77話 わたくしだけの夢人 後編
続 リスターシャ視点
国も人も変わりゆく中で、わたくしの日常は平穏そのものだった。
世間と隔絶された生活空間の中、わたくしはブローベル侯爵に師事し、リスタと夢の中で語らう日々を送る。それはわたくしが14歳になるまで続いた。
「・・・・・・わたくしが、ローランズ王国使節団の歓待を・・・・・・? ぜ、絶対に無理です、ブローベル侯爵!」
「そんなことはありませぬぞ、リスターシャ王女殿下」
ブローベル侯爵は軽快に笑った。
「無理です・・・・・・わたくしなんかが・・・・・・」
わたくしが目を伏せて呟くと、背後から呆れたような溜息が聞こえた。
振り向けば、最近わたくしの護衛騎士として配属されたコンラートが眉を顰めている。
「王族が自分を卑下するような物言いをするのは、いかがなものかと思います。それにリスターシャ王女殿下、ローランズ王国使節団を歓待するのは王命です。貴女に拒否権はありません」
「・・・・・・こ、コンラート」
コンラートの厳しい物言いに、わたくしは萎縮してしまう。
どうにもわたくしは、コンラート苦手だった。彼は目が、言葉が、わたくしという存在を否定している。
(・・・・・・至らない王女だから・・・・・・コンラートは、わたくしが嫌いなのでしょうか・・・・・・?)
人に嫌悪されるのも、失望されるのも辛い。けれど、わたくしのような出来損ないに期待して欲しいと言える自信なんて、これっぽちもないのだ。
「コンラート、おぬしは自分の心を隠すことを覚えよ」
「申し訳ありません、ブローベル侯爵。しかし、我が君を馬鹿にされたような気がいたしましたので」
「それを世間では八つ当たりと言うんじゃ」
ブローベル侯爵とコンラートの会話を聞き、わたくしは肩を落とした。
(コンラートはわたくしではなく、アーダルベルトお兄様に仕えたいのでしょうね)
コンラートの家であるセラディウス公爵家は、現在、アーダルベルトお兄様とダムマイヤー伯爵の派閥に属している。わたくしの元へ護衛騎士として仕えているのは、監視の意味合いが強い。
(心配しなくても、わたくしのような出来損ないが王座を揺るがすはずがないのに・・・・・・)
「リスターシャ王女殿下、ローランズ王国使節団の中には神目の姫、ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢もおられますぞ」
「ブローベル侯爵、本当ですか? ・・・・・・わたくし、頑張ります」
ずっと会ってみたいと思っていた、わたくし以外の神目持ちの姫に会える。そのことに少しだけ憂鬱な思いが晴れた。
(・・・・・・みっともない姿は・・・・・・見せてしまうかもしれないけれど、精一杯頑張ろう。でも、どんなふうに出迎えたらいいのかしら? そうだ、リスタに相談しよう。今日会えるかは分からないけれど・・・・・・)
最近、夢でリスタと会える頻度が減った。彼はわたくしの創造の産物。それなのに、わたくしの思うように会えないなんて、とっても変なことだと我ながら思う。
胸に小さな引っかかりを覚えながら、わたくしは初めて行うの公的行事の準備を進めるのだった――――
♢
結果として、わたくしの初めての公的行事は失敗した・・・・・・と思う。
(・・・・・・神目という存在を、わたくしは理解仕切れていなかった)
久方ぶりにお会いしたアーダルベルトお兄様は、わたくしが学んだ『王族』とは全く違う存在だった。ローランズ王国の方々へ王族にあるまじき振る舞いをしても、神目を持っているというだけでこの国では許されるてしまうという事実に、わたくしは震えた。
(・・・・・・サモルタ王国は本当に大丈夫なのでしょうか)
サモルタの国の在り方に、わたくしは王族という立場ながら不安と焦りを覚えた。
(でも、わたくしにできることなんて・・・・・・)
母親はただの踊り子で、後ろ盾なんてない。神目だって、片目だけの異端だ。
一瞬だけ脳裏によぎった考えを、わたくしは振り払う。
「・・・・・・今日のお茶会が成功することだけを考えなくちゃ。ジュリアンナ様は、どんな紅茶やお菓子がお好きなのかしら?」
あれだけ失礼なことをしたというのに、ローランズ王国使節団は抗議の一つもなく、ジュリアンナ様とお茶会をする時間をとってくださった。
(どうか平穏におもてなしできますように・・・・・・)
わたくしの思いとは裏腹に、お茶会は波乱の渦に呑まれたのだった――――
本日7/12、侯爵令嬢は手駒を演じる2巻がアリアンローズ様から発売いたしました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。