59話 王会議①
王宮に着いてから案内されたのは、貴族に開放されている社交場でも、文官たちが使用する会議室でもなかった。王族の居住する離宮。しかも、陛下とダリア正妃が住んでいる、王宮の中でも最も厳しい警備が敷かれているはずの場所だった。
近衛兵が敬礼するのを横目に、わたしとエドワード様、そして王宮に来てから合流したキール様と一緒に離宮の奥へと進む。
……陛下とダリア正妃が住まう離宮を訪れることになるなんて、思いもしなかったわ。王会議……いったい、どんな会議なのかしら?
ルイス侯爵令嬢であるわたしですら、王会議など聞いたこともない。十中八九、機密性の高い会議なのだろう。
「なんだ。緊張しているのか、ジュリアンナ」
「するに決まっています、エドワード様」
「そんな緊張することもねーと思うけどなー」
「もう! キール様まで」
緊張しているわたしを、からかうエドワード様とキール様。
……キール様も王会議を知っているのね。まあ、エドワード様の側近で、第三近衛師団長という地位に居て陛下の信頼も厚いものね。
「着いた。ここだ、ジュリアンナ」
エドワード様がそう言うと、キール様が重厚な扉をゆっくりと開ける。ギィィという音と共に視界が開ける。その部屋に居たのは、わたしのよく知る人物だった。
「姉さん!」
「やあ、アンナ」
「ヴィー! テオ!」
部屋に居たのは、わたしの弟で特務師団副団長のヴィンセントと、歳の離れた従兄妹であるライナスの長男で軍の参謀本部所属のテオドール・オルコットだった。とても驚いたが、同時に親しい二人がいたことに安堵した。
年老いた侍女――おそらく、先代王宮侍女長である――に案内され、わたしは席に座る。第二王子の婚約者だからか、ヴィンセントとテオドールとは離れた場所で、隣にはエドワード様が座った。
「アンナも招かれたんだねー」
軽い調子で答えるテオドールに、わたしは深く溜息を吐く。
「……エドワード様の前です。少しは、その適当な態度をどうにかしなさい」
「えー。面倒だよ」
「いつも思うのですけど、わたしより年上に思えませんね」
「あっはは。私もそう思うよ。本当、なんで長男に生まれて来たんだろう? 面倒で仕方ないよ」
「姉さん。テオとリリーがどうしようもないのは今更だ」
「……不安だわ」
ライナスがオルコット公爵になってから見えてくる話だが、テオドールもいずれは当主となる立場だ。それなのに、この面倒くさがりっぷり。将来が不安になる。そもそも、前線で戦う軍人ばかりのオルコット家の中でテオドールだけが参謀本部所属なのは、戦うために厳しい訓練をするよりも、頭を使って策を考えて命令する方が楽だと思ったからだ。……参謀本部所属の他の方たちには申し訳ない。
「失礼な。リリーは意地汚い面倒くさがりだけど、私は回避できない面倒事は最短手段で片づけるよ?」
被害を受けているわたしとヴィンセントからすれば、リリアンヌもテオドールも同族である。
「……その最短方法が、僕に記録局副局長になったリリーの御守りを押し付けたことなのか」
「その通りだよ、ヴィー!」
「お前たちはどうして、そんなにどうしようもないんだ!」
怒るヴィンセントを、ケラケラと笑いながら躱すテオドール。呆れた目でそれを見ていると、隣にいたエドワード様が興味深そうな顔をしながら話しかけてきた。
「ジュリアンナ。お前とテオドールは随分と仲がいいんだな」
「幼い頃は、オルコット家に預けられることも多々ありましたし。まあ、兄妹のようなものです」
「おかげで、爺様と父がアンナと私を結婚させようと画策していたよね。最終的には殿下が堂々と掻っ攫って行ったけど。私は残念だったよ」
「ほう……それは妬ける話だな」
エドワード様は隣に座るわたしの手を取り、自分の頬に押し当てた。それを見て、ヴィンセントが椅子から立ち上がり声を張り上げる。
「姉さんから離れろ! 鬼畜魔王!」
「何故? ジュリアンナは俺の婚約者なのに」
……完全にヴィーで遊んでいるわね、エドワード様。
わたしは年頃の令嬢らしく頬を朱に染めることもない。ただただ、呆れるだけだ。
「ヴィーで遊ばないでくださいまし。それとテオ。エドワード様を勘違いさせるようなことを言わないでちょうだい。貴方が私との結婚に乗り気だったのは、わたしに面倒事を投げるつもりだったからでしょう」
「うん、もちろんだよ! アンナだったら、気を使う必要もないからね」
「堂々ということではないでしょう……」
毒気を抜かれた私は、エドワード様の手を振り払う。本当は今すぐにでもだらけたかったが、ここは王宮。今目の前には身内ばかりとはいえ、醜態は晒せない。わたしは、ルイス侯爵家令嬢なのだから。
……それにしても、ヴィーとテオのくだけた態度。王会議に招かれたのは、今回が初めてという訳ではなさそうね。
色々と思考を巡らせていると、エドワード様の側近執務官であるサイラス様が入室した。エドワード様に手短に連絡事項を話すと、サイラス様はわたしに視線を寄越す。その視線には、日頃噂されている冷徹執務官の影は無く、ただひたすらわたしを心配するものだった。
「大変申し訳ありませんでした、ジュリアンナ嬢。エドワード様が突然押しかけて、さぞご迷惑だったでしょう。これはいい訳になってしまいますが、私共は必死に御止したのです。しかし力及ばず、先触れを出すはずだった使者から仕事を奪い取り、勝手に向かって行ってしまったのです」
正直に言うと、サイラス様に会ったら一言文句をいってやろうと思っていた。しかし、こんなに可哀相な姿を見ると、それも言えなくなる。わたしはエドワード様のような鬼畜ではない。
……問題児が主だと大変ね。
「……いつもお疲れ様です、サイラス様」
今日は屋敷に帰って、シェリーお姉様に癒してもらえるとよいですね。と心の中で付け足しておいた。
「ありがとうございます。……それと、もうすぐ陛下並びに、王会議に出席する方々が参られます」
「承知しました」
わたしが返事をすると、ちょうど侍女が陛下たちの到着を告げた。そして陛下を先頭に、次々と王会議の出席者が入室する。わたしは表情筋を総動員して、穏やかに微笑む演技をした。
こ ん な 豪 華 メ ン バ ー だ な ん て 、 一 言 も 聞 い て な い わ よ !