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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
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61話 王会議③

 王宮に仕官もしていない、一介の侯爵令嬢を会談の使者に指名するなど考えられないことだ。元サモルタ王国の王女である、わたしの祖母ジュリエットの血縁が良いと言うのならば、息子である御爺様や、その直系であるライナスやテオドールを指名するのが先だろう。だがおそらくサモルタ王国にとっては、ジュリエット王女の嫁いだオルコット公爵家が重要なのではなく、『神眼を持ったサモルタ王家の血を引く娘』を求めているのだ。



 ……こんなの、ただの紫色の瞳でしょうに。



 忌々しさを胸の内に隠しながら、わたしはルイス侯爵令嬢としての返答をする。



 「そうですか。政治が絡んだ外交をしたことはありませんが、陛下のご命令というのならば喜んで使者となりましょう」


 「そうしてもらえると助かる。ディアギレフ帝国の動きが怪しい中、サモルタ王国までもがローランズの敵になれば、挟まれることになる。それは避けねばならない。もちろん、ジュリアンナ以外にも使者を付ける。外交面は其方らに任せよ」


 「分かりました。そうなりますと、わたしの仕事は……神眼を持つ姫として人々を魅了し、ローランズ王国に味方する風潮になるように誘導せよ、ということですね」



 ……なかなか、骨がいりますね。



 「だが、あちらはジュリアンナを奪う気だろう。……父上、俺も使者として同行します。婚約者を守るのは当然の義務ですし、王太子の儀を控えた第二王子が会談に赴くことは、サモルタ王国側への誠意となりましょう」


 「……ぷっ。誠意……そんなの鬼畜魔王が持っている訳ないじゃないか。そんなガラクタは放り捨てておけばいい。姉さんのことは、弟の僕が守るよ」


 「まぁ! カッコいいわよ、ヴィー!」


 「……お前も付いて来るのか、ヴィンセント」


 「当たり前じゃないか!」



 私がヴィンセントに目を輝かせると、エドワード様が不機嫌な声を出す。先程からかわれたことに対して意趣返しができたと思ったのか、ヴィンセントがちょっと悪い顔になっている。でも、そんなところもカッコよくて可愛い。



 わたしの弟は本当に愛おしいわ!



 「他の同行者はいかがなさいますか、陛下」


 

 サイラス様がエドワード様の機嫌が余計悪くなるのを抑えるため、控えめに陛下へ問いかける。

 


 「グラディスかジェラルドはどうか」


 「申し訳ありません、陛下。私は主に国内を任されているため、適任ではないと思われます。サモルタ王国の知識や情報も不足しております」



 イングロット公爵はそう言うと、お父様へと視線を向けた。お父様は何か考え事をしているようだ。



 「……陛下。私も今回は適任ではないでしょう」


 「宰相であるジェラルドもだめなのか?」


 「私ならば、必ずやローランズ王国にとって利になる結果を引き出せましょう。……ですが、それでは得られるものは少ない。合格点は超えましょうが、最上の結果ではありません。次代を育てるべきかと。このパルフィナ大陸は、そう遠くない内に……いえ、情勢はもう動き出しております」


 「……ふむ。ジュリアンナ。情報共有のためにも、其方知っているサモルタ王国の情報を教えてはくれまいか」



 まあ、一番サモルタ王国の情報を持っているのは、わたしですものね。



 やはり目立った動きを見せないサモルタ王国よりも、侵略国であるディアギレフ帝国の方に情報収集の比重が傾くのは必然だ。わたしが王都教会に潜入する前後にヴィンセントが長期任務に出かけていたが、それもディアギレフ帝国への潜入だろう。まったく情報収集をしていないということはないだろうが、本腰を入れなければサモルタ王国の情報を得ることは難しい。あの国は、祖母のジュリエット王女以外を自国からだしたことがないし、他国との交流も消極的だ。



 「喜んで」


 「代わりに何か便宜を図ろう」



 たとえ陛下の命とあっても、情報には価値が生じる。ここにいる国の重要人物たちに告げるのだから、尚更、タダでとはいかない。権力を振りかざして、対価も与えずに情報を搾取するようなことがあれば、やがて真に価値のある情報を得られなくなる。最悪、嘘の情報に踊らされることも。



 さて……角が立たない程度に何を要求しましょうか。



 ちらりと御爺様の方へと視線を向ける。陛下を相手にしている手前、反対することが出来ない御爺様は、酷くわたしを心配しているようだった。そしてライナスとお父様もまた、表情には出さないがわたしを心配してくれているだろう。



 「わたし付きの侍女は、王宮の者ではなくルイス侯爵家から連れて来ても良いでしょうか?」


 「それだけで良いのか?」



 他国への外交となると、王家の信がある侍女を同行させるのが一般的だ。貴族家の侍女を連れて行けば、自分の主のために有益な情報を得ようと素人まがいの諜報活動をされてしまうかもしれないし、逆に買収されて諜報員になってしまうかもしれない。貴族家の侍女は平民が多いため、そういった誘惑に弱い。その点、マリーならば大丈夫だ。マリーはわたしに忠誠を誓っているし、世間一般に誘惑として使われるものに興味はない。



 ……お金ならば、暗殺者時代に貯めたものとルイス家で渡された給料があるものね。並みの富豪など相手にならないわ。ハニートラップも心配なし。マリーは基本的にこちらが心配するほど枯れているし、好きな男性のタイプも、わたしに利益をもたらす人だもの。脅されることは……論外ね。生まれてきたことを後悔させるほどの報復をしそうだわ。



 「十分でございます。わたしの侍女は、王宮侍女に劣る事のない一流の者です。彼女は、わたしを第一に考えます。そして、誰よりも強い……わたしはそう信じております。彼女がサモルタ王国に一緒に付いて来るというのならば、わたしも安心です。わたしがローランズ王国にいない間に、御爺様たちの気がそぞろになるということもないでしょう」


 「……くくっ。見抜かれておるぞ」


 

 陛下が御爺様たちに視線を向けると、一斉に顔を反らした。わたしもなんだか、こそばゆい気持ちになってしまう。



 ……わたしは、ちゃんと愛されているわね。



 幼い頃のように、勘違いなどはしない。わたしは愛されている。大切にされている。そして、わたしも家族を愛しているし、大切に思っている。



 ……わたしは、1人ではない。だから大丈夫。ちゃんと、戦えるわ。



 不意に右手が温かさに包まれる。膝の上に置いていた右手を見れば、エドワードの手が重ねられていた。エドワード様はこちらを見ない。けれど、傍にいると言われているようで、ジンッと胸が熱くなる。


 そっと左手をエドワード様の手に重ねる。一瞬だけ手がビクリと跳ねたが、相変らず皆に見える表情は当たり障りのないものだ。少し可笑しく思いながらも、わたしは顔に出さない。軽く深呼吸をして、語り始める。



 「では、わたしが知っているサモルタ王国の情報をお教えいたします。一言でいいますと……あの国、頭がおかしいのですわ」




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