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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
52/150

51話 叶えられた願い




モニカ視点→ジュリアンナ視点です








 王都教会でサバトが摘発される事件から一か月。

 教会内で働く人たちが一部、急に消えたり、神父が総入れ替えとなったりと、一時期は教会内も混乱していたが今は落ち着いた。

 自分がアントルーネの娘として、事件に深く関わっていたことが嘘のようだ。

 


 ……でも、私に出来たことは、ほとんどなかった。



 今の私は、元の見習い看護師に戻っている。

 まるで最初から、復讐者モニカ・アントルーネは存在しなかったかのように……。 



 「はぁ……憂鬱ですー」


 「辛気臭いわね……。もう、一か月経ったのよ? いいかげん気持ちを切り替えなさいよ、アン」


 「モニカですー。間違えないで下さい、ミリア」


 「だったら普通に喋りなさいよ……。あの子のことを説明した時は、その口調じゃなかったでしょ」


 「……あれは、別なんですー」



 あれはモニカ・アントルーネとしての切り替えのようなものだった。

 ただの平民モニカとは、別人だと私は思う。


 こうしてミリアと教会の礼拝堂で話すのも楽しいが、ジュリアンナ様と過ごした日々はそれ以上に刺激的で忘れられないものだった。

 未練……と言ったら、そうなのかもしれない。


 

 私は、ただ恩恵を享受するだけで、ジュリアンナ様に何も返せなかった……。



 すべてジュリアンナ様にお膳立てをしてもらって、私は復讐を遂げた。

 自分とジャンだけでは、復讐を遂げることは出来なかっただろう。

 それに後悔はない。復讐を遂げたのには変わりないのだから。


 ならば、この虚無感は何だろうと、私は思う。

 胸にポッカリと穴が開いたような何とも言えない感じ。

 おかげで、仕事ではミスの連続。クロード先生には叱られてばかりだ。



 「あ~、もう仕事辞めましょうかねー」


 「辞めてどうするの。看護師の資格を取らないと職なんて簡単には見つけられないじゃん」



 ミリアの言葉は分かっている。

 今ここを出たって、平民としても暮らすのは厳しいだろう。

 でも、少しぐらい弱音が吐きたいのです。



 何度目か分からない溜息を吐き俯いていると、急に礼拝堂内が騒がしくなった。

 また国の騎士でも来たのかと思い、俯いたままでいると、何故か多くの視線が私に集まっているのを感じた。



 もう……人が憂鬱な気分の時に、一体何ですか!!



 勢いよく顔を上げると、そこには――――



 「ジュ、ジュリアンナ様!?」


 「久しぶりね、モニカ」



 神秘的な紫の瞳は優しげに細められ、それが私に向けられているのだと自覚すると、心臓がドキドキと高鳴る。


 

 ミルクのように透き通った白磁の肌は、シミ1つない。

 顔の造形は以前も恐ろしく整っているなとは思っていたが、軽く化粧を施している今日のジュリアンナ様の尊顔は、綺麗と言うよりも美しい。

 艶やかな金髪は、凝った髪型ながら髪飾りを一つしかしていないため、上品だ。

 教会という神聖な場だからか、派手な装いはせず水色のドレスに白のコートを羽織っている。

 それが逆にジュリアンナ様の自身の美しさを際立たせている。

 そして何よりも、仕草のひとつひとつが美しい。



 これは別格です……。



 まさに、女神のような美しさ。

 王都教会で出会った時も、とても美しい人だと思った。

 でも今、目の前にいるジュリアンナ様が本来の姿で、とてもシックリくる。



 ……この人が、ローランズ王国を支える王家の三柱。ルイス侯爵家の姫……!



