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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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07話 そして舞台の幕が上がる

 「――――というわけで、第二王子の手駒として王都教会に潜入することになったの」


 簡単な説明を終えたわたしは一口紅茶を飲む。

 ちらりと目の前に座る女性を見ると、耐えきれないとばかりに忍び笑いをしている。


 「ふふふ、君は相変らず事件に巻き込まれるんだね。本当に愉快な友人だよ」


 そこには黒髪に深紅の瞳の妖艶な美女がいる。

 飾り気のない漆黒の喪服を着ており、それが彼女の美しさと神秘的な瞳を引き立てている。

 彼女の名はカルディア・レミントン。

 元レミントン男爵夫人であり、夫は昨年亡くなった。

 若干20歳の未亡人である。

 レミントン家は夫の前妻の息子(カルディアより年上)に任せ、本人は王都の別邸にて使用人たちと悠々自適に暮らしている。

 素のわたしを知る数少ない友人のひとりだ。


 第二王子のお願いを聞く羽目になったわたしは、イライラをぶちまけるためにこのレミントン家別邸にやってきた。

 家主のカルディアは愚痴を親身に聞いてくれるどころか、面白がっているだけなんだけど。


 「巻き込まれたこっちは愉快でも何でもないわ。まったく、わたしの力だけで王都教会へ潜入しろなんて……無茶もいいところよ」


 「無理ならばやめればいいじゃないか。潤んだ瞳で懇願すれば今からでもお願いを取り下げてくれるかもしれない。麗しのルイス家ご令嬢からの懇願だ、無下にはしないだろう?」


