閑話2 シェリーとジュリアンナの御茶会
わたくしの名はシェリー・イングロット。
ローランズ王国元第一王女にして、次期イングロット公爵夫人です。
昔からお転婆だの淑女らしくないと散々言われてきたわたくしは現在、人生の中でも絶対に失敗できない場所に居ます。
場所はイングロット公爵家の庭園。
わたくしは、本日の敵であるルイス侯爵令嬢ジュリアンナと向き合ってお茶をしています。
「今日はお招きありがとうございます、シェリー様。イングロット邸の庭は、暖色の華やかな花が多くて気分が明るくなります」
「まあ、ありがとう。それと、わたくしのことはお姉様と呼んでもよろしいのよ」
「宜しいのですか? それでしたら、わたくしのことはジュリアンナとお呼び下さい」
ふわりと花が開くかのように可憐に笑うジュリアンナに、目を奪われる。
さすがは完璧な淑女。ハリボテ王女と長年呼ばれてきた、わたくしと大違い。
でも、今日は負けられないのですわ!
「ではジュリアンナと呼ばせてもらいますわ」
「はい、シェリーお姉様」
ぐふぅっ、可愛い! 義妹最高だわ!
わたくしには弟3人しかいないから、お姉様なんて呼ばれると新鮮ね。
思わず、ニヤニヤとだらしなく笑ってしまう。
「はっ、ごめんなさい、オホホ。ささ、お茶とお菓子を食べて?」
わたくしは時間稼ぎするために進めたのだが、ジュリアンナはその意図も知らずに嬉しそうに食べ始める。
さすがは完璧な淑女。食べる動作もマナーを守っているだけではなく、美しい。
み、見惚れている場合ではないわ!
そう今日は、弟のエドワードと婚約を発表したジュリアンナを調べるために、御茶会に招いたのだから。
先日のエドワードとジュリアンナの婚約発表は、特に滞りなく終わった。
つい最近、噂になった二人だったため、社交界ではやっぱりかという雰囲気だった。
……わたくしは騙されませんわよ!
長年、噂の欠片も無かった二人が婚約間際で噂になるなんて、タイミングが良過ぎでしょう。
確実にウチの鬼畜で腹黒な弟が何かしたに決まっていますわ。
サイラスに問いただしたところ、エドワードの方がジュリアンナに先に惚れたと言っていた。
きっと、鬼畜と腹黒を隠してジュリアンナを惚れさせたに決まっていますわ。
もしくは、ジュリアンナを手に入れて安定した支持基盤を作ろうとして、自分は惚れていないけれど、ジュリアンナを惚れさせたかですわ。
現王であるわたくしの父は、妃関係でやらかしました。
まあ、父だけではなく母も側妃たちも悪いところがありました。
けれども一番の原因は父です。
エドワードはその血を受け継いでいるのです。信用できません。
何しろ、鬼畜で腹黒ですから。
弟を疑うなんておかしい? 日ごろの行いを正してから言って下さいな!
一度結んだ婚約を解消するのは、双方に傷がつきます。
次期王のエドワードならば、その後も野心を持った相手がポコポコと出て来るでしょうけど、ジュリアンナは違います。
特殊な血筋故に適当な貴族と結婚する事も許されず、他国の王族・貴族と結婚するのは父が全力で邪魔をするでしょう。
そうなるのは避けねばなりません。
元王女という身分ではあれど、降嫁した今はしがない次期公爵夫人でしかないわたくしには、政治的発言権はありません。
わたくしにできるのは、義姉としてジュリアンナの心を支えること。
今日は何としてもジュリアンナの胸の内を探らなければ!
「時にジュリアンナ。エドワードとは、いつ出会ったのかしら?」
焦る心を隠し、年上の余裕を持ってさり気無く探る。
「夜会などで数回、お話はしたことがありましたが……個人的に会ったのは半年ほど前でしょうか?」
ジュリアンナとエドワードを婚約させたかった者たちが多かったから、お膳立ては昔からされていると思っていたけれど……違うのね?
「その時には、もう口説かれていたの? あっ、隠さなくてもいいのよ。二人が相思相愛だと専らの噂ですもの」
「ええ。その時、7年前に交わした約束を引き合いに出され、さらに利子まで付けられて『俺の手駒になってよ、ジュリアンナ』と爽やかに、そして極悪な鬼畜らしく言われましたわ」
「……はい?」
手駒? 極悪な鬼畜? 聞き間違いかしら。
それとも、わたくしが歳なのかしらね? オホホ……。
「連絡手段だけはどうにかしてやる。その他のことは自力でなんとかしろと、自分の子飼いの間諜が殺されたばかりの王都教会へ潜入するよう言われましたわ」
ちょっと、エドワード!? わたくしも予想外の口説き方をし過ぎよ。
令嬢を王都教会に潜入させる?
「……もちろん、断ったのよね?」
「いいえ。気に食わない第二王子を利用し返して、長年の怨敵に復讐できる決定的な証拠がつかめると、わたしは内心大はしゃぎでしたわ」
目の前にいる令嬢は本当に完璧な淑女と呼ばれたあのルイス家の令嬢なの?
