50話 再召喚
マクミラン公爵家に復讐を遂げてから一か月経った。
あの日、わたしが王都教会を去ってから、多くの貴族が捕縛された。
それはサバトに参加していた貴族たち、それに第一王子を祭り上げ、強引に王権を奪取しようと目論んでいた貴族達だった。
捕縛された貴族は、大半が教会派貴族だったが、中には中立派と国王派貴族もいた。
マクミラン公爵を含め、彼らは目下取り調べ中であり、罪状が言い渡されるのは、もう少しかかるようだ。
陛下に王族暗殺の計画を密告した第一王子ダグラス様も、裏に帝国の後ろ盾があったことや、サバトには直接加担していなかったとはいえ、王都教会のサバトと免罪符により利権を得ていたために拘束中だ。
もちろん、母君のビアンカ側妃も一緒に。
王族である彼らの処遇がどうなるのかは想像がつかないが、厳しいものになるだろうと、わたしは予想している。
さて、現在のわたしについてだが、元の侯爵令嬢の生活に戻っていた。
ただ前と少しだけ違うのは、出来るだけ家族で食事を取るようになったことだ。
前は城に泊まり込むことが多かったお父様も、最近は屋敷に帰ってくる日が多くなっている。
ぎこちなかった会話も、最近は楽しめるようになった。
最近知ったことだが、わたしは存外、お父様のことが大好きだったらしい。
今まで一緒に過ごせなかった時間を埋めるように、お父様にベッタリしている。
お父様も、なにかと贈り物をしてくれる……この歳でテディベアを送られたのは、随分と驚いたけれど。
でも、お父様もまた、わたしのことが大好きなのが伝わってくるのが嬉しい。
最初はお父様に敵対心を抱いていたヴィンセントも、今ではお父様のことを『ヘタレ狸』や『馬鹿父』などと呼んで、遠慮なく振る舞っている……あれ?何かおかしい気もするわね。
何にせよ、家族みんなが仲が良くなって、わたしは幸せだ。
そういった日常に慣れた昼下がり、第二王子の手駒として、ルイス家の復讐者として動き回っていたわたしは、そのツケを払うように執務に追われていた。
優秀な者に任せていたとはいえ、侯爵家の人間ではないと採決できないものもある。
溜まりに溜まった、そういった仕事を片づけていると、我がルイス家にとんでもないものが届けられた。
「はあ? 召喚状が届けられた? それは確かかしら、マリー」
「淑女たるもの『はあ?』など柄の悪い言葉を使ってはいけません。注意するのは、2度目です、お嬢様。……召喚状ですが、また、お嬢様個人宛です」
2度目ともなると、驚きよりも呆れの方が強い。
マリーの入れた紅茶を一口飲み、心を落ち着ける。
面倒…面倒だわ……。 聞かなかったことに……。
「 お 嬢 様 」
わたしの心を読んだのか、面倒がるわたしにずいずいっと召喚状を押し付けてきた。
さすがマリーだわ……嫌な方向にわたしのことを理解している……。
「あら? 今回の召喚はエドワード様じゃないのね……って陛下じゃない!!」
召喚者の名前は紛れもない、この国の王のものだった。
わたしは思わず書類塗れの机に突っ伏した。
「面倒事が2倍……いいえ、100倍になったわ……。行きたくない、行きたくない!! 一侯爵令嬢に国の頂点が召喚状を送るなんて、どうなっているのよ!! 頭おかしいんじゃない!?」
「お嬢様、仮にも国の頂点に頭おかしいとは……いや、確かにおかしいですが」
「だって、そうでしょ!!」
召喚状とは、その強制力から、本来は罪人や国の危機に出されるものである。
間違っても、こんな気軽に使うものではない。
「ですが、第二王子殿下もお嬢様に召喚状を送りつけました」
「ああ、親子ってことね……」
そもそも召喚状は、王の許可なく発行されない。
つまりは以前、エドワード様が送って来た召喚状も、陛下の許可があって発行されている。
……エドワード様の父である陛下が、まともな訳がないわよね。妙に納得したわ。
「内容は……本日、14時までに城に来られたし? ……マリー、今何時かしら?」
「12時ですね」
怒りに震えながら、わたしはグシャリと召喚状を握りつぶした。
「……令嬢の身支度にどれだけ時間がかかると思っているの? ましてや、呼び出された場所は王宮。適当な見た目は許されない。少しでも隙を見せたら、あっと言う間に社交界の笑いものだわ!!」
「完璧な淑女が、残念な淑女に早変わりですね」
「うっ……冗談ではなく、本当にそう言われそうだから困るわ……。マリー、急いで王宮で恥ずかしくないように、わたしを着飾って。それと、馬車の用意も。万が一に備えて、先触れを出しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
急いで出した指示に、マリーだけではなく屋敷中の使用人が忙しく動き回る。
わたしの記憶にある、夜会や式典での威厳ある陛下の姿は、虚像なのだと確信した。
そして、陛下は女心を理解していないことも。
♢
「失礼いたします。国王陛下の召喚にて参上しました、ルイス侯爵家長女ジュリアンナです」
満足そうに頷く陛下は、エドワード様と同じ空の色の瞳を細めた。
「待っていたぞ」
「待っていたぞではありません。まずは非礼を詫びるべきだと思いますが?」
冷たく言い放つのはダリア正妃だ。
城に到着した後、謁見の間ではなく、何故か客室に通された。
不思議に思いつつ客室に入ると、そこには既に陛下と……何故かダリア正妃がいた。
そして侍女は下げられ、客室内には、わたしたち3人だけだ。
一侯爵令嬢に、国王と正妃って……どういうことよ……。おかしい……絶対におかしいわ!!
