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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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74話 対立

 リスタ王子との対談の次の日、早速わたしはサモルタの王宮に呼ばれた。リスターシャ王女との茶会だそうだ。


 説明を受けずに通されたのは、庭園を見下ろすことのできる、焼き菓子の甘い香りが漂うバルコニー。そこにはテーブルセットが置いてあり、緊張した面持ちのリスターシャ王女が座っていた。後ろには護衛騎士であるコンラートが控えている。



「じゅ、ジュリアンナさま。ようこそいらっしゃいまし、た」


「お招きありがとうございます。リスターシャ王女殿下」



 にこやかに微笑みながら、わたしはリスターシャ王女の向かいの席へと座った。



「あの……本来、他国の使者に言うことではないと、思うのですが。わ、わたくしは正式なお茶会は初めてで……ジュリアンナさまを不快にさせてしまう、かも……しれません……」


「ではリスターシャ王女殿下の初めての御茶会をご一緒できるなんて、わたしは運がいいですね。今日は細かいマナーは気にせず楽しみましょう?」


「は、はい! ありがとうございます」



 嬉しそうに顔を綻ばせるリスターシャ王女を見て、わたしは内心で毒づく。



(……手駒使いが荒いわね)



 わたしは一瞬だけコンラートに視線を向け、すぐに眼下の耽美な庭園を眺めた。


 おそらく、この御茶会はわたしとリスターシャ王女の仲の良さを周囲に認知させることが目的だ。

 このバルコニーは目立つ場所にある。たまたま王宮に来ていたサモルタ貴族が目にし、それを『噂』として広めることを狙っているのだろう。


 

(そして、この茶会の目的をリスターシャ王女以外は知っている。気分が悪いわ)



 リスタ王子やコンラートの息がかかっているであろう侍女が、わたしの前に紅茶のカップを置いた。わたしは何食わぬ顔で紅茶を一口飲んだ。



「芳醇な香りですね」


「少々渋みのある紅茶ですが、今日の、お菓子にとっても合うんです」



 そう言ってリスターシャ王女は、毒味の意味を込めて侍女が切り分けた純白の粉砂糖がかかったパイを一口食べた。リスターシャ王女は頬を緩ませた。それだけで、パイのおいしさがこちらにも伝わってくる。



「ふふっ、とってもおいしそうですね。わたしもいただきます」



 わたしもパイをフォークで切り分ける。パイの断面は赤い木苺や干し葡萄、林檎に彩られ、色鮮やかだ。

 はやる気持ちを抑え、わたしは淑女らしく品良く口にフォークを運ぶ。



「何層にもなったさくさくのパイ生地と、濃厚なクリームと果実の食感と酸味が絶妙ですね。見た目が華やかだけではない、最高のお菓子ですね。ローランズ王国では見かけないお菓子ですが、サモルタ王国独自のものなのですか?」


「は、はい。サモルタ王国の伝統菓子で、シュトゥルーデルと言います」


「ぜひともレシピをご教授いただきたいです」


「ふふっ、菓子職人に聞いてみますね」



 リスターシャ王女は朗らかに笑った。



(御茶会のマナーもちゃんとしているし、自国の特産も頭に入っている。それに相手を楽しませる会話もできている。……やはり、リスターシャ王女は優秀だわ)



 わたしは様子見を止め、リスターシャ王女に探りを入れ始める。



「今、エドワード様やアーダルベルト王太子殿下は、貿易条約の話をしているそうですが、リスターシャ王女殿下は参加されないのですか?」


「わたくしは……第六王女でしかないので、参加はいたしません。陛下は伏せっているので、次期王であるアーダルベルトお兄様がすべて取り仕切るのでしょう」


「そうなのですね」


(……おかしいわ。リスターシャ王女は本当に何もかも知らされていないの?)



 リスタ王子やセラディウス公爵家はリスターシャ王女を次期王に推しているはずだ。

 それなのに、当のリスターシャ王女は、自分のことを無価値な王女だと思っている。

 彼女の性格から言って、わたしを油断させるためにリスターシャ王女が演技しているという訳でもないだろう。



「リスターシャ王女殿下、今回のローランズとサモルタの話し合いのまことの意味をご存じですか?」


「? サモルタとローランズの親交を深め、貿易条約の締結によりお互いの経済を活発化させるのですよね? 特にサモルタは鎖国をしておりましたから、これを機に国力をつけたいと思っています」



