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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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49話 ここから始める

 マクミラン公爵の反応を見て、わたしは内心で安堵した。


 エリザベスお母様を演じると言っても、わたしはエリザベスお母様のことを知りませんからね……。


 今、わたしの演じているエリザベスお母様は、お父様や使用人たち、それにオルコットの家族から聞いたものを再現したものだ。

 ちなみに、苛烈な愛国者の姿を隠した、外向きのエリザベスお母様である。

 


 目の前にいるマクミラン公爵は、わたしの演じるエリザベスお母様の姿を見て、涙を流していた。

 公爵位を賜った男が、人前でこんな醜態を晒すなんて……。


 ……この男は、もしかしたら本当にエリザベスお母様のことを深く愛している?

 だとしても、わたしのやることは変わらない。

 この男は愛し方を間違えた。

 そして、エリザベスお母様にとっても、大切な人達を殺したのだから……今更、躊躇なんてしないわ。



 「ねぇ、ジェームズ様。わたくしと会えて嬉しい?」


 「当たり前だ! 私はエリザベスのことを愛していた。もちろん、ジェラルドよりも先に……貴女に初めて出会ったときから……ずっと……恋焦がれていた」


 「まぁ! わたくし……気づきませんでしたわ。もしかして、ジェームズ様は、わたくしのために色々手を尽くして下さったのではありませんの?」


 「当たり前ではないか! 貴女に屈辱を与えたであろうアスキス子爵家の娘を殺してやった!! 貴女を死なせたジェラルドと息子は殺せなかったが、それも時間の問題だ。奴らの元には、私の私兵を潜り込ませている。消すのは容易い。そして王都教会を、王家に反感を持つ貴族達を纏め上げ、時には他国の力も利用し、私は、権力と財力を手に入れた。次代の王は私の言いなりだ。すべてはエリザベス、貴女を手に入れるために行ったこと。そう、すべては貴女のためだ……」



 恍惚とした表情でわたしを見る、マクミラン公爵。

 自分の野望が阻まれ、権力を削がれることが確定した今になって、一番求めていた女が目の前に現れた。縋ってしまうのも頷ける。

 今、この男が求められる唯一の希望は……エリザベスお母様(わたし)だ。



 何がエリザベスお母様のためだ……反吐が出る。

 希望なんて打ち砕いてやるわ。



 「それは……本当にわたくしのためなのかしら?」


 「……何だと?」



 怪訝な顔をするマクミラン公爵に、わたしは続ける。



 「だって……わたくしがいつそんな事を望んだの? カレンはわたくしの友人で、ジェラルドはわたくしの大切な同志。陛下は、わたくしが仕えるべき相手。皆、わたくしの心から愛する人達ですわ。それなのに……ジェームズ様は、その全てを壊そうとした」


 「待ってくれ、エリザベス!! 私は……」


 「わたくし……貴方が大嫌いですわ。それこそ、報復してやりたいほどに」



 変わらず可憐な笑みを浮かべ続ける。


 わたしが……もしも、エリザベスお母様だったら、大切な人を殺し、自分の命を懸けて守り通した忠節を穢そうとする者を許しはしないだろう。



 愛しい女の姿をしたわたしに、マクミラン公爵は縋る目を向ける。



 こんなにも醜く、器の小さき男に……わたしたちの家族は殺された。

 なんて……なんて、虚しいの……。



 「エリザベス……すべては、貴女のためだ!! 騙されている……貴女はジェラルドに、王に、アスキスの娘に、オルコット家に……騙されているのだ。私こそが……私だけが……貴女を――」


 「世迷言はそのくらいにしていただける?」



 そう言ってわたしは、マクミラン公爵に感情の宿さない瞳を向ける。



 「何か勘違いしているようだから、言っておきますけど……わたくしがジェラルドと結婚したのは、貴方のせいなのよ、ジェームズ様。貴方が教会派なんて派閥を作り上げるから……わたくしとジェラルドは国王派を強固にするため、結婚した。貴方の名誉と権力が地に墜ちるのも、貴方が裁かれるのも、貴方がわたくしを手に入れられなかったのも、ジェラルドに何一つ敵わないのも、すべて……貴方自身のせい」


 「あ……ちが、ちがう、私は……」


 