 以前から知っているのに、まるで知らない人のよう。

 見惚れていると、ジュリアンナ様は、少しだけ悲しそうに眉を下げる。



 「もしかしてモニカ……わたしのことを忘れてしまったのかしら……?」


 「そ、そんな事ある訳ないです!!」



 必死に否定の言葉を紡ぐと、ジュリアンナ様は口に手を当てながら、クスクスと上品に笑う。



 「そう、良かった。他人行儀にされたら、どうしようと思っていたわ。……ミリア、貴女も久しぶりね。わたしのこと覚えている? まあ、今はエレンではなく、ジュリアンナですけれど」


 「ひゃいっ」



 口を開けて呆然としていたミリアだったが、いきなり声をかけられて変な声を出した。

 ミリアは口を両手で押さえつつ、赤面する。


 ミリア、貴女は悪くない。

 今のジュリアンナ様を目にしたら、誰だって緊張するに決まっている。

 気絶しないだけ、立派だ。



 「ミリアに謝罪とお礼がしたくて……騙していてごめんなさい。それと、貴女がモニカに協力してくれたことで、わたしは助けられました。ありがとう」


 「い、いえ……そんな……あたしも、酷いこと言っちゃたし……」


 「かまわないわ。当然の反応だったもの」



 そう言って、ジュリアンナ様は優しくミリアに微笑む。

 ミリアは更に顔を赤らめた。



 「そしてモニカ……今日は貴女への用事がメインなの」


 「はい。何でしょうか」



 いささか冷静さを取り戻した私は、以前のように毅然とした態度でジュリアンナ様と向きあう。

 


 いつまでも動揺していたら、ジュリアンナ様に失望されてしまいます。

 それだけは、嫌。



 「明日、正式に発布されると思うけれど……取り潰されたアントルーネ男爵家の嫌疑がすべて無実であると、陛下がお認めになりました。モニカ、アントルーネ男爵家の潔白が証明されたのです」


 「潔白……ですが、一度罪に問われ、取り潰された家の名誉を回復させるなんて……そんな……」



 アントルーネ男爵家は、ミハエル神父に襲撃された後、国王の勅命により取り潰された。

 王が下した命令を取り下げるなんて、王が間違いを自ら認めるようなもの。

 そんなことをしたら、王の権威が落ちる。

 それなのに、たかが男爵家の名誉を国王が救った……?


 手放しにその事実を喜べるほど、モニカは優しい世界では生きてこなかった。

 しかし、ジュリアンナ様の目を見れば、それが事実だと言う事は明白だ。



 「……ジュリアンナ様が、陛下に進言して下さったのですか?」



 それしかありえない。

 父と兄は国王に忠誠を誓っていたとはいえ、アントルーネ男爵家など貴族の末端。

 国王と知己な訳ではなかった。

 それなのに、わざわざ国王が自分の不利益になることをするとは、到底思えない。



 「褒美に何でもお願いを聞いてくれると陛下が仰ったの。だから、私の望みを口にしただけよ」


 「そんな!! 何故、私如きのために……」


 「貴女のためではないわ、モニカ。すべて、わたしのためよ」



  ジュリアンナ様は、蠱惑的な笑みを浮かべる。

  そして意志の強い瞳で私を射抜く。



 「モニカ・アントルーネ。陛下がアントルーネ男爵家への判断が間違っていたと正式に認めた今、貴女はアントルーネ男爵家直系の生き残りとして貴族に戻ることが出来ます。貴女はそれを望みますか?」


 

 貴族に……戻れる……?


 男爵令嬢として過ごした日々は、私にとって心の支えだった。

 何不自由ない生活に、優しい家族と使用人たち。

 屈辱も憎悪も無縁な温かな世界。



 でもそれは、もう戻ってこない。

 家族や使用人は死に、私を辛い世界から目隠ししてくれる存在などいない。

 私は何も知らない子どもではない。

 人が抱える悪意を、余の中の理不尽さを知っている。


 そして、貴族に戻れば、義務を果たさなければならない。

 貴族の義務……その中には国王陛下への忠誠も必須だ。

 いくらアントルーネ男爵家の名誉を回復して下さったとしても、あの時父たちを信じてくれたら……もっと早くに王都教会や増長する貴族達を諌めてくれたらと、思わずにはいられない。

 アントルーネ男爵家が、強い貴族の元へ取り入ることをせずにいたから、ミハエル神父たちに狙われたという事実があったとしても、私の中に燻る国王への感情はどうしようもない。


 何よりも……私は、ここまでしてくれたジュリアンナ様の恩に報いたい!!



