08話 見習い看護師エレン
――エレン
王都郊外にある小さな教会から見習い看護師として働くために来た16歳の少女。
信仰心が篤く、明るく純粋な性格。そしてちょっぴりドジ。
親はなく、赤ん坊の時に教会の前に捨てられているのを神父に発見された。
特に珍しくもない孤児。
そういう設定です。
まあ、アドリブで他の設定を加えるかもしれませんが……そこは臨機応変に。
「大丈夫か?」
「あうー、大丈夫ですぅー」
教会の門前で盛大にすっころんだわたしは現在門番の詰所にいる。
顔面を強打し、額と鼻から盛大に血を出したのである。
ちなみに服は血塗れだ。
それを見かねた門番の一人に連れられて、今此処にいる。
「ほら、嬢ちゃん。救急箱だ……えっと手当の仕方は……どうやるんだかな」
「あっえっと、わたし見習いの看護師なので、自分で出来ます!」
「見習い看護師が自分で怪我したらダメだろ……」
「すみません……でも、慣れているので! 救急箱ありがとうございます!
救急箱を受け取ったわたしはテキパキと自分の手当を開始する。
汚れを洗い流した額を、消毒液に浸した脱脂綿でポンポンとピンセットを使いながら当てていく。
「ふぅ、つあーーあ゛あ゛ー」
「お嬢ちゃん、消毒は静かにな」
沁みる消毒液に身をよじり奇声を上げていると、門番から苦笑が漏れた。
消毒した患部に擦り傷用の軟膏を塗る。
包帯かガーゼをあてようかと思ったが、それほど深い傷ではないので止めた。
手早く薬類を片づけ、門番に救急箱を返した――もちろん笑顔を忘れずに。
「お仕事中なのに……本当にありがとうございました!」
「いやいいよ、あんな盛大にコケたんだ……鼻血出してたしな」
「すごい立派な教会だなーって眺めてたら躓いちゃって……前方不注意であります!」
わたしはビシッと敬礼した。
「前方には何もなかったからな!それに俺は軍人じゃなくて門番だぞ……」
「知ってますけど?」
小首を傾げると門番が残念なものを見る目で此方を見た。
「そういや、お嬢ちゃん名前は何て言うんだ? お嬢ちゃんみたいな可愛い子なら覚えているはずなんだが……」
「えっやだもう!ナンパですか?」
「いや、お嬢ちゃんは守備範囲外だ。場外だ、安心しろ」
「即答!?」
弄ばれた!と嘘泣きをする。
「嘘泣きだってバレバレだからな!? で、お嬢ちゃん名前は」
「エレンですぅー、明日から見習い看護師になる予定です!あっ、ちゃんと名前覚えてくださいね?」
「はいはい、エレン嬢ちゃんだな。初対面がアレじゃ忘れようにも忘れらんねーよ。えーと、俺も一応自己紹介するな。サムだ、門番をやっている。ちなみに嫁募集中だ」
「ぷーくすくす、サムさんモテなさそう!」
「うるせーガキが。そんなに元気なら大丈夫だろ、早く教会へ行って手続きしてこい」
「はーい、じゃあねサムさん!本当にありがとう、お礼に怪我したときはわたしが治療してあげる!」
「……いや、それは遠慮しとく。なんか命の危険感じるしな」
「失礼しちゃう!」
またねとサムに声を掛け、わたしは少し小走りで詰所のドアを開けて外に出る。
並木道を歩き、礼拝堂へ向かう。
ご機嫌に歩きながら先程のサムとの会話を思い出す。
教会の門番について知りたくて門前で転んだが……どうやら此処での門番の質はなかなかの物らしい。
エレンに見覚えがないと言って名前を聞き出すあたり、門番は教会で働く人間の顔と名前を憶えているようだ。
腑抜けた門番を期待していたけど……エドワード様の間者が発見されるぐらいですから、警備は厳重みたいです、残念。
甘い汁を啜っている奴らも教会内では何があっても安全でいたいでしょうし。
とりあえず警備の質を再確認して門番の一人と顔見知りになれたことは大きな収穫だった。
それに今のわたしの演技も滞りなく演じることができてますし。
「ふふっ」
思わず笑みが零れる。
並木道ですれ違う人々がチラチラとわたしを振り返る。
血だらけの服に目がいっている者もいるが、男性はエレンの容姿のほうが気になるようだった。
子犬のようなエレンの中身は女狐なんですよ?
