57話 とある王子の決意
――サモルタ王国
芸術と文化が発達した古い歴史を持つ国家である。侵略国で有名なディアギレフ帝国と国境は隣接しているが、北に位置する険しい山脈が自然の要塞となり侵略から免れた。西に国境を隣接しているローランズ王国は十分に豊かであり、サモルタ王国へと領土を広げることはなかった。おかげで過去300年ほどサモルタ王国は戦争が起きていない。
これらは大自然とローランズ王国の性格が大きい。だがサモルタ王国では、戦争が起きないのは神である王族のおかげだとされている。随分と無茶な理論だろう。
しかし、それが肯定されてしまうのがサモルタという国だった。
サモルタ王国宮殿。芸術と文化の国らしく、贅を凝らした建造物だった。それは庭園も一緒で、近隣国の珍しくも美しい花々が咲き誇り、サモルタ王国の有名な彫刻家が彫った始祖王の噴水が置かれた豪奢なものだった。
そんな庭園に1人の少年がいた。歳の頃は成人前だというのに、髪は見事に真っ白な白髪の長い髪だった。それを少年は無造作に一纏めにしている。少年の来ている服は王宮の下級騎士が着る制服だ。ちぐはぐな外見だが、人を引き付ける魅力があった。
少年は溜息を吐きながら噴水の縁に座り、胡乱な目で庭園を城を、この国の未来を見つめていた。そしてしばらくすると、少年に近衛騎士の青年が近づく。
「殿下。始祖王の噴水に腰掛けるなどという、目立つ行動は控えて下さい」
「なあ、コンラート。この庭園の維持だけでどれほどの金が必要だと思う?」
近衛騎士――コンラートの苦言を無視し、殿下と呼ばれた少年は問いかけた。コンラートは呆れながらも、少年へと返答する。
「私は騎士故、細かな予算などは測りかねます。しかし少なくとも噴水の水を、時間を決めて止めるなどして節水することで、多くの民が今の生活よりも楽が出来ると思います」
「そうだよな。見栄ばっかりでは国は豊かにならないというのに」
「殿下がこの国を治めれば、一気に解決出来ますよ」
「それを望んでいないことは知っているだろう、コンラート。僕が望むのはシアの幸せだけだよ」
「……何度も断られましたからね。殿下のお気持ちは分かっています。それでも私は、貴方こそが王の器だと思っています」
「中途半端なのに? 王になるべきは僕じゃない。シアだ」
コンラートは酷く残念そうな顔で深く溜息を吐いた。それと同時に、少年を縛り付けている少女に、仕方のないことだと分かっていても苛立ちが募った。
「それで、殿下の大切な姫君はどうしたのですか?」
棘の含む言い方に少年は苦笑する。
「シアなら泣き疲れて、今はぐっすり眠っている。随分とアーダルベルトに虐められたみたいだから」
「アーダルベルト王太子が……」
「どうやらローランズ王国に流れた神眼の姫を同盟締結のための話し合いと称して、この国に招待するようだ。自分が一番じゃないと済まない坊ちゃんは、それが気に入らなくて抗議した。でも今回はダムマイヤー伯爵主導の計画だったようで、さすがにアーダルベルトの意見は通らなかった。それで、シアに八つ当たりって訳だ」
「ダムマイヤー伯爵は一体何を考えているのでしょう?」
「さあ? 碌でもないことは確かだけど」
「こちらでも調べてみます。ところで、ローランズ王国の神眼の姫というと……ジュリエット王女殿下のお孫様でしたでしょうか?」
「そうだよ。折角、神眼を持たずに生まれ、王族を他国に流失しないこの国の唯一の例外としてローランズ王国の公爵家に嫁いだ幸運の王女だというのに、自分の末娘と孫にまさか神眼が遺伝するなんて思いもしなかっただろうね。サモルタ王国の王族という血の檻からは逃れられないってことなのかもしれない」
どこか他人事のように、サモルタ王国の王族である少年は呟く。
「神眼持ちが生まれにくくなっている今、ローランズ王国の神眼の姫は、是が非でも手に入れたいでしょうね」
「それは無理だと思うが。その姫――ジュリアンナは、ローランズの次期王太子エドワードと婚約したようだし」
「それは……我が国も他人事ではいれませんね。神眼持ちは、この国にとって特別なものですから」
「神の証だっけ? ああ、下らない」
少年は顔を顰めた。その様子から本気で神眼を嫌悪しているのがコンラートに伝わる。
「殿下、そろそろ……」
コンラートは懐中時計を取り出し、少年を急がせる。この後は大事な非公式会議が行われる予定だ。それに少年をいつまでも目立つ場所に居させられないという事情もある。
「分かった、コンラート」
少年は渋々立ち上がり、最後に噴水を覗いた。水面には、赤と紫のそれぞれ異なる虹彩を持つ瞳が映る。
「さて、願わくばローランズ王国の心眼の姫が、僕たちにとって利用しやすい女だといいんだけど」
少年が願うのは、愛する少女の幸せだけ――――
お待たせしました。第二部開始です。
更新速度は上げていきたい……。