表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
77/150

71話 膝上の攻防戦

侯爵令嬢は手駒を演じる書籍1巻が5月12日にアリアンローズ様から発売します。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 エドワード様は鬼畜、腹黒に続き、わたしの中で変態の称号を得た。

 

(まったく、どうかしているわ……! いつか絶対に報復してやるんだから!)


 先ほど噛まれた鼻の感触を思い出しながら、わたしは屈辱に顔を歪ませた。


 しかし、そんなわたしを知ってか知らずか。エドワード様は紳士的にわたしをエスコートしながら、嬉しそうな顔で庭へと向かう。



「さすがは芸術と文化の国、サモルタ王国の公爵家。素晴らしい庭だな」



 木々は幾何学模様にそろえられ、薔薇や百合などの花々も満開に咲き誇っている。道にもこだわりがあるらしく、玉砂利が敷かれていた。わたしとエドワード様は暫し庭の芸術性に酔いしれる。



「……あれは、時計塔でしょうか?」



 庭の先には小さな古い時計塔が建っている。だが、時計自体動いていないようだ。



「時計塔に登るか?」


「サモルタ貴族の面倒な思惑のあぶり出しをするために、ふたりで過ごすのでしょう? 衆目の眼にさらされなければ意味がありません」


「そうか、残念だな。……少し休むか」



 そう言ってエドワード様はわたしを芝生の上に座らせた。



「芝生の上に座ってはしたなく見えませんか……?」


「大丈夫だろう。もっとはしたないことをするんだから」


「えっ……?」



 わたしが疑問に思ったのもつかの間。エドワード様はわたしの膝の上に頭を乗せて寝転んだ。



(ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! これって膝枕なんじゃないの!? 王子がこんなことをして許されるの!?)



 口をポカンと開け、わたしは唖然とした。



「なんだその間抜け面は」



 くつくつと腹黒そうに笑うエドワード様に反論しようとするが、彼が軽く身じろぎするたびに直接エドワード様の動きが伝わり、わたしは困惑と羞恥で口をつぐんでしまう。



「まあいい、俺は疲れた。寝る」



 そう言うとエドワード様は目を瞑り、あっという間に寝息を立ててしまう。わたしは一連のエドワード様の行動に理解が追いつかず、数分間動きを停止した。



(いえ、ちょっと待って。これはどう考えてもおかしいわよ!)



 漸く復活したわたしは、調子に乗っているであろう婚約者へと目を向けた。


 エドワード様は無防備に寝息を立て、わたしの膝を占領している。彼の寝顔は普段と変わらず美しく、切れ長の眼に縁取られた銀色の睫毛は長く、色気を醸し出している。



「睫毛だけじゃないわ。この真っ直ぐな髪も妬ましい……!」



 わたしの癖があって絡みやすい髪と違い、エドワード様の髪は真っ直ぐで艶々。そして指通りも最高ときている。羨ましいことこの上ない。



「……ジュリアンナ、痛いぞ」


「あらら、申し訳ありません」



 無意識にエドワード様の髪を引っ張り上げていたらしい。エドワード様は機嫌の悪そうな目でわたしを見上げる。

 わたしは適当に謝るとエドワード様の髪から手を離した。



「まったく、男の髪などどうでもいいだろう。お前の方が蜂蜜みたいで甘そうだ」



 エドワード様はわたしの髪を摘まむと、くるくると指に絡ませて遊び始めた。



「止めてくださいま――っつ!」



 エドワード様の手を払おうと足を少し動かすと、わたしは耐えがたい痺れに襲われた。



「どうした、ジュリアンナ?」


「いえ、早く退いて欲しいと思っただけです」


(エドワード様に足が痺れたなんて見破られたら、絶対に碌なことにはならないわ! どうにか隠し通さなければ!)


 わたしはすぐに演技力を総動員させて何食わぬ顔でエドワード様に微笑んだ。



「そうか。では俺は寝る」


「退いてくださらないのですか!?」


「俺は眠いし、ジュリアンナの膝を堪能したい。退く理由が見つからないな」


「この腹黒鬼畜王子!」



 思わずわたしがエドワード様を罵ると、彼は薄く眼を細めた。



「……やけに絡んでくるな。何か不都合があるのか?」


「いいえ……別にありませんけど……」


「そうか」


「――――っ!」



 エドワード様は寝返りを打ち、わたしへと背を向ける。するとビリビリ足が痺れを訴え、わたしはのたうち回りたい衝動に駆られた。



「ん? もしやジュリアンナ、足が痺れたのか……?」


「そ、そんなことありません!」


「そうか」



 客室で与えられた屈辱から、わたしは思わず強がりを言ってしまった。エドワード様からわたしの顔が見えないのがせめてもの救いだろうか。



(もう、いいから退いてよ!)



