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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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73話 それぞれの思惑

「早々に見破られるとは思わなかったなぁ」


「殿下!」


「うるさいな、コンラート。リリアンヌがいなくとも、僕の正体は見破られていたさ。……まあ、多少は騙せると思っていたけどね」



 リスタ王子は手を組んで背伸びをすると、ゆったりとした姿勢で座り直した。



「……リリー。リスタ王子はリスターシャ王女と同一人物なの?」



 会話の流れについて行けず、不思議そうに首を傾げているリリアンヌへわたしは問いかけた。



「顔立ちも骨格もホクロの位置も耳のかたちも、すべて寸分の狂い無くリスタ王子とリスターシャ王女は同じですわ。そのぐらい一度見たら分かるわよ、アンナ姉様」


「……さすがはローランズ王国記録局、最年少副局長リリアンヌ・オルコットね」



 わたしがリスタ王子とリスターシャ王女を別人だと思ったのは、顔立ちが同じでも彼と彼女はあまりにが違いすぎたからだ。息づかいや歩き方など、人の仕草には個人特有の癖がある。それを消したり変えたりするのは相当難しい。


 しかし、リリアンヌは見破った。彼女は自覚は薄いが、間違いなくローランズ王国が誇る逸材。見たものをすべて瞬間記憶し、細かなことにも必ず気づき、多くの知識を蓄えこむ様リリアンヌの頭脳は、さながら歩く図書館だ。



(ちょっと怠惰すぎるのが玉に瑕だけど)



「リスターシャ王女は二重人格ということか」


「一言でまとめないでよ、エドワード第二王子。僕とシアは肉体は同じだけど、別々の人間だと思っている。シアは僕のことを『夢』だと思っているけれど」


「……夢だと?」



 怪訝な様子のエドワード様に、リスタ王子曖昧な微笑みを向ける。



「僕はさ、シアこそがサモルタの王に相応しいと思っているんだ」


「ですが、貴方の騎士はそう思っていないようですよ?」



 わたしはコンラートが一瞬見せた不満げな顔を見逃さずに言った。

 リスタ王子は軽く後ろを向いて溜息を吐くと、再びわたしたちへ顔を向ける。



「僕の知識や行動、人格、欲望……そのすべてはシアが源だ。シアこそが僕の生きる理由。そして価値だ。それに不満はないし、僕は王位なんていらない。でもシアには必要だ」


「……それは何故ですか?」


「君なら少しは分かるんじゃないかな、ジュリアンナ。このサモルタという国は滅びの危機にある。神眼持ちへの信仰はもはや時代遅れ。この閉鎖された国は変わらなくてはならない。ディアギレフ帝国の活動が怪しい動きを見せている今、たとえ国境を険しい山脈で守られたこの国も安全ではいられない」



 わたしはサモルタ王国で向けられた異常な視線を思い出し、眉をひそめた。

 エドワード様はくすりと笑うと、リスタ王子を見極めるように目を鋭くさせる。



「ふむ。それで人と神の特徴を持つリスターシャ王女か。彼女が王になり、少しずつ神眼への異常な信仰を改革していく。……しかし、アーダルベルト王太子はどうする?」


「アーダルベルトにはご退場願うよ。神眼持ちとはいえ、以前からアーダルベルトの横暴さに不満を持っていた者は多かった。ヤツがジュリアンナやエドワード第二王子に嫉妬して、色々と次期王として相応しくない振る舞いをしたことで、シアを押す貴族が増えたんでね。あとは王族としての重大な欠陥もあるし、アーダルベルトを下ろすことへの反発は少なくて済みそうだ」


「何が利用させてくれないかな、だ。最初から俺たちを利用していたんだろう?」


「使えるものは使わなきゃ。おかげで貴族たちに、最高の状態でシアというまともな王族をお披露目することができたからね」



 あっけからんと言うリスタ王子にわたしは警戒を強めた。



(……リスタ王子の最優先はリスターシャ王女。それは何があっても揺るがないのね。本当に、リスターシャ王女とはまったくの別人だわ)



「それだけ聞くと、わたしたちの協力など必要ないのではありませんか?」



 わたしは笑みを称えながらリスタ王子に問うた。



「そんなことはないよ。僕がお願いするのは2つだけ。まずは僕たちがアーダルベルトを王太子の座から下ろすまで、貿易条約や軍事同盟は正式な決定は下さない。2つめは、ジュリアンナにシアの後見をしてもらいたい」


「王族を侯爵令嬢如きが後見するなんて聞いたことがありませんね」


「ここはイカれた王族崇拝をするサモルタ王国だよ? 常識なんて期待しちゃいけない。まあ、後見とは言っても、シアの友人になって欲しいっていうのが僕の本心。サモルタ貴族でシアの友人になれる者はいないからね」



 確かに、リスターシャ王女が友人を作るのは難しいだろう。

 わたしはリスタ王子を見ながら、リスターシャ王女の姿を思い浮かべる。



(リスターシャ王女自体は、わたしも好ましく思っているわ。だから友人になることはかまわない。だけど……リスタ王子に利用されるのは癪ね)



 考え込んでいると、エドワード様がわたしの顔を覗いた。どうしたのかと目をぱちくりさせれば、エドワード様は余裕綽々に口角を上げる。



「俺とジュリアンナが本当の意味で出会ったときを思い出すな」



 なんのことかと訝しんだが、わたしはすぐにエドワード様の言わんとしていることを察する。



(そうか……わたしがエドワード様に召喚状で呼び出されたときのことを言っているんだわ)



 理想の王子様と完璧の淑女の仮面を取り払い、初めてお互いの姿を見据えたあの時、エドワード様はわたしを利用するつもりだった。

 


(そしてわたしは――エドワード様を骨の髄まで利用し返してやると強かに考えたんだわ)



 わたしはエドワード様に感謝の意味も込めて微笑むと、リスタ王子へ淑女とは思えない尊大な態度で向き合った。



「いいでしょう。リスターシャ王女を王位につけるため、リスタ王子の手駒になってあげる。感謝なさって?」



 わたしたちとリスタ王子たちの間にはピリピリとした空気が流れ、室内にはリリアンヌのお菓子を貪る音だけが静かに響いた――――




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