64話 紅紫のリスターシャ
アーダルベルト王太子の馬鹿発言により、サモルタ側の人達が焦っているのが分かる。そして内心はどうあれ、あくまでも侯爵令嬢に求められる丁重な態度を崩さないわたしに、ローランズ側の面々は満足しているようだ。……ヴィンセントを除いて。
もちろん、サモルタ側には分からない。しかし、ヴィンセントと親しいローランズ側は別だ。ヴィンセントの不機嫌具合と、笑っていない目に三者三様の反応を示していた。リリアンヌなんて、ジリジリとさりげなくヴィンセントから離れている。
ああもう、ヴィーったら! わたしのために怒ってくれているなんて、心優しい子!
アーダルベルト王太子のせいで苛立っていた心も、ヴィンセントのおかげで大分軽くなった。
まあ、許す気はないですけど。
あたふたと慌てるサモルタ側から、老齢の貴族がアーダルベルト王太子を諌めるように語りかける。サモルタ側も一枚岩ではないようで、わたしとアーダルベルト王太子が仲良くしてほしい者、わたしが気に入らない者、アーダルベルト王太子よりもわたしに特別な目を向けている者と様々だ。
「アーダルベルト王太子……その、ジュリアンナ様は同じ神眼を持っているのですぞ」
「フンッ。だからなんだ。サモルタに属していない以上、我の方が上に決まっている」
子どもかよっ!
とても御年25の王族とは思えない我が儘さ。いくら閉鎖的で外交を殆どしてこなかったサモルタの王族とはいえ、これはいただけない。砂糖漬けの果実よりも甘々な生活をしていたのではないだろうか?
怒りを超えて、呆れと同情が込みあげる。
隣を見ると、エドワード様もまた、わたしと同じ気持ちのようだ。
むしろ、王族としての教育をきちんと受けてきたエドワード様からは、アーダルベルト王太子は天然記念物の珍獣に見えているかもしれない。
サモルタ側で微妙な空気が漂う中、貴族たちをかき分けて、一人の少女が現れた。
10代前半の少女で、世にも珍しい真っ白い髪に紅と紫の瞳を宿していた。
片目だけの神眼なんて……!
少女は薄らと涙目になりながら、緊張で震えている。
しかし、賢明にこちらを見据え、少しぎこちない淑女の礼をとった。
「お、お初におめにかかりま、す……サモルタ王国が第六王女……り、リスターシャです……」
「リスターシャ! お前のようなものが、なぜこのような場に来た!」
アーダルベルト王太子の怒声にリスターシャ王女が脅えるように縮こまる。まるでリスターシャ王女を目の仇のようにアーダルベルト王太子には、呆れるばかりだ。
サモルタ側の貴族は、リスターシャ王女をどう扱っていいのか分からない様子。その中に、嫌悪や侮蔑の色はない。片目だけとはいえ、神眼を持っている王族なのは変わらないからだろうか?
「あの、お父様――へ、陛下がわたくしも、挨拶に行くべきだ、と……」
リスターシャ王女が必死に紡いだ言葉をわたしは考える。
サモルタ王は、リスターシャ王女とわたしたちを会わせるように仕組んだ。リスターシャ王女を冷遇しているのならば、ありえないこと。つまり、リスターシャ王女は大切にされているということだ。……それが王族としてなのか、娘としてなのかは置いておいて、だ。
わたしを利用しようってことなのかしら、サモルタ王?
それは少々気に入らないことだけれど、アーダルベルト王太子よりもリスターシャ王女がわたしは気に入ったわ。
王族・淑女の振る舞いはまだまだだけれど、きちんと王族として何をしなくてはいけないのかは理解している様子だし。何より、健気でいらっしゃるもの。
応援したくなるのも当然だわ。
だから……わたしも利用させてもらいましょう。
「初めまして、リスターシャ王女殿下。わたしはジュリアンナ・ルイスと申します。同じ瞳の色の令嬢に会ったのは初めてです。お会い出来て光栄の極みですわ」
エドワード様の後、わたしはリスターシャ王女にこれでもかと輝く笑顔を向けた。普段の2割増し愛想がよいと言えるだろう。そんなわたしを見たリスターシャ王女は、困惑しているようだった。
「え、え? わた、くしは……その、こんな外見ですし……王女としてダメダメですし……」
王族自らダメダメなんて言ってはいけないでしょう!
思わずリスターシャ王女に説教したくなったが、それはお節介というものだ。わたしの役割ではない。だが、少しだけリスターシャ王女の自信になるように、わたしはそっと彼女の手を包み込み、語りかけた。
「わたしはリスターシャ王女殿下を見て、一瞬、妖精が現れたのかと驚きました。白雪のようにふわふわとやわらかそうな髪など、とても愛らしくお可愛らしいです」
「ですが、わたくしの目、他に同じものをもっている方見たことがありません。……それに、血みたいに赤いと、お兄様が……」
リスターシャ王女が自信を持てないのは、お前のせいかアーダルベルト王太子!
「血は時間が経てば黒くなります。でも、リスターシャ王女殿下の紅い目は、決して濁ることはありません。ですから、血と言うよりは、ルビーの宝石のように不変の輝きを持ったものでしょう。それに、確かにリスターシャ王女殿下の紅眼は珍しいですが、わたしの親友も同じ紅を身に宿しております。ですから、その目を嫌いにならないでください。リスターシャ王女殿下は、とても美しいですよ」
そう言って微笑むと、リスターシャ王女は硬直した。そして顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、あの……あ、りがとうございます。ジュリアンナ様……」
俯きがちに答えるリスターシャ王女。
少しは自信になったかしらと思っていると、エドワード様が私にだけ聞こえる声で「浮気者」と面白がるように呟いていたが、当然わたしは無視をした。
少しやりすぎたことは自覚しているわよ!