  愛する女と同じ声で、自分のすべてを否定されたマクミラン公爵は、虚ろな目で必死にわたしの言葉を拒絶する。



 「最後に、貴方の元に何も残らないのは……自業自得。すべては貴方の創りだした必然だったの」



 最後に耳元で囁くと、マクミラン公爵は抜け殻のようになっていた。



 この男は、命以外のすべてを奪われた。

 そして命さえも、事情聴取が終わった後に失うだろう。



 復讐をやり遂げたわたしの心に残るのは、満足感でも、虚無感でもなかった。



 カレンお母様、わたしの姿を見ることの叶わなかった弟妹……二人に報いることは出来たでしょうか?

 エリザベスお母様……わたしは、最後まで演じきれたでしょうか?

 お父様、ヴィンセント、それにルイス侯爵家に住まうわたしの家族たち……わたしたちの復讐は終わりました。本当に……終わったのです。


 やっと……これで、わたしたちは前に進むことが出来るのです。



 

 マクミラン公爵は騎士に引き渡され、わたしはその様子を見送る。

 きっとわたしは、どれほど忘れたくとも、あの男のことを一生忘れることはできないだろう。



 わたしは、約束通り復讐の邪魔をしなかったエドワード様へと振り返る。



 「エドワード様……ありがとうございました」



 この時、わたしは自分がどんな表情を浮かべていたのか分からなかった。

 わたしの表情を見たエドワード様は困ったように笑うと、わたしに近づき気遣うように優しく抱きしめた。


 

 わたしは、マリーが苦言を(てい)すまで、その抱擁を受け入れた――――




















 

 マリーと共に王都教会から出ると、そこには多くの騎士や文官が動き回っていた。

 その中から一人、わたしたちの元へと向かってくる文官が一人。


 少し白髪の混じったわたしと同じ金色の髪に、ヴィンセントと同じ碧眼の瞳。

 その人は、触れ合ったことのない、わたしの愛する家族。



 「……お父様」


 「……ジュ、ジュリアンナ」



 いつもの厳しい声ではない、たどたどしい声に、わたしは驚く。

 お父様は、ぎこちなく、それでいて戸惑いながら、わたしに近づく。

 そして、震える手でわたしの頭を撫でた。



 「……怪我はないか?」


 「少しだけ」


 「なっ!? 直ぐにハワードに見てもらいなさい」


 「落ち着いて下さい、お父様。すでに手当は済んでいます」


 「そうか……」


 「……」


 「……」




 沈黙が重いわ。

 しかし、そう感じているのはお父様も同じらしく、そわそわと落ち着きがない。


 本当に……あの、お父様?


 いつもの威厳に満ちた態度との違いに、わたしはひたすら困惑する。

 

 確かにお父様はヘタレ狸だって、お母様たちの手記に書いてあったし、侍女長にも言われていたけれど……。



 「……お父様」



 沈黙に負けたのはわたしだった。

 ……いや、お父様がヘタレなだけなのかもしれないけど。



 「何だ、ジュリアンナ」


 「……お父様、陛下とミシェル殿下は御無事でしょうか?」



 間が持たないので、わたしはとりあえず気になっていた事を聞いてみた。

 マクミラン公爵の計画とやらが進んでいる可能性もある。

 尤も、陛下の側近であるお父様がこの場にいる時点で、無事だろうけど。



 「陛下と第三王子殿下もご無事だ。どうやら、暗殺と王位簒奪計画が持ち上がっていたようだが、第一王子殿下の告発により、未然に防がれた」


 「そうですか。良かったです」


 「……」


 「……」



 再び訪れる沈黙。


 会話が続かないわ……!!

