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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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62話 王会議④

 わたしの発言に、イングロット公爵と陛下が固まった。最初に気を使わなくていいといったのはそちらなのに、動揺してどうするのだろうか。しかし、二人にかまけてもいられない。わたしは気にせず、説明を続けた。



 「まず、国の成り立ちを簡単に。サモルタ王国の建国は1000年前。周辺国の中では一番の歴史を持ちます。運命の女神ヴィオレットが人間との間にもうけた子が始祖王となり建国した国とされています。始祖王は母である神から美しい紫の神眼を受け継ぎました。そしてそれは子孫にも受け継がれ、神眼を持つ王族が代々、王となりました。それ故、神眼を持つ者は信仰対象とされています」



 国の政に関わる者なら、これくらいは知っていますよね。



 特に疑問に思った者もいないようなので、わたしは話を続けた。



 「サモルタの王族が神の血を引いているのか。それを確かめる術などございません。重要なのは、神眼を持つ王族が信仰されているということなのですから。王になれるのは、神眼を持つものだけ。しかし、子が必ず神眼を持つとは限りません。ですから、サモルタ王国は古くから後宮制を布いています。そして、王族以外の子が神眼を持たないように、神眼を持った王女は王に慣れなかった場合、サモルタの公爵家に降嫁します。もしも公爵家に神眼の子が生まれれば、強制的に王族として召し上げられます。神眼を持たない王女と王子は、もっと格下の貴族家へと出されます。サモルタ王国の外に、王族が出ることはありません。これが表向きのサモルタ王族の婚姻です」


 「……どういうことだ?」



 表向きという、わたしの言葉に陛下が顔を顰める。御爺様とライナス以外の面々も同じような反応だ。ここから先は、陛下も知らないこと。サモルタ王国の裏側だ。



 「神眼を持った王女は身体が弱いことが多く、若くして死ぬことが珍しくありません。でも実際は……神眼の子を産むために死んだことにされ、後宮に閉じ込められるのです。公爵家に降嫁する王女も確かにいますが、生まれた王女の数からみると少数。どうやら神眼同士だと、神眼を持つ子が生まれやすかったようです。逆に神眼を持たずに生まれた王族の子は、神眼を持って生まれてきません」


 「なんと、おぞましい……」



 ダリア正妃は嫌悪の表情を隠さない。それもそのはず。近親で交わることは、一般的に禁忌とされている。自主性に任せることを主としているルーウェル教でも、絶対に許されていないことされていた。ルーウェル教の聖地があるオリバレス神国の王女だったダリア正妃としては、決して理解できないことだろう。



 「少し待て、ジュリアンナ。お前の祖母ジュリエットは、神眼を持たぬ王女だっただろう? だが、エリザベスは、神眼を持って生まれてきた」



 エドワード様の疑問に答えたのは、御爺様だった。



 「殿下。我が母、ジュリエットは確かに神眼を持っておりませんでした。それ故、我が父との婚姻に成功し、サモルタ王国から出た王族のただ唯一の例外となれたのです。儂を含め、兄弟は神眼が発現しませんでしたからのう。しかし、エリザベスは違った。おそらく、先祖返りというものなのでしょう。一人だけ、神眼を持って生まれて来たのですぞ」



 そう。それがサモルタ王国の誤算だった。まさか神眼を持たない王女が、神眼を持つ娘を産むとは思わなかったのだろう。結果的に他国へ神の血筋を流失させてしまったのだ。しかし、これはサモルタ王国にも貴重な情報となった。なにせ、神眼を持たない者でも神の子を産めるのだから。



 「サモルタ王国では年々、神眼を持つ王族が生まれなくなっていきました。焦ったサモルタ王国は、エリザベスお母様が産まれて以降、後宮では神眼以外の王族も囲われることになりました。しかし、長年の近親での交わりで限界が来たのでしょう。現王太子は、25歳ですが1人も子はおりません。そして、他の貴族家へ嫁いだ他の王女や王子もです。子を為す能力が失われているのでしょう」



 近親婚が禁止されているのは理由がある。血の近い者で交わり続ければ、必ず弊害が出てくるのだ。皮肉にも、これ以上血を濃くすることはできないため、現王太子の兄弟で死んだことにされた王子や王女はいない。



 「確か……現王太子アーダルベルト以外の王族は神眼を持たず、貴族家と婚姻を結んでいたはずだ」


 「エドワード様。あまり知られていませんが、一人だけ未婚の王族がおります。リスターシャ第六王女。歳は14。しかし……情報はそれだけです」



 サモルタ王国は閉鎖的な国だ。情報を得ることはとても難しい。わたしは経済に広いパイプを持つカルディアのレミントン男爵家と、音楽家として有名なコーネリアのスペンサー子爵家から主に情報を得ている。わたしが起業したアイリス商会は新興なので、まだサモルタ王国との取引はできないのだ。