 「そんなことしたらわたしは無能な侯爵令嬢と思われてしまうわ!それにわたしがあの子の……ヴィンセントの顔に泥を塗るようなことすると思う?」


 「はぁ……そこは普通、ルイス家の家名に泥を塗ることなど~とか言うところじゃなのかい?君の弟君への愛は揺るがないね」


 「当たり前です。わたしにとってルイス家はヴィンセントが継ぐ家だから大事にしているに過ぎないのですから」


 「君の父上が聞いたら泣くだろうね」


 「娘を売るようなヘタレ狸のことなど知りません!」


 「はいはい、それで実際は王都教会へ潜入できるのかい?」


 軽口を言っていたカルディアはふと真剣な瞳でこちらに問うた。

 彼女なりにわたしを心配してくれているのだろう。

 わたしは彼女の眼差しを真正面から受け止め言った。


 「できるわ。いえ、できなければいけないの。ルイス侯爵令嬢としてではない、ジュリアンナ・ルイスとして。それが殿下の……ローランズ王国のためならば」


 「てっきり国もどうでもいいのかと思っていたよ」


 「わたしは感謝しているのよ。わたしの愛するものたちを生み、育て、見守ってくれているこの国にね。そしてこの国の一員でいられることに誇りを持っているわ」


 「家はどうでもいいのに?」


 「家に誇りを持てないのは……妻2人の死に耐えられなくなって、子ども達を長年放っていたヘタレ狸がいけないのよ。あなただってそうでしょ、カルディア」


 「そうだね……」


 カルディアは悲しそうに目を伏せる。


 兄たちの御家騒動によって実家であるワイラー伯爵家を捨てたカルディアには思うところがあるのだろう。

 友人に悲しい顔をさせておくのは忍びない。

 わたしは明るい声で宣言した。


 「そもそも、幾多の役を演じてきたジュリアンナ・ルイスに演じられない役などないわ!わたしの誇りに賭けて演じきってみせる、たとえ命がけの舞台でもね」


 「ふふ、すごい自信だね。私の心配は杞憂に終わりそうだ」


 「そうね。わたしは道化になるつもりなんて微塵もないわ」


 「では私は君からの報告を首を長くして待っているよ」


 微笑むカルディアは華が咲いたように美しかった。

 明るい表情の友人に安堵し、わたしは席を立つ。


 「色々準備があるから、御暇するわ。次は潜入が終わってから会いに行くわ」


 「楽しみにしているよ」


 「わたしが会いに来ないからって自堕落な生活はしてはダメよ?」


 「心配なら早く任務を終わらせておいで」


 「そのつもり。またね、カルディア」


 「また会おう、アンナ」


 友人に暫しの別れを告げ、エントランスへ向かった。


 「君がいない毎日は……とても退屈だろうね」


 美しい毒花のような艶然とした笑みを浮かべ囁いたカルディアの言葉にわたしは最後まで気付かなかった。




########




 王都の大通りを走る一台の古い辻馬車。

 ガタガタと大きく揺れる様は外から見ても乗り心地があまり良くないのが判る。

 その辻馬車の中には身分不相応な2人が乗っていた。


 ルイス侯爵家令嬢とその専属侍女である。

 しかし2人は辻馬車に乗っていても、なんら違和感のない姿をしている。


 令嬢は少し艶のない濃茶のロングヘアに碧の瞳。若草色の去年城下で流行したワンピースを着ていて、中年男性が持つような古いが物持ちが良さそうな旅行鞄を持っている。

 侍女はキャラメル色の髪を頭巾でまとめ、白のブラウスに茶色のシンプルなフレアスカートを着ている。膝にはベージュの布製の鞄が置かれていた。

 ふたりの姿は郊外から王都へ来た少女と買い物に来た若奥様だろうか。

 しかし辻馬車の中での会話は令嬢と侍女、少女と若奥様そのどちらにも似つかわしくないものだった。




 「うぷっ気持ち悪い吐きそう、朝食がで、る」


 辻馬車の揺れに必死に耐えるわたしをマリーは冷ややかな眼で見た。


 「お嬢様、淑女たるもの馬車内で汚物を撒き散らすような真似はしてはいけません」


 「まだ撒き散らしてなんかないわよ!……う、今ので余計に……」


 「この辻馬車に乗るのを決めたのはお嬢様ですよ?だらしがないですね、そんなことでは第二王子殿下の命を遂行することは不可能ですよ」


 「……まだ怒っているの、マリー」


 「当たり前です。誰が好き好んで敬愛する主を死地に赴かせますか?」


 「死地って……大げさね」


 「大げさなどではありません!一歩間違えば死ぬのですよ?お嬢様が命じてさえくだされば、このマリーが代わりに任を果たしてみせます」


 「マリー、あなたはわたしの侍女なのだから……それはダメよ? あなたにはあなたにしかできないことをお願いしているでしょう?」


 「……お嬢様」


 マリーは渋々といった様子で押し黙った。

 納得はしていないだろうが、わたしが王都教会へ潜入することは認めてくれるようだ。


 第二王子エドワード様に王都教会潜入のお願いをされ、手駒になって2週間が経った。

 家に帰ってからのわたしは大忙しだった。

 まずは当面の大きな仕事を片づけ、わたしが不在の間の代わりの責任者を決めて引き継ぎを行った。

 表向きのわたしは領地へ長期の視察に行っていることになっている。

 それと同時に王都教会への潜入工作を始めた。

 どうにか伝手を使い『見習い看護師』としての偽身分を作り、潜入の手筈を整えることに成功。

 偽身分へと役作りを始めて、見た目・口調・性格を細かに調整した。

 そしてあっと言う間に潜入当日を迎えた。





 馬車内は沈黙を保ち続けていた。

 正直言うと吐きそうだったのでありがたい。

 

 暫くするとピタリと揺れが収まる。

 御者のおじさんの「着いたよ」という声が聞こえた。


 「必ずやり遂げて見せるわ。……全部終わったら最高の紅茶とお菓子を期待してるわね」


 素のジュリアンナの笑顔をマリーに向ける。


 「……はい!ご期待ください」


 マリーに笑顔が戻る。

 それに安堵したわたしは辻馬車を降りた。

 御者のおじさんにお金を支払い、目の前に建つ王都教会へと歩を進める。


 白を基調とした大きな教会で、建造されてからそう年月が経ていないのが判る。

 広大な庭には噴水やいくつかの銅像が置かれていた。

 一言でいうと成金臭い。本当に清廉の女神ルーウェルを祀っているのだろうか?

 内心呆れながらもそれをおくびにも出さず、緊張した顔を装う。


 王都教会の正門前で立ち止まる。

 黒く豪奢な鉄製の門がそびえ立つ。

 門は開かれており、教会は誰でも立ち寄れるという常識は守っているようだ。

 ただし門番が2人ほどいるが。


 わたしはすうっと大きく深呼吸した。

 この門を越えたら、わたしはわたしではなくなる。


 感じたのは恐怖ではなく愉悦だった。

 1つ間違えば死が待つ舞台、そこで演じられる悦び。

 この舞台には様々な思惑を持った役者たちがいる。


 わたしも共演させていただきます。

 わたしに与えられた役は第二王子の手駒……脇役になるのか主役になるのか、それとも狂言回しになりますでしょうか。

 さて、自由に完璧に最後まで演じきって見せましょう。



 立ち止まるわたしを怪しんだ門番たちが寄ってくる。

 もう後には戻れない、死を伴う演目が始まる。



 わたしは門の先へと最初の一歩を踏み出した。

 





 「ぶぴゃっ」


 わたしは間抜けな声を上げてすっころび、その衝撃で顔面を強打した。






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