 「貴族社会には戻りません。貴族の義務を果たしきれなかった私は、既に貴族の資格はないでしょう」


 「それならば……モニカ・アントルーネ、わたしに仕えなさい。わたしは、貴女が欲しいわ」



 ジュリアンナ様の言葉に、私は驚きのあまり目を見開く。



 そうか……ジュリアンナ様がアントルーネ男爵家の名誉を回復させてくれたのは、私が欲しかったからだ。



 私に湧きあがった感情は怒りではなく歓喜だった。



 ジュリアンナ様以外に、他の誰が……こんなにも私に尽くしてくれただろうか?

 復讐を遂げさせてくれて、それだけでなくアントルーネ男爵家の名誉を回復して下さった。

 それがたとえ、私に恩を売りたかったからだとしても、そこまでしてくれる人はいない。

 私に――アントルーネ男爵家にとってジュリアンナ様という存在は、恩人には変わりない。

 その恩人に、私という存在が欲されるなど、これほどに名誉なことはない。



 私は久々に、ぎこちなくだが淑女の礼を取る。



 「アントルーネ家を代表して、お礼申し上げます。そして、私、モニカ・アントルーネは、ジュリアンナ様を生涯唯一の主として忠誠を誓います」



 男爵家ではなく、ただのアントルーネ家のモニカとして、ジュリアンナ様個人にだけお仕えする意思を告げた。



 「その忠誠、受け取りました」



 顔を上げると、そこには穏やかに微笑むジュリアンナ様がいた。



 「モニカの教育は、グレースとマリーに任せるわ」


 「承知いたしました、お嬢様」



 ジュリアンナ様の後に控え、今まで沈黙を保っていた侍女が、淡々と答える。


 この人……あの時のすごい強い女の人?

 雰囲気が前と全然違うから気づかなかった……。

 というか、護衛じゃなくて侍女なの!?




 私が驚きの目で見ていると、侍女はその視線を気にもせずに後を振り返る。



 「どうしますか、お嬢様」


 「連れてきなさい」



 ジュリアンナ様の命令を受けて、侍女は、人だかりから誰かを引っ張り上げた。

 その見慣れた男性に、私は思わず声を上げる。



 「ジャン!!」



 侍女につれられてきたジャンは、ジュリアンナ様の前に突き出される。

 ジャンは居心地が悪そうに、キョロキョロと目を動かしている。



 そうか……ジュリアンナ様に忠誠を誓うということは、ジャンと離れることになる……。


 

 失念していたが、ルイス侯爵家と縁を持つ私と関わるということは、平民として暮らすジャンにとっては、危険なことになる。

 内情を知らずに、貴族の権威を狙ってジャンに近づく者が現れるということだからだ。

 

 私はその事実に愕然とする。

 だがしかし、ジュリアンナ様に仕えるということを撤回することは、絶対にない。



 私がきつく口を結んでいると、ジュリアンナ様がジャンに語りかける。



 「主治医であるハワードが、一瞬でも私に効いたあの毒の作成者に興味を持っていてね。あの毒の作成者なら、弟子にしてもいいと言ったの。ジャン、ルイス家で働く気はない?」


 「えっ、医者のハワードって……もしかして、数々の難病の治療薬を作り、王様から爵位を与えられたのに、それを拒んで表舞台から消えた……あの、伝説の名医のことっすか!?」


 

 ジュリアンナ様はニヤリと笑うと、肯定する。



 「そうよ。かなり偏屈な人だけど……腕だけは確かだわ」


 「ぜひ、ぜひお願いするっす!! モニカお嬢様と離れ離れにならずに、しかも、あの伝説の名医の元で医者になる夢が叶えられるなんて……」



 ジャンが嬉しさに顔を綻ばせている。


 元々ジャンの父は医者で、アントルーネ家の侍女と結婚し、ジャンが産まれたのだ。

 そんな父の姿を見ていたからか、ジャンの夢は医者になることだった。

 医療学校に通うことのできない金のない平民が医者になるには、5年間、国の認めた医師の元で修行する必要がある。

 しかし、ジャンの家族は死に、アントルーネ家が取り潰されて伝手の無くなり、その夢はもう叶わないと思われた。

 だからジャンはその代わりに、薬師になったのだ。



 これはもう……私の一生を懸けても、ジュリアンナ様に恩を返しきれる気がしないわ……。


 