 リスターシャ王女は目をぱちくりとさせながら、今回のローランズとサモルタの表向き・・・の訪問理由を述べた。まさに模範解答だ。



(問題は、その模範解答をそっくりそのまま事実だと思っているところよね)



 わたしは静かに怒りながら、リスターシャ王女の背後で無表情に護衛に徹するコンラートを睨み付けた。



「……これはどういうことかしら、コンラート・セラディウス」


「どう、とは?」


「分からないの? 貴方たちは傀儡の王を作り上げるつもり?」



 わたしがそう言うと、コンラートは僅かに眉をひそめた。

 コンラートからはリスターシャ王女への負い目は感じられず、リスタ王子を王位につけられない歯がゆさが全面に出ていた。



「随分とサモルタはローランズを――エドワード様を嘗めた真似をしてくれるのね?」



 エドワード様は、マクミラン公爵の傀儡にされていたダグラス殿下を自ら断罪した。彼は言葉には出さないけれど、実の兄を裁いた事に対する後悔はあったはずだ。



(だからこそ、エドワード様は傀儡の王の存在なんて認めないわ。何より、彼を悲しませるような存在を、婚約者のわたしが許すと思う?)



「傀儡の王……?」



 ただひとり、現状を飲み込めないリスターシャ王女が小さく呟いた。

 わたしはコンラートを一瞥した後、リスターシャ王女越しにリスタ王子を睨み付ける。



「ふざけるのも大概にしなさいよ、リスタ王子!」


「ジュリアンナ姫!」



 コンラートが語気を強めた。



「……リスタ……どうして、ジュリアンナさまが……わたくしの夢人の名を知っているの……?」



 リスターシャ王女は困惑の表情を浮かべ、びくびくと震え始めた。しかし、それはすぐに収まり、今度は怒りに顔を歪ませた。



「……君は手駒なんだろう、ジュリアンナ。勝手にシアに僕のことを告げるなんて、酷いじゃないか」


「やっと現れたのですね、過保護なリスタ王子」



 リスターシャ王女の人格はなりを潜め、リスタ王子の人格が表に現れた。

 立ち居振る舞いは男性的なのに、ドレスを着ているのがちぐはぐでおかしな感じだ。



「リスターシャ王女殿下を王にするのならば、きちんと説明すべきです」



 わたしが毅然と言うと、リスタ王子は眉間に皺を寄せた。



「心優しいシアに、腐敗したサモルタの現状を告げろというのか?」


「当たり前です。リスタ王子、貴方はリスターシャ王女殿下を無能者だと思っているの? 綺麗なだけの王がこの世にいるはずないわ。王になるのなら、リスターシャ王女殿下は国の汚い部分も知らなくてはならない」


「そんなの、シアが傷つくだろう! いままでシアどれだけ虐げられてきたと思っているんだ! もうこれ以上、彼女を傷つけることなんて……」


「リスターシャ王女殿下のことも嘗めていらっしゃるの? 虐げられても、あれだけ真っ直ぐな心根を保てるなんて、リスターシャ王女殿下は強い方よ。王としての覚悟も必ず持てるはずだわ!」


「勝手なことを……!」



 リスタ王子は唸るように呟き、わたしを睨み付ける。

 わたしはそれを鼻で笑うと、小馬鹿にするように言った。



「勝手なのはどっちよ、この臆病者」


「黙れ、高慢女」



 バチバチと見えない火花がわたしとリスタ王子の間で飛び交う。



(わたしはリスタ王子が大嫌いだわ)



 自分だけが蚊帳の外で利用されるなんて、わたしは耐えられない。大事な人に信用されないことも。リスタ王子の守り方がわたしは気にくわないのだ。



(それにこの分だと、リスタ王子よりもセラディウス公爵家側の方が信用ならないわ)



 元々、セラディウス公爵家は表向き、アーダルベルト王太子の寵姫の実家であるダムマイヤー伯爵派だ。本当は反ダムマイヤー伯爵派だと言っていたが、それ自体が嘘なのかもしれない。



(……与えられる情報だけを鵜呑みにしてはダメね。自ら動かなくては)



「ご要望通り、リスターシャ王女殿下とは仲良くさせていただきますね。わたし個人は彼女を気に入っていますので。ですが、リスターシャ王女を傀儡の王にすることに協力はできません」



 優雅に淑女の礼をとると、わたしはリスタ王子に微笑んだ。



「本日の御茶会はとても楽しかったです。もっと自分に自信を持ってくださいね、とリスターシャ王女殿下にお伝えくださいませ。それでは失礼いたします」



 わたしは堂々とした足取りで、御茶会の場から退場した。




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