わたしが内心でゲンナリしていると、ダリア正妃は陛下を責め続けていた。
「大体、未成人の令嬢に召喚状を送るなど言語道断。しかも、送ったその日に入城しろなど非常識の塊。女性は準備に色々時間がかかります。無駄な所に権力を使う暇があるのならば、執務を行ってください」
「だが……エリザベスに中身がそっくりで、健康な令嬢となると逃げられるかもしれなかっ――」
「その考え方がおかしいですし、召喚状を非常識に送り付ける理由にはなりません」
「しかし、エドワードは――」
「あの子も非常識ですが、当日呼び出しなどしませんでしたでしょう?」
「……すまん」
「謝罪する相手を間違えないで下さい、陛下」
目の前で繰り広げられる怒涛の夫婦喧嘩に、わたしは嫋やかな淑女の演技をしながらも、内心でかなり動揺していた。
どういうこと?
何故、わたしに素の姿を見せているの?
侍女を下げたことと言い……訳が分からないわ。
「その……すまなかった。ジュリアンナ」
「陛下の命令に従うのは、ローランズ貴族として当然のことでございます」
わたしは模範解答を返し、ニコニコと愛想を振りまく。
「ふう……良かった……」
「同じ過ちを犯したら、説教だけでは済みませんからね」
「ひぇ……」
陛下を睨みつけるダリア正妃。
美人が冷たい表情で怒ると迫力があるわね……演技の参考になりそう。
そんなことを考えていると、今度はわたしの方をダリア正妃は見た。
しかし、その眼差しは先ほどまでの冷たいものではなく、少しだけ穏やかなものに変わる。
「陛下の話の前に、まずはわたくしから。7年前、城を抜け出したエドワードを助けてくれてありがとうございます、ジュリアンナ」
「貴族として当然のことをしたまでです、ダリア妃殿下」
「わたくしは感謝しています。妙なところに突き抜けましたが、あの子を敗北させ、傲慢さを自覚させてくれたのですから」
「……そんなことありませんわ。あの時は、わたしも荒れていまして、不敬な態度を取ってしまいましたから」
「かまいません……今日は、いつも会うあなたと違いますね」
わたしは第二王子の婚約者候補で、この国でも特殊な血筋を持つ令嬢として、男子禁制の御茶会でダリア正妃とは良く会っていた。もちろん、その時は完璧な淑女の演技をして。
しかし、今回のサバト摘発や、マクミラン公爵家の復讐で暗躍していたことも陛下とダリア正妃は、確実に知っている。
さらに、誰が教えたのか知らないが、陛下は『エリザベスに中身がそっくり』と言った。エリザベスお母様の主だった陛下が、お母様の内面を知らないはずがない。
だから今更、完璧な淑女の演技をしても無意味だろう。
……まあ、礼節は弁えますが。
「先に陛下と妃殿下が素を見せて下さいましたから、わたしも仮面を被るのを止めました」
おそらく、最初に陛下とダリア正妃が言い合いをしたのも、素のわたしを出させるためだろう。
「公私を使い分けられるのは、王侯貴族として重要なことです。さすがは、エリザベス様の娘」
「ありがとうございます!」
純粋にエリザベスお母様とわたしを褒めてくださったダリア正妃の言葉に、思わず嬉しさが込みあげる。
「あー、ジュリアンナを呼び出したのは我なんだが……」
あっ、陛下の存在忘れていたわ。
内心を悟らせないように、わたしは陛下に向き合う。
「陛下。此度の召喚で、わたしにお望みに事は何でしょうか」
「うむ。罪人たちの処遇が決まった。其方にも聞いて欲しい」
「公に発表する前に、わたしが聞いてもよろしいのですか?」
「かまわん。今回、其方は多大な貢献をしたと聞いている。ジェラルドとヴィンセントには、既に話してある。其方にも聞く権利があるだろう」
「しかと、拝聴いたします」
そう言って、わたしは膝を折る。
「楽にしてよい。まずは、サバトに参加した貴族だが、数が多すぎてな。全てに重い罪を被せれば、国が傾く。故に、マクミラン公爵家から見つけ出したサバトの顧客名簿を元に、3回以上参加しているものは、当主は処刑し、爵位剥奪、財産はすべて国が没収とすることにした。3回未満の者は、当主の変更と、多額の賠償金を国に払うように申し付けた」
