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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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67話 歓迎会 前編

 会場に入るや否や、わたしへと突き刺さる視線……視線、視線、視線、視線。

 大半は崇拝、そしてごく少数であるが嫉妬や憎悪なんかもある。



 ……嫉妬の視線に心が休まるなんて、異常事態ね。



 ぶわりと一気に立った鳥肌。内から込みあげる冷や汗と吐き気。出迎えの時よりも酷い嫌悪感に支配されていた。もちろん、それは表には一切出さない。それを出すなど、貴族令嬢として三流だ。


 わたしはエドワード様にエスコートされ、衆人環視の中を堂々とした足取りで歩く。

 そして主賓に挨拶をするため、この場にいる唯一の王族であるリスターシャ王女の元へ向かった。


 リスターシャ王女は一段高い場所にある、王族の席に腰掛けていた。そこで代わる代わる貴族たちの挨拶を受けている。リスターシャ王女の顔には、焦りと緊張、そして疲労の色が窺える。

 わたしたちの姿を見つけると、リスターシャ王女は少しだけ安心した顔を見せた。



 「私どもローランズ王国使節団のために、このような素晴らしい歓迎会を開いていただきありがとうございます」



 エドワード様がいつも通りの理想の王子様っぷりを発揮したため、サモルタの貴族令嬢たちが頬を紅潮させながら見惚れていた。わたしはサモルタでも通用するエドワード様の高性能ぶりに感心しつつ、リスターシャ王女へ完璧な淑女の礼をとる。



 「あっ、その……旅の疲れもございますでしょうが、今夜はサモルタの者たちと交流を深めてお楽しみいただければ……と、おも、います……」



 自信がなさそうに俯くリスターシャ王女。サモルタの流行なのか、派手でボリュームの多いドレスと大ぶりな宝石を使った装飾品を身に着けているため、リスターシャ王女を悪い意味で際立たせていた。



 ……まったく、侍女はいったい何をしているのかしら。リスターシャ王女に似合うのは、もっと別のドレスでしょうに。素材を殺し過ぎだわ。



 ちらりと他の貴族令嬢を見れば、皆、同じように派手なドレスと大ぶりな装飾品ばかり。対するわたしとリリアンヌは、ローランズ王国で流行している細めのシルエットでレースをふんだんに使ったドレスに華奢な装飾品だ。ある意味、正反対とも言える。

 本当はサモルタの流行も入れつつ、ローランズのいいところも取り入れたドレスを用意したかったが、圧倒的にサモルタの情報が不足していたため、諦めた。確信の持てない情報を頼りにドレスを用意し、いざ着てみたらサモルタではその流行は当に終わっていた……なんて目も当てられないからだ。



 ……実際に、これで正解だったでしょうね。サモルタの貴族女性には中々好感触のようだし。



 わたしの神眼効果なのかもしれないが、ローランズの服飾文化がサモルタでも受け入れられるのは素直に嬉しい。



 「歓迎会の間は無理かもしれませんが、後でゆっくりお話ししたいですね。リスターシャ王女殿下」


 「は、はい。わたくしも……ジュリアンナ様とお話し、した、いです」



 リスターシャ王女は、とても王族とは思えないほどに純粋な笑顔を見せた。同じ王族でも、エドワード様の似非王子スマイルとは大違いである。



 癒されるわねぇ。



 自然とわたしも頬を緩ませる。リスターシャ王女もわたしにとっては警戒するべき相手ではあるが、同時に好感も抱いている。ある意味、リスターシャ王女には王族としてのカリスマ性があるのだろう。



 「名残惜しいだろうけど、ジュリアンナ。行くよ。……それでは失礼します、リスターシャ王女」


 「は、はい」


 

 エドワード様に手を引かれ、わたしたちは先にホールへと出た。後ろを見れば、テオドールとリリアンヌが挨拶をしている。最短で終わらせるためか、二人の貴族然とした態度は素晴らしいものだ。



 「テオドールとリリアンヌ……やればできるじゃないか」


 「あの二人は避けられない面倒事は最短で終わらせるのです。……本当に、似た者兄妹で困ります。本人たちに言えば、お互いに不服だと拗ねるのですけど」


 「ああ、それは想像が付くな」



 くくっとエドワード様は小さく笑った。わたしも釣られて笑っていると、正面から一組の親子が近づいてきた。一人は見覚えがある。アーダルベルト王太子の寵姫、レオノーレだ。そしてもう一人は非常に肥え、でっぷりとした体格の中年男性だ。



 「楽しんでおりますかな、エドワード王子、ジュリアンナ姫。私はベリエス・ダムマイヤー。伯爵位を賜っております。それと不肖の身ながら、元老院議長も務めています」


 「ああ、貴殿がダムマイヤー伯爵ですか。噂はかねがね伺っています」


 「どのような噂か非常にきになりますなぁ」



 ダムマイヤー伯爵は顎髭を撫でながら、エドワード様に含みのある視線を向けた。

 


 この人がサモルタ王国の実質的支配者。元老院議長ダムマイヤー伯爵ね。いかにも権力が好きそうな人。穏やかそうに見える寵姫とは、とても親子に見えないわ。……表向きはね?



