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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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80話 新進気鋭の画家 後編


(どうにかして、この場を乗り越えなくちゃいけないわ……!)



 今は女だと見破られただけだが、間近で顔立ちを確かめられたり、鬘を外されでもしたら、わたしの正体がジュリアンナ・ルイスだと知られてしまう。

 その最悪の事態だけは避けなければならない。



(……頭を働かせなさい、ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢。起死回生の一手を考えるのよ……!)



 わたしは混乱する感情を、どうにか理性で抑えつけ、思考を高速で回転させていく。



「……う、うっ……お願いです、お嬢様……! ボクが女だと……ローランズのみんなには言わないでください……!」



 目を潤ませ、嗚咽をかみ殺し、わたしはレオノーレへ必死に懇願した。



(レオノーレがシャロンを押し倒したのは、おそらく……肉欲に溺れさせてローランズ王国の情報を引き出すためだわ。それならば、より扱いやすい駒になれば……)



 レオノーレはわたしを拘束した状態のまま、女神のように穏やかな表情で微笑んだ。



「シャロン、わたくしに詳しく話してくれる? もしかしたら、力になれるかもしれないわ」


(……何が寵姫よ。傾国の姫の間違いでしょう?)



 わたしは内心で毒づいた。

 気持ちはどうであれ、今はシャロンの演技をやめる訳にはいかない。わたしは気を引き締めつつ、表面上は不安げに――しかし、一縷の望みをかけた少女の顔をした。



「……ローランズ王国はまだ、女性芸術家が認められておりません。女性であるというだけで、評価されないのです。だから、ボクは男のふりをしたんです。ボクはどうしても画家になりたかったから……でも、本当は女のボクを評価して欲しかった……!」



 人気作家のカルディアが男性名で活動しているように、ローランズ王国ではまだまだ女性が評価されにくい社会だ。文官や武官などは女性であることも珍しくなくなってきたが、芸術の世界ではまだまだ男性が主流なのである。



(これからのローランズ王国が改善しなくてはいけない点の一つね)



 シャロンの言い分にある程度納得したのか、レオノーレはわたしへの拘束を解いた。そして、わたしの頬に手をあてた後、ぎゅっと抱きしめる。



「辛かったわね、シャロン。もう大丈夫よ」


「許して……くれるのですか……?」


「貴女の絵は素晴らしいわ。ローランズ王国では評価されなくとも、このサモルタ王国でならば、女のシャロンも正当に評価される。わたくしが、シャロンの味方になってあげるわ」



 端から見れば、身分を偽装した罪を許したレオノーレは聖母のような慈愛の心でシャロンを包み込んでいるように思えただろう。

 しかし、わたしには彼女のことが捕食するための罠を張る女郎蜘蛛に思えた。



「……レオノーレお嬢様……ボクはこんなに恩赦を与えていただいても、返せるものなどありません。いったい、どうすればお嬢様に報いることができますか……?」


(さあ、女であるというシャロン最大の弱みを捧げたわ。貴女はいったいどうでるの、レオノーレ・ダムマイヤー伯爵令嬢?)



 わたしは冷や汗をかきつつ、じっとレオノーレの言葉を待った。

 彼女は暫しの沈黙の後、わたしの耳元で小さく囁く。



「わたくしはシャロンを正当に評価したいだけよ。でも……どうしてもというのなら、わたくしとのおしゃべりに付き合ってくれると嬉しいわ」


「それだけで良いのですか……?」


「ちょっとしたお願いをすることになるかもしれないけれど、今はそれだけでいいわ。わたくし、シャロンがローランズでどんな生活をしているのか、気になるの。だって、シャロンはわたくしの庇護するべき対象だもの」



(よく言うわ。シャロンを使ってローランズ王国の内情を知るつもりでしょう? ならば、わたしは寵姫様の望む道化を演じましょう)



 わたしは満面の笑みでレオノーレを見上げる。



「お嬢様のためならば、ボクはなんでもやります……!」



 愚かで純真な少女の決意に、レオノーレは満足そうに顔を歪めるのだった――――




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