名前を出され、心臓がどくどくと嫌な音を立てる。

 内心は動揺しつつも、わたしは平静を装い首を傾げた。



「性格とか、好きな食べ物とか、どんなドレスがお好きなのかとか、そういうたわいのないことが知りたいのよ」


「エドワード殿下と言葉を交わしたことはありますが、ルイス侯爵令嬢とはありません。結婚を控えておりますし、男として周知されているボクが話せるような人ではありませんから」


「そうなの? 残念だわ……」



 レオノーレは小さく溜息を吐いた。

 その様子に不審な点はない。しかし、わたしの警戒心は薄れなかった。 

 サモルタ王国は、神眼持ちのわたしを手に入れたくて仕方ないはずだ。一瞬たりとも気は抜けない。



「お嬢様とお歳も近いですし、ルイス侯爵令嬢が気になるのですか?」


「そうね。彼女、鈴蘭みたいで美しいから、仲良くしたいと思うのは当然じゃない?」


(わたしが鈴蘭みたいって……どういうこと……?)



 レオノーレの言葉の意味が分からず、わたしは再び質問をしようとした。しかし、それは乱雑なノック音によって中断される。



「レオノーレ、いるか!?」


「まあ、お父様。そんなに焦ってどういたしました?」



 ダムマイヤー伯爵は焦った様子で部屋に入った。

 レオノーレは口元に手を当てたまま、微笑んでいる。



「夜にはアーダルベルト王太子殿下がいらっしゃる。お前には殿下をもてなしてもらわねばならん」


「それでは、急いで準備をしなくてはなりませんね。アーダルベルト殿下に失礼があったらいけませんもの」


「……レオノーレ、頼んだぞ」


「いつものようにお慰めして、我が儘を諫めればよいのでしょう? 大丈夫ですわ、お父様」



 レオノーレがそう言うと、ダムマイヤー伯爵はほっと胸をなで下ろした。

 そしてハッとした様子でこちらを見る。ようやくわたしの存在を認識したようだ。



「これはこれはシャロン殿。せっかく来ていただいたのに、申し訳ありませんな」


「ボクなどよりも、アーダルベルト王太子殿下を優先させるのは当然のことです」



 ダムマイヤー伯爵はニヤリと笑うと、含みのある視線でわたしを見た。



「よい絵は描けましたかな、シャロン殿」


「お父様ったら、気の早い。完成まではまだかかるわ」



 レオノーレはわたしに密着すると、妖艶な手つきでわたしの頬を撫でた。



(……ダムマイヤー伯爵は、シャロンが女であることを知らないのね。この様子だと、レオノーレはシャロンを籠絡したと報告しているみたい。そしてダムマイヤー伯爵も、レオノーレを信用して頼っている)



 そこまで思考し、わたしの中である仮説が生まれた。



(……もしかして、レオノーレはダムマイヤー伯爵とアーダルベルト王太子を裏で操っている? でも……まさか、そんなことが……?)



 レオノーレがただ寵愛されるだけの姫ではないことは明らかだ。十分に検討する価値はある。



(セラディウス公爵家に帰り、エドワード様たちと話し合わなくてはいけないわ)


「くくっ。レオノーレ、あまりシャロン殿をからかうんじゃない」



 わたしが俯いて黙考していると、レオノーレに迫られて照れていると勘違いしたダムマイヤー伯爵が忍び笑う。



「からかってなどいないですわ、お父様」


「シャロン殿。レオノーレは、道端で死にかけた孤児を拾って、自分の使用人にしてしまうほどのお人好しな娘で、私の一番の自慢であると同時に心配の種なのです。どうか、娘に協力してくだされ」



 娘を案じる父親のような言葉だが、ダムマイヤー伯爵の表情からは醜い欲望の感情しか読み取れない。しかし、わたしは彼らの望むように、それに気づかぬ振りをした。



「レオノーレお嬢様は、ボクの恩人ですから。困っているなら、喜んで協力します」


「それはよかった」



 そう言うと、ダムマイヤー伯爵は足早に退室した。

 レオノーレはわたしに向き合うと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。



「ごめんなさい。お父様にはシャロンが女性だということは話していないの」


「謝らないでください! それに、ボクも女性だと周りに公言する勇気はありません。ボクはまだローランズ王国の人間ですから……」


「……シャロン」


 レオノーレはわたしの手のひらに、ずっしりとした重さの小さな袋を握らせる。中を開けば、青色の丸い宝石が数十粒入っていた。



「……綺麗……澄んだ青空みたい……」



 陽光が反射してキラキラと光る宝石たちは初めて見たはずなのに、どこか既視感を覚える。



(……そうか、この色はエドワード様の瞳と同じ)



 たった数日離れただけなのに、エドワード様に会ったのが遠い日のように感じられる。何故だろう、今無性に彼に会いたい。



「ふふっ、気に入ってくれたようでよかったわ。この宝石はね、ラピスラズリっていうのよ」


「……ラピスラズリ」



 ローランズ王国では見たことのない種類の宝石だ。

 わたしは興味深くラピスラズリを眺める。



「ラピスラズリはね、すり潰すと絵具の材料になるそうよ。だからシャロン、貴女にあげるわ」


「そ、そんな! いただけません!」



 わたしがラピスラズリを突き返そうとすると、レオノーレはそれを手で制した。



「ねえ、シャロン。ローランズ王国とサモルタ王国の会談が終わり、すべてが落ちついたら……わたくしの元へ来なさい。そして、貴女が見たありのままの世界を絵にして約束よ?」


「……レオノーレお嬢様」


「さあ、行って。今はエドワード・ローランズ殿下の元へ帰りなさい」



 レオノーレはそれだけ言うと、わたしを使用人に預けて部屋の奥へと消えていく。

 そのままわたしは馬車に無理矢理詰め込まれ、セラディウス公爵家へと帰還した――――





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