 「さて、貴方たちを貰い受けると、教会上層部と話をしなくてはならないわね」



 その言葉を聞き、私は、はっとミリアを見る。


 

 ミリアとも、もう……会えない。



 ミリアもまた、平民だ。

 私と関わったら、危険に晒してしまう。


 私の内心を知ってか、ミリアが泣きそうな顔をする。

 だが、直ぐに元の明るいミリアの笑顔に戻る。



 「アン――ううん、モニカ。あたしは、友達の門出を応援するよ。だから……いってらっしゃい」


 「……行ってきます、ミリア。ありがとう」



 私も涙をこらえて、ミリアに返事をする。

 ミリアは満足そうに頷くと、ジュリアンナ様の方を向いた。



 「エレン――じゃなくて、その……」


 「ジュリアンナでいいわ」


 

 ジュリアンナ様は、言いよどむミリアに笑いかける。



 「そっか、じゃあジュリアンナ。あんたも、あたしの友達だから! 嫌って言っても、一生ね」


 「……ええ、ミリアはわたしにとても大切な友人だわ。それこそ、一生」


 「うん。あたしは立派な看護師になるから!」


 「そして良い人に巡り合えるといいわね」


 「絶賛、彼氏募集中だけどね」



 楽しげに話す二人は、立場と姿が違うけれど、確かに前と同じ関係に見えた。



 「お嬢様、そろそろ行きませんと」


 「そうね、マリー。それでは、ミリア……さようなら」


 「……さようなら、ジュリアンナ」


 「私頑張るから、ミリアも頑張って。……さようなら」


 「うん、あたしも頑張る。……モニカも元気でね。さようなら」



 そして私はジュリアンナ様と共に礼拝堂を出た。

 こうして、王都教会で出会った私たちは、別れを告げ、別々の道を歩み出した――――




















  「恐れながら、陛下。わたしが望むのは――――陛下の言葉をもってアントルーネ男爵家にかけられた嫌疑の撤回していただき、汚名を雪ぐことでございます」



 真っ直ぐに陛下の目を見つめ、わたしは願いを告げた。



 「アントルーネ男爵家……王都教会とマクミラン公爵に襲撃を受けた家だったな。今思えば、あの時にアントルーネ男爵家にかけられた嫌疑は、すべて濡れ衣だった。だから我が、アントルーネ男爵家の嫌疑を晴らすことは出来る。だが、何故アントルーネ男爵家なのだ。他にも奴らに潰された貴族家はある。アントルーネ男爵家の嫌疑を今更晴らしたところで、其方に利があるとは思えん」


 「利ならあります。アントルーネ男爵家の汚名が返上されれば、アントルーネの生き残りに恩を売ることができます。彼女は、勇敢で心の強い、素晴らしい人材ですわ。埋もれさせるのは惜しい……というのは建前で、ただ……わたしが勝手に情を移してしまったのです」


 「情か……。それで、我がアントルーネ男爵家の嫌疑を撤回した後、其方はどうするのだ?」


 「彼女の意志を聞き、貴族社会に戻るのであればその援助を。戻らないのであれば、わたしの庇護下に置くつもりです」


 「嗅ぎ付けるやつはいるからな。どうやってアントルーネの生き残りが王を動かしたのかと近づく者や、今回摘発された者やその縁者が逆恨みで何か仕掛けるかもしれん。其方ばかりが苦労するな」


 「そんなことはありません。彼女は既にわたしの身内。守るのは当然のことです」


 「よかろう。少々時間がかかるが、其方の願いを叶えよう」


 「ありがとうございます、陛下」



 わたしは淑女の礼を取り、客室を後にした――――






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