これは中々……手痛いわね。
あれだけ多くの貴族を消したら、国に影響が現れるのは必須。
故に、ある程度は残さなくてはならない。
財産を奪い、力を削いだとしても、かなり厳しい。
何故なら、裁かれた者たちは、国に恨みを持つからだ。
「……これも、マクミラン公爵の――いいえ、ディアギレフ帝国の目論見でしょうか……」
「そうではない……と言いたいところだが、その可能性も高いと見ている」
わたしは無意識に下唇を噛んでいた。
ディアギレフ帝国は周辺国に被害を及ぼす侵略国家だ。
最近は傾いてきているとの情報があるが、それも今回のことを見るに怪しい。
ローランズ王国は、ディアギレフ帝国に侵略された土地を奪い返して出来た国。
故に、ディアギレフ帝国への恨みは強い。
そしてディアギレフ帝国側も、一度手に入れた土地を奪い返され、ローランズ王国を建国されたことから、この土地への執着が物凄い。
ここ15年は小さな小競り合いのみだが、建国以来、何度も戦っている。
その全てをローランズ王国は退けてきたが、それがこれからも続くとは限らない。
「次に、王権簒奪を目論んでいた者たちだが、それらは一族ごと処刑だ」
「ディアギレフ帝国の支援を受けていたのなら、当然の措置だと思います」
ローランズ王国では、ディアギレフ帝国に味方し、国家に不利益を与えようとした場合、重い罪が課される。
それはローランズ王国を強大なディアギレフ帝国から守る上で、重要なことだ。
「マクミラン公爵家は主犯故、同じように取り潰しだ」
「そう、ですか」
マクミラン公爵家は……人も爵位も財も消えるのね。
「次にビアンカは側妃の位と王籍を剥奪。実家も取り潰し、本人も処刑だ。ダグラスは、告発したことを加味して、無期限の幽閉となっている」
すべての罪状を説明した陛下は、疲労の色が濃い。
罪人を裁くのが王の仕事だと言えばそれまでだが、王だって人間だ。
感情がある。
敵対派閥以外にも、自分の身内を裁いたんだもの……辛いのは当然ね。
「此度の裁きは、表向きには余の名で発布するが、エドワードも裁きに参加している」
「そうですか……。陛下、ありがとうございました」
わたしには、何か気の利いた言葉などかけられない。
陛下を支えるのは、ダリア正妃やクラウディア側妃の役目であって、わたし如きが口を挟むべき問題ではないからだ。
でも……だとしたら、エドワード様は誰に支えてもらうのかしら……?
「ところで、ジュリアンナ。其方は、もうすぐ誕生日だったな……」
「はい。1カ月後ですが」
何となく、今回、召喚された意味が分かった。
なるほど。お父様やヴィーのいないところで、婚約者について、わたし個人の意見を聞きたいのね。
「そうか。18……結婚可能な成人になるのだな」
「……陛下、心配されずとも、わたしは国の益にならない婚姻はいたしません。しかしながら、相手に関しては……父と相談して決めるつもりです。わたしには有力貴族の血、ローランズ王家の血、サモルタ王家の血……そして、門外不出であるはずの紫の――神眼を持っています。……己の立場は自覚しております」
「……ジェラルドと良く相談するのが良かろう」
「はい……」
「それと……こちらが本題なのだが、其方に褒美を与えたいと思っておる。何でも申せ」
沈んだ空気を切り替えるように、陛下が言った。
「褒美ですか……?」
「其方には、公の場で騎士たちのように地位を授けたり、褒賞を与えたり出来ぬからな。今、此の場で言うがよい」
「……エドワードに関する迷惑料も含んでいます。ですから、気にせず言いなさい」
ふんぞり返る陛下と、凛然とした態度のダリア正妃。
正反対な夫婦ね……。
しかし、褒美ですか……。
何でもと言っても、すべての要望が叶えられる訳ではない。
当たり前ですけれど……。
わたしには出来ず、陛下が叶えられるもの……だとしたら――――
「恐れながら、陛下。わたしが望むのは――――」