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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
60/150

閑話3 残すもの、託す人

 一人では広すぎるベッドの上を埋め尽くす書類の山。

 それを一つ一つ手に取り、赤インクを付けた羽ペンでチェックを入れていく。



 「これはただの手紙……こっちは料理のレシピに見せかけた暗号文ね。解読方法は……なんて稚拙な。仮にも暗号文でしょうに、もっと頑張りなさいよ! ……つまらないですわ」



 今回は手ごたえのない書類ばかりだったので、仕事は早々に終わってしまった。



 「つまらない、つまらないですわ! 気分転換に外にでも出て――コホッコホッ。……無理、ですわね。この身体が忌まわしい」



 一日の大半をベッドで過ごしながら、暗号の解読と作成を行う。

 それがわたくし、エリザベス・オルコットの日常。

 本当はお兄様やライナスのように剣を振り、臣下として陛下を守りたい。

 でも、わたくしの身体は外に出ただけで熱を出すほどの病弱ぶりで、とてもお役にたつことは出来ない。



 「歯がゆいですわ……」



 唇を噛締めていると、扉の方から聞きなれた声がした。



 「また険しい顔になっているぞ、エリザベス」


 「あら、ジェラルド。淑女の部屋に入るのに、ノックもなし?」



 慣れた様子でわたくしのベッドに近づき、積み上げられた書類を確認しながらジェラルドは淡々と答える。



 「ノックならした。気づかなかったのは、エリザベスだ」


 「あらそうだったの」


 「また、つまらないことで悩んでいたのだろう? お前には他の誰にも出来ないことをしている。何を憤る必要がある?」


 「つまらないことではないわ! わたくしが……健康であれば……今以上に陛下とローランズ王国の役に立てるというのに……!」



 この病弱な身体のせいで、わたくしは陛下に跪くことすら叶わない。



 「お前の愛国心は、誰よりも理解しているつもりだ。何せ、エリザベスは私の理解者だからな。……すべての書類は確認した。今回も助かった、エリザベス」


 「お礼を言うのなら、わたくしの望みを叶えてちょうだい」


 「まあ、お前の願いなら叶えてやりたいが……」


 「では、ジェラルド。わたくしと結婚してちょうだい!」


 「はぁぁああ!?」



 (かね)てから計画していたものを実行に移す時が来たのですわ。

 わたくしは、混乱するジェラルドを置いて計画を語る。



 「貴方に妙に突っかかってくるマクミラン公爵が、教会派なんて言うふざけた派閥を作り上げたでしょう? そのおかげで、無能で不忠義な連中が結束を固めているわ。対して、王家は陛下のビアンカ側妃への寵愛が無くなったとはいえ、第一王子ダグラス様と第二王子エドワード様という歳の近く、母親の違う王子がいるわ。教会派は、確実にダグラス様を狙ってくるでしょう。だからこその、結婚ですわ」


 「妃や王子たちの問題は分かる。だが、何故それが俺たちの結婚に繋がる!?」


 

 混乱しているのか、ジェラルドはいつもの鋭い思考を失っていた。



 「ジェラルドの母は、ローランズ王家の王女。わたくしの母は、あのサモルタ王国の王女ですわ。それに、オルコット家とルイス家の血が混ざれば、この国で王族に次ぐ血統を持つことになりますわ。下手をすれば、王族囲いで有名なサモルタの血が入っている分、外交的価値は跳ね上がる可能性もある。わたくしは、神眼を持っていますし」


 「だが……」


 「もしや、愛しのカレン・アスキス嬢のことを想っているの? それならば、安心して下さいまし。わたくしを第一夫人。カレン嬢を第二夫人に据えれば解決いたしますわ」


 「王以外が二人の妻を持つなど、今は廃れた文化ではないか!」



 一夫多妻制が盛んに行われていたのは、50年ほど前まで。

 当時はディアギレフ帝国との戦争が激化し、貴族血を残すことが推奨されていたのだ。

 小競り合いばかりで、大きな戦争をしていない今は、基本的に一夫一妻だ。



 「でも、廃止された訳ではないわ。わたくしの病弱さを考えれば、第二夫人を娶る事も認められるでしょう。それよりも、いいのですか? この機会を逃せば、いくら幼馴染とはいえ、子爵令嬢であるカレン嬢とは結婚できませんよ?」


 「だが……しかしだな……というか、どうして知っている」


 「ベッドの上でも情報は手に入りますわ」


 「ぐっ……」



 どういうことかしら?

 いつもなら即断即決の宰相が悩んでいるなんて……。


 この国と陛下を想うのなら、拒否なんてしないはず。



 「わたくしの産んだ子を、エドワード様に付ければ政情は安定し、教会派に最大の牽制を加えることができるのですよ。男ならば側近に、女ならば正妃に。国王派の結束も固めることができますわ!」


 「……オルコット公爵に許可を取ったのか?」


 「許可などいりません。オルコットは自分で結婚相手を見つけてくる家なのですよ? もう、早く決めなさい、ジェラルド! この国の未来を考えれば、悩む必要もな――ゴホッゴホッ、ゴホッ」



 急に喉に焼け付くような痛みを感じ、わたくしはジェラルドに背を向けた。

 口にハンカチを当てて、咳を抑える。

 

 

 「おい、大丈夫か……エリザベス」


 「これくらい平気よ! いつものことだわ! それで、結論は?」


 「……お前はいいのか、エリザベス」



 何を言っているのだ、この男は。

 国と陛下のためならば、わたくしは迷いなどしないというのに。


 それにわたくしが結婚相手にジェラルドを選んだのは、血筋だけではない。

 彼の愛国心。それが何よりも信用できた。

 

 どうせ、わたくしは長生きできない。

 それならば、同志であるジェラルドに託そう。……そう思ったのだ。



 「話を持ちかけたのは、わたくしよ? いいに決まっているでしょう」


 「……その話受けよう」


 「そう、良い返事が聞けて良かったわ。それじゃあ、早く出て行ってちょうだい」


 「……それが今さっきプロポーズした相手に言う言葉か?」


 「書類を早く届けなければ、陛下がお困りになるでしょう! 貴方は健康なのだから、わたくしの分までキビキビと働きなさいな」


 「……お前は本当に、顔と中身が合わないな」


 「褒め言葉として受け取っておくわ。それと次に会う時までに、カレン嬢へのプロポーズを済ませておきなさい」


 「う……分かった」



 歯切れの悪い回答に少々疑問を抱きつつも、わたくしはジェラルドをベッドの上から見送った。


 ジェラルドの居なくなった部屋は、シンと静まり返り、元のつまらない日常へと戻る。

 わたくしは、先ほど口元を拭ったハンカチを広げる。

 純白のハンカチには大きく紅い鮮血の花が咲いていた。



 「わたくしの時間は、もう……」



 忠誠を誓った相手の苦境を支えることが出来ず、わたくしは生を終えるのだろう。

 病弱故に幼い頃から何度も生死の境を彷徨った。

 死ぬことは怖くない。


 でも、未来を見ることが叶わない。

 それが何よりも……わたくしは悔しい。


 だから最後に女である、わたくしにしか出来ないことをするのだ。



 我が生涯の忠節の証を形に――――







この頃のエリザベスは、自分の時間のなさと忠誠心で、未来の子を道具としてしか見れていません。

それとエリザベスは、ジェラルドのヘタレ具合をまだ知りません(笑)


次は、現オルコットの姫のお話です。


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