 サモルタ王国は芸術と文化の国だ。それ故、王宮に音楽家を招待することが多い。王族の情報はコーネリアから得ていた。しかし、件の王族と会えなければ情報は得られない。リスターシャ第六王女は、王宮で開かれる宴に姿を見せることはないそうだ。



 「人一倍サモルタ王国を警戒しているジュリアンナでも分からないとなると、第六王女は守り隠されているのか、それとも……冷遇されているのか。どう思う?」


 「さあ? 知りませんよ、エドワード様。憶測を語るよりも、実際に見た方が早いでしょう。……サモルタ王国は現在、王の力が弱まっています。入手した情報によると、ダムマイヤー伯爵とやらが大きな権力を持っているようです。そしてその娘が現王太子の寵姫だとも聞いています。そんな中で、神眼を持つ他国の侯爵令嬢をどうするのでしょうね?」



 感情のこもらない声で、わたしは淡々と語る。


 わたしを使者に指名したのは、サモルタ全体の意思ではないでしょう。2代続けて神眼を産んだ血を持つわたしの母胎としての機能が目的なのか。はたまた、他国に流失した神の血を殺すことか。対ディアギレフ帝国のために、わたしと婚姻することかもしれませんね。いくつもの思惑が交差し、わたしを絡め取ろうと蜘蛛の巣のように張り巡らせて待ち構えているはず。


 これは運命。神眼持ったわたしを、サモルタ王国が放って置くはずがない。いつかは向き合い、戦わなければいけないこと。



 「ジュリアンナ。お前は侯爵令嬢でもあるが、誰もが認めるローランズ第二王子の婚約者だ。サモルタ王国になど、絶対に渡したりしない。俺が必ずお前を守ろう」



 キュッとわたしに重なるエドワード様の手に力がこもる。エドワード様を見上げると、澄み渡る青の双眸が強い意志を持って輝いていた。



 ……どうして、そんなに自信満々なのよ。本当に……強い人。



 「わたしが守られるだけの女だとでも?」



 挑発的に言うと、エドワード様は怒ることもなく、腹黒そうにニヤリと笑う。



 「それでこそ、俺が愛するジュリアンナだ」


 「おっほん。……それで、使者はエドワード、ジュリアンナ、ヴィンセントは決まっている訳だが」



 何故か陛下が咳払いをした。しかし、それは大したことではない。わたしはすぐに頭を切り替えた。



 「責任者はサイラスにしましょう、陛下」


 「ちょっと待ってください、ルイス侯爵! 私ではまだ……」


 「いずれは私の後を継ぎ、宰相となるのです。今回のことは、よい経験になる」



 焦るサイラス様を、お父様が言葉でねじ伏せる。今回の外交が経験になることは分かる。それでも疑問が残るのだ。



 「父上。サイラスの実力に不安はない。でも少し、強引すぎない? 普通は、宰相や陛下の側近が責任者になるべきでしょ。何を考えている?」



 ヴィンセントは、不審な顔でお父様を見る。お父様は深く溜息を吐き、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。



 「……それが父親を見る目か、ヴィンセント」


 「はぁ? 姉さん以外に気を使うなんて論外だよ。それが実の父親であってもね」


 「そ、そうか。まあ、お前の疑問については陛下が説明して下さるだろう……」



 ヘタレ狸は、かなりのダメージを心に受けたようだ。思わず陛下に説明を丸投げするほどに。



 「よ、余か!? えっと……まあ、アレだ。要するにだな……」


 「要するに、早く世代交代を済ませたいのですよ」



 なかなか言わない陛下の代わりにライナスが答えた。陛下はバツが悪そうな顔をしている。



 「そうか。父上は、早ければ数年で退位したいということか。……まあ、妥当だな」


 「エドワード様、何故ですか?」


 「先の粛清は、父上が率先して行ったことになっている。まあ、自分が蒔いた種だということもあるが……主な理由は、次期王の第二王子の経歴を汚さないためだ。教会派の力を削いだとはいえ、王家に恨みを持つ貴族家は確かにある。それなのに粛清をした父上がずっと王だと、また妙な派閥が出来上がるかもしれない。何より、粛清の影が見える王は外聞も良くない」


