60話 王会議②
陛下とダリア正妃、それに側近のお父様とイングロット公爵、そしてオルコット公爵の御爺様とローランズ軍将軍で従兄妹のライナスが、それぞれ慣れたように着席する。
国の重鎮――というよりも、王家の三柱が揃い踏みだ。身内が多いとはいえ、わたしの心は非常に荒れていた。テーブルの下でエドワード様の足を踏みつけにする欲求を抑えながら、内心で罵る。
……この、腹黒王子! わたしに王会議の内容を話さなかったのはワザとね! 大方、驚いたわたしの反応でも見ようとしたんでしょうね。お生憎様。誰が貴方の望む反応をしてやるものですか……!
「突然呼び出してすまなかったな、ジュリアンナ」
「謝らないでください。わたしは、ローランズの貴族です。陛下のご命令とあれば、どこにでも駆けつけましょう」
優雅な動作で立ち上がり、陛下とダリア正妃に手早く淑女の礼をした。
「そんなに畏まらなくともよい。王会議は、非公式なもの。王と国を支える最も信用できる家臣たちが、意見交換や国の方針を語る場だ。ここでは、貴族としての振る舞いは抑え、普段の自分を出してほしい。それが、結束に繋がる」
「つまり、俺を罵っていいということだぞ。ジュリアンナ」
愉快そうな顔をしながら、エドワード様が陛下の言葉に続いた。わたしはそれを受け流し、ニッコリと笑う。
「……まあ! わたしは、そんなこといたしません。エドワード様」
「では、二人きりになった時の楽しみにしておこう」
「そうですね。エドワード様のお仕事がすべて片付いてからになると思いますが、楽しみにしています」
……そう。山のような仕事を、すべて片づけてから出直してきなさいよ!
私の内心の言葉を察したのか、エドワード様の頬が一瞬だけ引きつった。どうやら、わたしの予想以上にエドワード様の仕事は溜まっているらしい。……わたしも人のことは言えないが。
「二人が仲睦まじくて良かった。我も安心だ」
「そうですね、陛下」
「甘い雰囲気は皆無ですよ。陛下、妃殿下」
ホッとした様子の陛下と、凛とした顔で頷くダリア正妃。しかしそれをライナスが否定した。
「そ、そうは見えんが……」
「アンナの演技力を甘く見てはダメです、陛下。この子は、男装してオルコット軍の訓練に混じれるほどのお転婆です」
「おい、ライナス。そんなこと、儂は一言も聞いておらんぞ!」
ライナスの衝撃的な発言に、御爺様は驚愕を露わにする。
まあ、孫娘のように可愛がっている姪御が、自領の軍に混じっていたとなればね。ちなみにお父様は無反応。おそらく、わたしがエリックとしてオルコット軍で活動していたのは、知っていたのだと思う。さすがは、情報を担うルイス家の当主。
「父上が目にかけて訓練を施していた、平民出身のエリックという少年がいたでしょう。それが、アンナです」
「なぬ!? あの少年はライナスの部下の息子ではなかったのか。……儂、訓練でボッコボッコにしてしまったぞ!」
「ええ。殴って、怒鳴りつけて、切り付けて、叩きつけて……おかげで、アンナはローランズ軍に入れるほどの力を得ることが出来ました」
「そんな……儂が可愛い姪御を……」
「あの剣技と身のこなしはそういうことだったのか。さすがはオルコット公爵。貴族令嬢に、俺や騎士たちと共に戦えるほどの技量を身に着けさせるなど、そうそう出来ることではない」
エドワード様が褒め称えるが、御爺様は白目を向いているため聞こえていない。
……御爺様がポックリ死んでしまうわよ、ライナス! それになんてことを暴露してくれているのよ!
「ライナス! それは秘密だったでしょう!? わたしはエリックを演じさせてもらう代わりに、オルコット軍の内部事情を調査するという対価を払っていたのに」
「そうだね、アンナ。でも、王都教会潜入の話を詳しく殿下から聞いて思ったのだが、やりすぎだ。どう考えても、ルイス侯爵令嬢が行う域を超えている。……演技するのを楽しんでいたんだろう?」
「そ、そんな訳……あるけど」
……演技に狂っているのは自覚しているわ。でも、わたしが頑張らねば、復讐が遂げられなかったのもまた事実だわ。
「なんて演技狂いなんだ……。殿下の婚約者になったのだから、危険には極力近づかないこと。そうは言っても、私が把握していない役も演じているのだろうが……」
「おほほ……」
ライナスから視線を外し、笑ってごまかす。すると、なんともいえない空気が部屋に流れる。
「その……ジュリアンナは、随分と……エリザベスとは違う、のだな」
「そっくりではないですか、陛下。苛烈な内面を愛らしい容姿で隠す……アンナを見ていると、エリザベスの娘だと酷く実感します」
「何を言うんだ、ジェラルド。エリザベスは、御淑やかな性格だろう!?」
「エリザベスは陛下に対して、何重にも猫を被っていましたから」
助けを求めるように陛下は、エリザベスお母様を知る者たちへ視線を向けた。しかしライナスとイングロット公爵は困ったように頷くだけ。ダリア正妃など、「それがエリザベス様の素晴らしいところでした」と褒め称えている。陛下に同意するものは居なかった。
「そんな……」
「それだけ陛下が母にとって、大切な主君だったということです。落ち込まないでくださいませ」
私の拙いフォローのおかげか、陛下は少しだけ回復したようだ。
「……き、気を取り直して、本題に入ろう。ジュリアンナ。其方を王会議に招いたのは、エドワードの婚約者だからというだけではない。本来ならば、婚姻後に加わってもらう予定だった。しかし、事情が変わった」
「事情、ですか……?」
「其方の祖母の祖国であるサモルタ王国から会談の打診があった。表向きは貿易の協議。だが、会談の真の目的は、近頃活発に動いているディアギレフ帝国への牽制を含めた軍事協定だ。ここからが其方に関係のあることだが……サモルタ王国は、会談の使者にジュリアンナを指名している」