 表に見せている顔が本性とは限らないというのは、わたしを含めて社交界という魔窟を生きる者ならば決して珍しくないことだ。だからこそ、警戒は怠れない。



 「出迎えの時にはアーダルベルト様が失礼な態度をとって申し訳ありませんわ。それに、わたくしもご挨拶が出来ず……。わたくしはレオノーレ・ダムマイヤーと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 「ジュリアンナ・ルイスです。わたしの方こそ、よろしくお願いいたします。レオノーレ様」



 ダムマイヤー伯爵とエドワード様が歓談しているうちに、レオノーレがわたしへ穏やかな微笑みを携えて話しかける。わたしもにこやかに対応した。



 「わたくし、ジュリアンナ様とはぜひとも仲良くしたいですわ。将来、近しい(・・・)相手・・となるかもしれない方ですもの」


 「まあ! 友人として仲良くしてくださるのですか? とても嬉しいです」



 暗に『あなたも後宮へ入るかもしれない』と言われたが、わたしは裏の意味を理解していないように振る舞った。牽制か良心から言っているのかは分からないが、わたしからすれば怒りしかない。



 ……誰がアーダルベルト王太子の後宮になど入るものですか。近親相姦による弊害で生殖能力を疑われている王族よ。その後宮に神眼持ちのわたしが入るなど、地獄しか想像できないじゃない。そんな家族にも国にも迷惑をかける事態になるのならば……死んだ方がマシよ。



 「しかし、ジュリアンナ姫はエドワード王子の婚約者ですからな。友人になれたとしても物理的距離がありすぎる。どうにかならぬものか……」


 

 レオノーレの話を聞いていたのか、下卑た視線でわたしを見るダムマイヤー伯爵。きっと彼にわたしは、金の卵を産む鵞鳥に見えていることだろう。



 ……胸糞悪いわ。ふてぶてしい権力欲のかたまりが。



 怒りを懸命に隠すわたしを心配したのか、エドワード様が一歩前に出た。



 「私は心底ジュリアンナに惚れていまして、彼女を手放す気はありません。ですので、サモルタ王国とローランズ王国の国交がより親密になればと思っています。そのあたりも後日行われる交易会談でお話ししたいと存じます」


 「……そうですなぁ。そうしましょう、今は。――ああ、失礼。セラディス公爵」



 意味深に言った後、ダムマイヤー伯爵は細身の男性を呼びとめた。セラディウス公爵という名から、コンラートの父であることが予想づいた。



 「ダムマイヤー伯爵」


 「セラディス公爵。こちらはローランズ王国使節団のエドワード王子とジュリアンナ姫ですぞ」



 ダムマイヤー伯爵の紹介で、滞在先としてお世話になるであろうセラディス公爵と、わたしとエドワード様は挨拶を交わした。


 

 「セラディス公爵は現王の王弟で、元老院副議長も務めてくださっておるのです。サモルタ王国の未来のため、私と志を同じくして協力しているのですぞ」


 「神眼を持たなかった王族ではありますが、少しでも国の役に立てればと思っているのですよ」



 ダムマイヤー伯爵とセラディス公爵は親交が深いらしい。わたしたちローランズ王国側が動きにくいことこの上ない。



 ……情報は筒抜けだ。愚かな行いは慎むようにということ? 愚かなのはどっちよ!



 内心では罵りつつも、わたしは微笑むだけ。決して主張せず、政治的駆け引きの分からない一般的な貴族令嬢のように振る舞う。



 「滞在中はよろしくお願いします、セラディス公爵。では、失礼します」



 王族であるエドワード様が話を切り上げてくれたおかげで、漸くあの場から離れることができた。



 「……さすがに、疲れました」


 「俺もだ、ジュリアンナ。だが……」


 「分かっております。ここからは分かれて社交を行いましょう。その方が効率的ですもの」


 「無理はするな」



 珍しくわたしを気遣うエドワード様。そのことに笑うのを堪えつつ、わたしは尊大な態度で言って見せた。



 「わたしを誰だと思っているのですか。天下のローランズ王国第二王子殿下を利用した女ですよ」





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