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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
61/150

閑話4 オルコットのものぐさ姫

 ヴィンセント視点です

 僕の名はヴィンセント・ルイス。アンナ姉さんの弟である。

 今の時刻は朝8時。

 現在、姉さんにあることを頼まれた僕は、オルコット公爵家に来ていた。


 オルコット公爵家と僕は血の繋がりはないが、幼い頃は父さんに放置されることが多かったので、姉さんと一緒によく預けられていた。

 僕は姉さんの弟だが、オルコット家の兄弟は姉さんの1つ上のテオドール以外は、僕よりも年下なので、よく面倒を見てやっていた。

 そのため、屋敷に来たときは身内枠として姉さんと僕は扱われることになるのだ。


 顔見知りの侍女に屋敷を案内されていると、広大な庭の方から剣を撃ち合う音と暑苦しい声が聞こえる。



 「てぇぃやぁぁあああああああ」


 「どりゃぁぁあああああ」


 「ふんぬぅぅうううううう」


 「がっははは! まだまだじゃなぁ」



 ……テオドールはありえないし、三つ子と爺様か。朝っぱらからよくやる。



 オルコットの公爵家は武門の一族。

 幾度も帝国と戦争をしてきたローランズの中で、いつも最前線に立ち戦った軍人の家系だ。

 それが理由なのか知らないが、突出した戦闘能力を持った男子が生まれやすい。

 逆に女子はとことん生まれにくい。

 だが女子は、優秀な文官としての才を持ち生まれてくるとオルコット家では言い伝えられている。


 実際に約100年ぶりに生まれた女子であったエリザベス母さんは暗号関連に対して飛び貫けた才を持っていた。

 僕もそれなりに暗号関連の才能はあるが、解読が精々なところ。

 暗号の創作なんて、エリザベス母さんの足元にも及ばない。

 現在もエリザベス母さんの生み出した暗号の数々はローランズで使われており、亡くなった後もエリザベス母さんはこの国を守っている。



 今日の僕は、そのオルコットの姫――リリアンナことリリーを姉さんに頼まれて迎えに来たのだ。

 リリーの部屋の前に着くと、大き目の音が鳴るようにノックをした。

 リリーの歳は15歳。

 年頃の娘の部屋に男が訪れるのは外聞が良くないが、この家でそれを咎める者はいない。


 ノックをしても反応がないので、僕は躊躇することなく扉を開く。

 部屋の中では厚手の夜着を来て寝癖で髪がボサボサのリリーが、窓の前に立って何か喚き散らしていた。



 「煩いのよ、三つ子に御爺様! 今、何時だと思っているの!? 折角、こんなに綺麗に晴れているのに、煩くて二度寝が出来ないじゃないの!!」



 ベッドの上に散乱している大量の本とお菓子から察するに、リリーは今日も怠惰に過ごそうとしていたらしい。

 それを三つ子と爺様が行っていた朝の鍛錬で邪魔されたことに憤っているのだ。



 これが公爵家の姫だなんて、この国は大丈夫?

 少しは淑女の鏡たる姉さんを見習った方がいいよ、リリー。




 「……リリー、もう八時だぞ」



 窓の向こうから呆れた爺様の声がした。



 「まだ、早朝じゃない! 今日はお昼まで惰眠を貪って、その後はお菓子をつまみながら本を読んで一日中ベッドの中で過ごして、元気に引き籠る予定だったのに!」



 ……本当にどうしようもない!



 「「「リリー姉上、それは人としてどうかと……」」」


 「煩い、三つ子! 鍛錬するなら、わたくしの目の届かないところでやって! じゃ、もう寝るからオヤスミ!!」


 「これ、リリー。今日は――」



 爺様の言葉が言い終わる前に、リリーは窓を勢いよく閉めた。



 「一日中、怠惰に生活する仕事がしたいわ~」


 「そんな、ふざけた仕事はないよ。リリー」



 至極真面目な様子で馬鹿なことを言ったリリーに、僕は背後から声をかけた。

 リリーは僕の入室に気づいていなかったらしく、一瞬だけ驚いた様子を見せたかと思うと、直ぐにキラキラと輝く笑顔を見せた。



 「ヴィー兄様、来ていたの? お土産にお菓子持ってきた?」


 「……お前は本当にどうしようもないね」


 「やだ、ヴィー兄様! そんな褒めても何も出ないんだから!」


 「どこに褒める要素があった……?」



 コイツの思考回路はいつだって解読不可能だ。



 「どうしようもないってことは、期待されないってことでしょ? いくら怠惰に過ごしていたって怒られないじゃない! 素晴らしいことだわ!」


 「……馬鹿すぎる」



 頭を抱える僕を無視して、リリーはベッドに戻りお菓子を食べ始めた。

 自由人すぎる……。



 「アンナお姉様は? やっぱり今日も会えない?」


 「……姉さんは色々と忙しいから」


 「エドワード殿下とアンナ姉様の結婚式と、その後の王太子と王太子妃の承認式があるもんねー」


 「……リリーは姉さんが嫌いなのか!」



 自分が今一番聞きたくない人物の名前に、思わず過剰反応してしまった。……まあ、悪いとも思っていないけど。



 「わたくしがどれほどアンナ姉様が好きだと思っているの! アンナ姉様はすごいのよ。いつも社交界でわたくしを守りつつ派閥も指揮ってくれるし、わたくし好みの本を送ってくれるし……。わたくしのことを一番理解しているから、ルイス家へ泊りに行くと、いつも夜遅くまでホットチョコレートを飲みながらダラダラさせてくれるわ! 結婚したら身内としての繋がりが薄くなってしまうけれど……アンナ姉様は何だかんだでハイスペックだから、王太子妃になってもきっとわたくしを甘やかしてくれていると信じているわ! 大好きよ、アンナ姉様!」