可憐な笑みのまま、とんでもない爆弾発言を言い放ったジュリアンナ。
わたくしは引きつった顔を隠せずにいた。
「あの……ジュリアンナ。もしかしてエドワードのことを好きではない、とか?」
「恋愛的な意味でですか? ええ、好きではないですね」
ハッキリと言い放ったジュリアンナ。
わたくしは眩暈がしましたが、必死に取り繕います。
しかしそれも、わたくしの愛する夫が現れたため、直ぐに崩れました。
「失礼します、ジュリアンナ嬢。我が家に来ていると聞きましたので、挨拶だけでもと思いまして……ってシェリー、どうしたんですか!」
「サイラス! これではお父様の二の舞どころか、それ以上の惨状に! あんの鬼畜腹黒愚弟が取り返しのつかないこと◎△$♪×¥●&%#!!」
サイラスに駆け寄ったわたくしは、我を忘れてガクガクとサイラスの襟首を掴み揺らす。
「しぇ、シェリー、元王女として……というか女性として言ってはならないことを口走っています! どうか、冷静に。ジュリアンナ嬢の前ですよ!」
「はっ、わたくしとしたことが……!」
我に返りジュリアンナの方を向くと、今まで夜会でもお茶会でも見たことのない無邪気な笑顔を見せていた。
「サイラス補佐官とシェリーお姉様は、仲がよろしいのですね」
「……ジュリアンナ嬢。あまりシェリーをからかわないで下さい」
「わたくし、からかわれていたの……?」
ということは、先程のことも冗談なのね。安心したわ。
そうよね。手駒とか復讐とか、利用し返すとか……あり得ないものね。
サイラスはわたくしの目を覗き込むように屈み、心配した顔つきになる。
「いいですか、シェリー。ジュリアンナ嬢の本質はエドワード様に似通っています。鬼畜成分の抜けたエドワード様だと思って、対応してください」
「あら、失礼しちゃいます。わたしはシェリーお姉様に嘘などついておりませんよ」
「嘘ではないの!?」
「その方が面白いと思ったから嘘をつかなかったのでしょう!? ジュリアンナ嬢……貴女は本当に人を翻弄するのがお好きだ……」
サイラスは今までのエドワードの所業を思い出したのか、遠くを見つめていた。
「ごめんなさい。シェリーお姉様があまりにも健気で可愛らしかったから、場を和ませたかったのです。わたくしとエドワード様のことを心配して下さったのですよね。ありがとうございます」
「見抜かれていましたのね」
年下の令嬢にからかわれるなど悔しくもあるけれど、サイラス曰く『鬼畜成分の抜けたエドワード』だものね。しょうがないわ。
「おい、ジュリアンナ。姉上をからかうなど楽しいことをしているじゃないか」
無作法にも突然現れたのは、わたくしの弟で第二王子のエドワードだった。
その姿を見ても、ジュリアンナは驚いた様子はない。
「あら、エドワード様。お久しぶりです。どうして、ここに?」
「お前が姉上の個人的な茶会に招かれたと聞いてな。会いに来た」
「何故そこで会いに来たとなるのです? 仕事はどうしたのですか」
睨みつけるジュリアンナに腹黒さを滲ませながら楽しそうに笑うエドワード。
……エドワードが素を出しているの?
今まで一握りの親しい者にしか見せなかったエドワードの素を婚約者であるジュリアンナに見せている。衝撃的な出来事だわ。
「そう言わずに付き合ってあげて下さい、ジュリアンナ嬢。事後処理やら結婚式の準備やらで、ずっと仕事漬けなんです。息抜きするにも、ジュリアンナ嬢も仕事や女性同士の茶会に招かれたりと会えない日が続いておりましたし。……私たちを助けると思って、エドワード様の相手をして下さい」
「そういうことだ、ジュリアンナ」
「貴方にプライドはないのですか……」
「そんなことよりも、お前に会える方を選ぶに決まっているだろう。先に行っている」
エドワードはわたくしたちに背を向け、屋敷の中へと戻っていった。
……一応、ここはイングロット公爵家の屋敷なのに
「あの腹黒王子は……。申し訳ありません、シェリーお姉様。今日はここで失礼いたしますね。楽しい時間をありがとうございます。後は、サイラス補佐官とごゆっくり」
淑女の礼を取るジュリアンナ。
わたくしは数拍遅れて、淑女の礼を取る。
「こちらこそ、今日はジュリアンナのことが知れて良かったわ。ありがとう」
「ふふっ、シェリーお姉様はやっぱりお優しい。……ねぇ、シェリーお姉様。先ほどはエドワード様のことを好きではないと言いましたが、続きがあるのです。エドワード様は、わたしに一生冷めない恋を教えてくれると約束して下さいました。ですから、シェリーお姉様の心配は無用です。何よりわたしが……エドワード様を愛したいと思っていますから。内緒ですよ?」
人差し指を口に当て、ほんの少しだけ頬を朱に染めたジュリアンナ。
幸せそうな笑みを浮かべていることに、本人は気づいているのか、いないのか……。
わたくしの心配はお節介だったようね。
「心配事があれば、わたくしに遠慮なく言ってね。ジュリアンナは、わたくしの義妹なのだから」
二人を見送ったわたくしとサイラスは、どちらともなく手を握りしめあった。
「エドワードとジュリアンナが上手くいきそうで良かったわ。ダグラスのことがあるから、エドワードが自暴自棄になっているのではと心配だったのよ」
幼い頃からのエドワードはダグラスに懐いていた。それを知らぬのはダグラスだけ。
ダグラスは教会派の神輿にされ、現在は懺悔の塔に幽閉されている。
それを防げなかったのは、わたくしたち家族の責任。
わたくしたちの見えない所で虐げられ、悩んでいたダグラスに気づいていてあげられなかったのだから。
「心配いりませんよ。貴女の兄弟たちは前に進んでいます。もう、子供ではないのです」
「それは、お節介な姉はもう必要ないってこと?」
ぷうっと頬をリスのように膨らますと、サイラスに頭を撫でられた。
……ちょっとずるいわ。
「必要ですよ、家族なんですから」
「それならわたくしは、姉としてお節介を焼き続けるわ」
「シェリーらしいです」
わたくしはただのシェリーとして、愛しの旦那様と一緒に弟たちと義妹を支えて行きましょう。
どうか皆に幸あらんことを。