そう内心呟きながら、わたしは屈託のない笑顔を人々に向けた。
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礼拝堂に向かって歩いていたが、途中親切なシスターに会った。
血の付着した服に驚いていたシスターだったが、事情を説明したら「周りをよく見て行動するんですよ」と優しく微笑み寮へと連れて行ってもらった。
そして現在寮前で寮長を待っている。
寮の外観は古ぼけた茶色いレンガで造られていて、壁を這う蔦が味わい深い。
シンプルだけど品があり、わたしはとても気に入った。
暫くすると重厚な扉から一人の女性が現れた。
20代半ばくらいだろうか、白い修道服にナースキャップを被った女性が現れた。
おそらく件の寮長だ。
「遅くなってごめーん。ちょっと寮母のカトレアさんと話してたから――って何その血塗れな服!?もしかして怪我してる!?」
「これは門前で転んで鼻血出しちゃって……門番さんが親切にしてくれたので手当ては完了済みです!」
「そう?ならいいんだけど。アタシの名前はマーサ、白の寮の寮長で見習い看護師の総括を務めているよ」
「エレンです、今日からお世話になります。あの、白の寮ってこの建物のことですか?」
「あはっはー、そうだよ。古臭い茶色の建物なのに可笑しいだろ?住んでいるのが白衣の天使たちだからそんな風に呼ばれてんの!白いのは服だけっだって、女に夢みんな!って感じだよ」
マーサは豪快に笑った。
結構さっぱりとした性格のようだ。
「まっ立話もなんだし、寮を案内するよ。入りな!」
「はい!お邪魔します」
「これからはアンタの家になるんだから『ただいま』でいいんだよ」
「た、ただいまです」
寮の中は建物の外装と同じように古かった。
しかし、よく掃除が行き届いているようで清潔感がある。
玄関から入ってすぐの大きな部屋の前に立ち止まる。
「ここが食堂。朝食は7時から、夕食は18時から20時の間ね。朝はみんな揃ってから食べるけど、夜は時間内だったら何時でも食事してOK」
「何故夕食は皆で食べないのですか?」
「アタシら看護師は仕事が終わるのがバラバラだからね~、患者さんの容体が急変することもよくあるし」
「なるほど。あと、食事はシスターさんたちとは一緒じゃないんですね」
「禊とかで断食したり食べられないものがあったりするからねー、だから薬師や使用人として働いている人もそれぞれの寮で食べるんだよ」
「そうなんですねー」
「食事を作っているのは寮母のカトレアさんだ。飯はうまいが時間には厳しい人だからな!気をつけな」
「はい、了解しました!」
「よろしい!」
その後、寮長室・共有トイレと浴場で一階の案内は終了。
2階はすべて寮室らしい。
階段を上がり、最奥の部屋へと向かう。
「ここがエレンの部屋だぞ~」
扉を開けると中は3畳ほどの小さな部屋だった。
木製のベットと机があるだけだった。
「1人部屋なんですか?」
「8人用の大部屋とかもあるんだけどね~。今は看護師の人数が少ないんだ、だから見習いでも1人部屋を使ってもらってんの。1人部屋っつっても見習いは一番狭い部屋なんだけど」
「十分です!わたし1人部屋って初めてで、とっても嬉しいです!」
「そう言ってもらえると助かるわー。寮の掃除はカトレアさんがやってくれるけど、自分の部屋は自分で掃除しなよ」
「ふふ、清掃の仕事をお手伝いしたことあるので大丈夫です!」
「そりゃ頼もしいなー。あと21時に点呼があるからな、勝手に夜遊びとかしちゃダメだぞ」
「夜遊び……世に言う大人の遊びってやつですね!」
「アホか!まあ、仕事で疲れてそんなことする気力もなくなるけどな」
「そんなに厳しいんですか……」
「エレンは丈夫そうだし、心配しなくても大丈夫だ。じゃあ、夕食後で修道服を支給するからな。夕食までは疲れているだろうし、休んでな!」
「お言葉に甘えますー」
「夕食には遅れんなよ! 寮の仲間には自分で挨拶するんだぞ。そろそろアタシは仕事に戻るから」
「はい!ありがとうございます。これからお世話になります、マーサさん」
「おう、またなー」
ヒラヒラと手を振ってマーサは仕事に戻って行った。
扉を閉めて鍵をかける。
壁に耳を当て、叩く。隠し部屋の有無など、この部屋の監視体制を確かめる。
うーん、隠し部屋や通路はないみたい。
鍵穴は……これは簡単にピッキング出来るタイプね。
窓は大きな木が邪魔ね。日当たりは最悪だけど部屋の様子は外から判りにくい……しかも角部屋だし、諜報活動には中々の部屋だわ。
「まずは……生活に慣れることが先決かしら」
荷物の中から花瓶とサーモンピンクの薔薇の造花を出し、窓際に活ける。
「少し華やかになったわね。さすがに疲れたしマーサの言う通りに少し休みましょうか……ふぁー」
欠伸をしてベッドに横になる。
固くて寝心地が悪いが、それは追々改善していこう。
数秒後には深い微睡みへとわたしは落ちていった。
平民は名字が基本的にはない設定です。
次は白衣の天使たちとドジっ子エレンちゃんがメイン……のはず