 グッと拳を握りながら熱く語るリリーに対抗するように僕も姉さんへの思いをぶちまける。



 「淑女として振る舞いながらも敵に容赦ないところも、身内にはどうしようもなく甘々な所も、家をこっそり抜け出して使用人たちに怒られるところも全部大好きだ! 姉さんに悪い所なんて一つもない。ああ、姉さん以上の人間なんていない。この世界で僕が一番姉さんを愛しているよ! だから結婚は反対だ!あんな鬼畜魔王に姉さんを渡せるか!」


 「「……ハァハァ。相変わらずシスコンだね(ね)」」



 シスコン? 馬鹿を言え。

 僕の姉さんへの愛がそんな低俗なものな訳がないだろう?


 リリーを見ると、ぷうっと頬を膨らませながらシーツにミノムシのように包まった。



 「もう、ヴィー兄様なんて知らない! 部屋から出て行って!」


 「誤魔化すのはいけないね、リリー」



 シーツを剥ぎ取り、リリーをミノムシ状態から解除させた。

 リリーは不服だという表情を隠そうとしない。

 僕は溜息を吐きつつ、本来の目的を果たすためにリリーに詰め寄った。



 「今日は記録局副局長の就任式があるんだ。主役のリリーが出席しない訳にはいかない。城に行くよ」


 「うぐぅあああああ、急に腹痛がぁぁああああ。ごめんなさい、ヴィー兄様。今日は行けそうにないわ……ひっひふー」



 本当にどうしようもない!

 僕が姉さんに頼まれて来なかったら、絶対に城へ行かなかっただろう!



 「あれだけ怒鳴り散らしていたのに、今更、仮病が通用すると思っていたんだ?」


 「ヴィー兄様、好き! だからリリーのお願い聞いて欲しいな」


 「奇遇だね。僕もリリーが好きだ。でも一番大好きな姉さんの頼みだ。そっちを優先するに決まっているだろう?」



 どう足掻いても城へ連れて行くことを察したのか、リリーは顔を俯かせて暫くの間押し黙った。


 漸く顔を上げたかと思うと、子供のようにベッドの上で暴れはじめた。



 「嫌よ、嫌よ、嫌よ、行きたくないわ! 大体なんでわたくしが副局長なの!? 記録局は王権にも屈せずにローランズの歴史を残す、中立的な部署よ。次期王太子妃と実の姉妹のように仲の良い親戚の公爵令嬢がなるような役職じゃないでしょ!」


 「仕方ないと思うけど。リリー以上の適任者はいないし、前局長が鬼畜魔王に屈して姉さんに迷惑をかけた罪滅ぼしなんだから」



 前局長は、鬼畜魔王から渡された姉さん直筆のバースデーカードを筆跡鑑定し、その結果、国の政治や姉さんの人生に大きく介入してしまったのだ。

 どうかんがえても鬼畜魔王が悪いが、前局長はリリーを副局長に指名することで姉さんにある程度配慮するかたちを取り、高齢のため退職していった。

 現局長は前副局長で、繰り上がる形で就任している。



 「わたくしほど中立部署の役職に就くのに相応しくない人間はいないわ。 王権に屈しちゃうわよ! だって面倒くさいから!」


 「……リリー、怠惰に過ごすなと陛下に命令されたらどうする?」


 「断固として戦うわ。わたくしの自由と堕落を邪魔する者は、たとえ王だとしても許さない!」



 凛とした顔で言い切る、リリー。


 僕はコイツの今後が心配だ……! どうしようもなさすぎる!



 「副局長……ある意味、向いているよ。リリー」



 再度、溜息を吐く。

 これでも、このどうしよもない妹は、この国に無くてはならない存在。

 だから僕の方が身を引くなんてことはありえない。

 僕は長期に渡る攻防戦を覚悟した。



 「リリー、城に行くよ」


 「ええー。嫌よ、面倒くさい~」



 結局、リリーとの押し問答が終わり、城へ行く準備が開始されたのは一時間後。

 そしてリリーを城へ送り届けた後、鬼畜魔王の配下であるサイラスにチクチクと嫌味を言って鬱憤を晴らした。



 ……ああ、本当に面倒くさかった!


明後日な方向を向いたシスコンコンビでした。



さて、ここで重要なお知らせです。

此の度、今作『侯爵令嬢は手駒を演じる』が、第二回ライト文芸新人賞AR部門優秀賞を受賞しました!


という訳で、書籍化します。

詳しいことは活動報告をご覧ください。


いつも読んでくれる皆様のおかげです。

ありがとうございます。

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