 「もう少し経ってから話そうと思っていたのだがな。エドワードとジュリアンナが結婚し、後継ぎが生まれた後に退位するつもりだった」



 そうなれば、側近であるお父様が宰相の地位にいる必要もなくなるわね。お父様が忠誠を誓っているのはエドワード様ではなく、陛下だもの。



 「退位と言っても、表舞台に立たないだけで、わたくしたちは国政を影から支えるつもりです」



 ダリア正妃の言葉に少しだけ安心した。やはり、王太子妃になって時間が経たずに王妃になれば、精神的にも肉体的にも辛いだろう。



 「世代交代は徐々に行っていく予定ですよ。まずは、オルコット家とイングロット家からですね」


 「サイラス。此度の外交は、良い経験になるだろう。それが終われば、イングロット公爵位はお前に継いでもらう」



 ライナスの言葉にイングロット公爵が続いた。何も説明は受けていなかったのか、サイラス様は胃を抑えながら驚いている。



 「テオドール。貴方も他人事ではありませんからね。元帥で英雄視されている父上からオルコット公爵位を継ぐのには時間がかかります。ですが、必ず数年の内に私へと継承します。そうすれば、貴方が次期オルコット公爵になります。……私の言いたいことが分かりますか?」


 「げっ……」



 ヘラヘラと笑っていたテオドールが、一気に青ざめる。しかしライナスは容赦なく追撃の言葉を放つ。



 「サモルタ王国へは、テオドールにも行ってもらいます。護衛は必要でしょうし、テオドールもサモルタ王家の血を引いています。それにエドワード殿下の側近であるキールと合わせれば、最悪の事態にも迅速に対応出来ますし」


 「い、嫌だ……行きたくない」


 「あら。回避できない面倒事は最短手段で片づけるのでしょう、テオドール。期待しているわ」


 「うぐっ……」



 意地悪く言うと、テオドールはテーブルに顔を伏せる。行儀が悪い。



 「ジュリアンナ以外にも女性をつけたいな」


 「陛下。シェリー様ではいけないのですか?」



 サイラス様の妻であるシェリーお姉様は最適だと思う。もしものことを考えて、第二王子と元王女を一緒に向かわせるのは良くないとすのならば、使者にするべきではないと思うけれど。



 「……シェリーは、安静にしていなければならない時期なので」


 「それは……おめでとうございます、サイラス様。シェリーお姉様の体調が安定したら、何か贈り物をさせて下さい」


 「あ、ありがとうござます。ジュリアンナ嬢」



 シェリーお姉様が懐妊したということね。まだ不安定な時期でしょうし、それならば使者になることは避けた方がいいわ。でも、使者にわたし以外の女性が必要というのも事実。そうなると、適任はあの子ね。



 「……恐れながら、陛下。推薦したい者がおります。リリアンヌ・オルコット。未成人ですが、サモルタ王家の血を引き、役職にも就いております。少々扱いが難しいですが、年頃の娘が引っかかりそうな罠には、絶対にかからないとお約束しましょう」



 リリアンヌは筋金入りの面倒くさがり屋だ。結婚したら確実に苦労することになるであろうサモルタ貴族など眼中にも入らないだろう。それにわたしが淑女の心得を叩きこんだ。普段はダメダメでも、リリアンヌは面倒事を回避するためだったら、それを活用できる。



 「私は、リリーの世話はしないからね!」


 「貴方はリリーの実兄でしょう、テオドール」


 「誰もお前に期待していない」



 テオドールにわたしとヴィンセントは頭を抱えた。いつものことだが、リリーの世話はわたしとヴィンセントでしなければならないだろう。



 ……でも、リリーを連れて行く価値はあるわ。



 「あの子にも良い経験になるでしょう。私からもお願いします、陛下」


 「分かった、ライナス。サモルタ王国へ向かうのは、エドワード、ジュリアンナ、サイラス、キール、ヴィンセント、テオドール、リリアンヌとする」


 「アンナは決して無理をしないように。ヴィンセント、アンナを頼んだ」


 「言われなくても分かっているよ、父上」



 ……ちょっと、お父様。わたしはそんなに頼りない?



 思わず睨みつけるようにお父様を見てしまう。お父様は、さっとわたしから視線を逸らした。それを見てライナスが苦笑する。



 「軍も、もしもの事態に備えておきます」


 「儂とライナスがいれば、心配はいらん」



 御爺様の言葉はやはり安心感がある。



 「国政もジェラルドと私がいれば問題は起きません。……サイラス、頑張りなさい」


 「……分かっています」



 イングロット公爵とサイラス様は胃を抑えながら頷き合う。さすが親子。



 「陛下」



 ダリア正妃の凛とした声で、視線は陛下へと集まる。陛下は全員の顔をゆっくりと見渡す。その顔は、何ものにも平伏しない、毅然とした王そのもの。



 「サモルタ王国の使者として会談へ赴くことを命じる。あちらの思惑に乗せられるな。すべてを見極めた上で、ローランズ王国に最良の結果をもたらせ。お前たちは未来を担う宝だ。余は其方たちに不安など感じておらん。存分に力を示してくるがよい」


 「「「謹んで、承ります」」」



 



活動報告に一万pt突破記念SSがあります。

お暇な時にどうぞ。

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