78話 怠け者の軍師
リスターシャ王女との茶会での内容は、その日のうちにローランズ王国施設団内で共有することなった。
セラディウス公爵家に与えられた客間の一室。使用人たちを排して、わたしはエドワード様たちと今後の行動を話し合っていた。
ソファーにはわたしとヴィンセント、エドワード様、そしてテオドールが座っている。サイラス様は側近らしくエドワード様の後ろに控えている。
「……傀儡の王か。とんでもない愚か者が王となるなら、その方がマシだと思うが……残念ながらリスターシャ王女はその手の王族とは違う。性格も至極まともで、考える頭もある」
エドワード様は足を組み、ソファーで寛ぎながら小さく息づく。
サモルタ王国の関係者の目がないからか、少し気怠げな雰囲気を醸し出していた。
「そうですね、エドワード様。リスターシャ王女殿下は……傀儡の王にするべき人ではありません。彼女は片目の神眼持ちという、サモルタ王国の転換期に現れた奇跡の原石です」
テーブルの上にはワインとチーズが置かれている。給仕の者がいないため、わたしはグラスにワインを注ぐと、連日の会議で疲れているエドワード様に労うように微笑みながら渡した。
貴族令嬢らしくない行動だが、サイラス様はそれを咎めることなかった。
「ジュリアンナ嬢。貴女の目から見て、リスタ王子はどう移りましたか? 実際に言葉を交わしていない私には、彼の考えが読めません」
「リスタ王子の最優先は、リスターシャ王女殿下であることは揺るがないように感じました。それに……何かに怯えているような気がいたしました。わたしの気のせいかもしれませんが……」
「いや、ジュリアンナだけじゃない。それは俺も感じた。怯え、焦り……切羽詰まっているようだったな」
エドワード様は眉間に皺を寄せ、サイラス様も難しい顔で黙考している。
すると重苦しい空気を壊すように、テオドールがチーズを次々と咀嚼していく。
「何しているんだ、テオ! 姉さんの前で行儀の悪い」
「え? アンナの前で気を遣う必要なんてないじゃん。それにこのチーズすっごい上手いぞ、ヴィー」
ヴィンセントが怒るが、テオドールは気にすることなく、ひたすらチーズを食べ続ける。
わたしは内心頭を抱えながら、半目でテオドールを睨んだ。
「……わたしに気を遣わなくても、エドワード様には気を遣いなさいよ」
「ええ、面倒だよー。私の性格は理解しているだろう、アンナ」
テオドールはクッションを抱きながら、ころんっとソファーに横になる。
そしてさらにワインの瓶にまで手を出そうとしたので、わたしはそっとテオドールからワインを遠ざけた。
「そうね。貴方は筋金入りの面倒くさがりだものね……」
「その面倒くさがりから見ると、殿下たちが悩んでいるのが理解できないんだよねー」
「ほう? お前の考えを聞かせろ、テオドール」
エドワード様の目がキラリと光った。
テオドールは横になったまま、いやらしい笑みを浮かべる。
「簡単だよ。悩む必要なんてない。サモルタ側が信用できないのなら、アンナとヴィーを使って情報収集をすればいい」
「テオドール、それは……!」
サイラス様が声を上げるが、それはエドワード様が手で制した。
そしてテオドールはそのまま話し続ける。
「王都教会に潜入し、マクミラン公爵を追い詰めたアンナと、ローランズ王国が誇る諜報組織である特務師団副団長のヴィーだよ。遊ばせておくのは勿体ないよね。私と違ってさ」
極度の面倒くさがりのテオドールは、リリアンヌと一緒でオルコット公爵家の中でも特異な存在だ。
自分で剣を持ち戦うことを極端に嫌い、人を駒にして動かすことに長けている。そのため、軍師としての才は飛び抜けたものがあるのだ。
「そこまで言うのであれば、具体的な計画はすでに立てているんだろうな、ローランズ軍参謀本部所属テオドール・オルコット?」
「もちろんさ。自分の代わりに人を動かすのは大得意だ」
「じゅ、ジュリアンナ嬢、ヴィンセント。テオドールを止めなくていいのですか? 自分が楽をするために、ふたりを使うつもりですよ!」
腹黒い笑みを浮かべるエドワード様とテオドールを見て、焦ったサイラス様がわたしとヴィンセントに問いかけた。
(情報が欲しいのは確かだわ。もし可能であるならば、テオドールの言う通り、わたしとヴィーが情報収集に行くのもありね。何より――)
わたしはぞくぞくとこみ上げる愉悦に、身体を震わせた。全身に熱い血が行き渡り、頬が紅潮するのが分かる。
「……情報収集……どんな役を演じようかしら……!」
わたしの歓喜の声に同調するように、ヴィンセントがそっとわたしの手をとった。
「サイラスの胃がどうなろうと知ったことじゃないね。姉さんを狙うサモルタの馬鹿共の鼻を明かしてやるなら、僕は歓迎だ」
「……どうしてこう、問題児ばかりが私の周りに集まるんですか……!」
悲痛なサイラス様の声が聞こえたような気がしたが、わたしの頭の中は、新しい役のことでいっぱいだった。
すると、テオドールがケラケラと笑い始める。
「そうだねー、常識人は私とサイラスぐらいだよー」
「貴方も問題児の一人ですからね、この怠け者! ……それで具体的な計画とはいったいなんですか?」
サイラス様は悩める保護者から、すぐに王太子補佐官の顔へと変わった。
その変化に関心しつつ、わたしたちはテオドールの計画に耳を傾けるのだった――――