 わたしは涙目でただただ耐え続ける。するとエドワード様がわたしの膝を突っつき始めた。断続的に続く痺れに、わたしはついに泣き叫ぶ。



「え、エドワード様!? わたしが足が痺れているのを知っていますね!」


「ああ、最初からな」


「最悪です! どうして貴方はそんなに意地が悪いのですか! アホですか!」


「いつものジュリアンナに戻ったな」



 そう言ってエドワード様は起き上がるとわたしの頬にそっと手をあてた。その優しい動作がどうにも憎らしく、わたしは俯く。



「……失望しましたか」



 エドワード様や皆が求めているのは、強いジュリアンナだ。それなのに、わたしはサモルタ王国に来てからというもの、弱くなっている。


 エドワード様はプロポーズのとき、自分の隣に並び立って欲しいと言った。それなのに、今のわたしはどうしようもなく弱い。幼い頃の自分に戻ってしまったようで、わたしは鬱屈とした気持ちに苛まれる。



「失望なんてしない。俺は嬉しく思っているんだぞ。ジュリアンナが弱さをさらけ出すのは俺の前でいい。他の奴には見せるな。勿体ない」


「……訳が分かりません」



 わたしはエドワード様に身体を預け、小さく呟いた。



「ジュリアンナ。俺はお前を誰にも渡す気はない。だから安心しろ」


「……はい」


(悔しい。わたしは……エドワード様の隣に並び立てる存在になりたい)



 弱いジュリアンナはもう終わり。国一つ相手取れなくて何が腹黒鬼畜王子の婚約者だ。

 わたしはぐっと拳に力を入れた。



「エドワード様。わたしはもう……大丈夫です。ありがとうございました」


 

 わたしが心からお礼を言うと、エドワード様は何故か腹黒い笑みを浮かべた。

 何か嫌な予感がひしひしと感じる。



「もう足は大丈夫なんだな」


「え、足ではなくってぇ!?」



 ふわりと小さな浮遊感と共にわたしの身体がエドワード様に持ち上げられる。それは俗にいうお姫様抱っこ状態だ。わたしは安定感のなさに驚き、エドワード様の首に腕を絡めた。



「う……痺れ……!」


「我慢しろ、ジュリアンナ。ほら、みんな見ている」



 辺りに目を向ければ、セラディウス公爵家の侍女たちがわたしとエドワード様に熱い視線を向けている。完全な見世物状態になっていた。



「うぐ、この……覚えていろ……鬼畜め……」


「さて、聞こえないな」



 エドワード様が歩くたびに、足の痺れがわたしを襲う。わたしはエドワードの胸に顔を押しつけ、ひたすら耐える。その姿はどうやら照れ隠しをしている令嬢に見えるらしく、侍女たちが遠くで黄色い悲鳴を上げた。



「大好評だな」


「わたしの中では貴方の株が駄々下がりですからね」


「ではご期待にお応えして、ここで軽くターンでもするか?」


「お願いだから止めてくださいましっ!」



 エドワード様は意地悪を言うが、次第にわたしを気遣うようにゆっくりと歩き始めた。



(鬼畜のくせに、気を使って馬鹿みたい)



 エドワード様の顔を見ることができないようにわたしは目を閉じる。


 そして緩やかな揺れに身を任せていると、エドワード様が歩みを止めた。何事かとエドワード様の顔を見上げれば、彼は王子らしく警戒心の満ちた顔をしている。



「噂以上にローランズ王国の第二王子と神眼の姫は仲良しなんだね」


「……さて、私は貴殿を存じ上げないが?」



 エドワード様の目線の先にいるのは騎士服を纏った白髪の少年。その容貌はサモルタ王国第六王女リスターシャと同じ、世にも珍しい真っ白い髪に紅と紫の瞳を宿している。雰囲気はリスターシャ王女とは丸っきり異なるが、顔立ちも彼女に瓜二つだった。



「僕は存在しないはずのもう一人のサモルタ王国王位継承者。初めまして、第二王子と神眼の姫。そして早速だけど僕に利用されてくれないかな」




 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