 だけど、今までで一番、お父様と会話している気もするわね。



 「……ジュリアンナ」



 先に沈黙を破ったのは、意外にもお父様だった。

 お父様の顔は真剣そのもの。わたしは気を引き締めて、返事をする。



 「はい」


 「我らの悲願は……」


 「果たしました。もう、わたしたちの復讐は終わったのです。お父さ――」



 わたしは、お父様に強く抱きしめられていた。

 


 「ジュリアンナ、愛している。今までずっと厳しく接してきた私を、父親として認められないかもしれない。だが……私にとって、ジュリアンナは大切な……愛する娘だ。すまなかった……」



 お父様の不器用な言葉に、わたしは堪らず涙を流す。



 ずっと、ずっと不安だった。

 お母様たちの手記や、侍女長や執事長に、お父様がわたしのことを愛しているのだと聞いても、どこか不安だった。

 必死に明るく話しても、お父様は素っ気ない態度ばかり。

 それが、わたしを守ることに必要だと知っていても、本当はわたしのことをお父様は愛してくれていないんじゃないかと、何度も何度も考えた。


 だけど今、わたしはお父様に抱きしめられている。

 渇望とも言えるほど欲していた言葉をくれた。


 ああ、わたしは……お父様に道具ではなく、娘として愛されているんだわ……。



 「いいのです……いいのです、お父様。わたしも……お父様を愛しています」


 「ジュリアンナ……ルイス家の娘としての務めをよくぞ果たしてくれた。流石は、私の自慢の娘だ」


 「はい……!!」


 

 子どものように泣きじゃくるわたしの背を、お父様は幼子をあやすように優しく撫でる。




 しばらくすると、わたしの背後から、唸るような声がした。



 「何をやっているのさ、父上」



 お父様から離れ、後ろを振り返ると、不機嫌なヴィンセントがいた。



 「ヴィンセント! 無事だったか!!」



 両腕を広げたお父様を無視して、ヴィンセントは爽やかな笑顔を浮かべて、わたしの元へやって来た。



 「姉さん、怪我はない? あの鬼畜魔王に何かされていない?」


 「だ、大丈夫よ。ヴィー……」


 「そっか。僕の仕事は終わらせて来たから、一緒に家に帰ろうか。姉さん」


 「ええ。一緒に帰りましょう……」



 そこまで綺麗に無視すると……さすがに、お父様が可哀相だわ。

 ちらりとお父様の様子を見ると、息子にハグを拒まれ、さらに存在を無視され、落ち込んでいた。



 「良かった……。ねぇ、姉さんが一番好きなのって誰?」



 そう言って、ヴィンセントはわたしに潤んだ瞳を向ける。


 可愛いわ……可愛すぎるわ、ヴィー!!



 「そんなの……ヴィーに決まっているでしょ!! もう、世界で一番、大好きよ!! どうしてわたしの弟はこんなに素敵なのかしら!!」



 わたしは、高ぶる自分の心を押さえつけられず、ヴィンセントに抱きつく。



 「僕も姉さんが一番好きだ。誰よりも、ね」


 「うぐ……ヴィンセント、お前は……」


 

 お父様を背にしているから分からないが、どうやらヴィンセントはお父様に勝ち誇った顔を向けているのだろう。



 「一番頑張ったんだから、今日は姉さんの好きなものを用意させようか。僕は弟だからね。もちろん、姉さんの好きなものを全部知っているよ。どこかの誰かさんは知らないみたいだけどね」


 「うぐ……」



 全部の部分を強調するヴィンセント。


 まったく……やきもちやきなんだから。


 わたしは呆れながらも、温かい気持ちになった。



 「ヴィーの好きなものも用意させましょう」



 わたしはヴィンセントから離れ、後ろで意気消沈しているお父様に笑いかける。


 

 「お父様の好きなものを教えてください。久しぶりに……家族みんなで食事をしましょう?」


 「ジュリアンナ……」


 「……チッ。いい気にならないでよ、父上」


 「もう少し、父に優しくできないのか、ヴィンセントよ……」



 これが同性同士の親子の距離感なのかしら……?



 少し寂しくなったわたしは、淑女の振る舞いなどお構いなしに、お父様とヴィンセントの腕に抱きつく。


 


 「ふふっ、行きましょうか。お父様、ヴィー」


 「うん。姉さん」


 「私とヴィンセント以外には、こういうことをしてはダメだぞ。ジュリアンナ」


 「分かっています。ヴィーとお父様は……家族だから、特別です」


 

 演技ではなく、本当に心から幸せな笑顔を、わたしは二人に向ける。



 

 ――――長い……本当に、長い時がかかってしまったけれど、この日、わたしたちは本当の家族になることが出来た。



 





※アスキス子爵家の娘は、カレンのことです。




今回でひと段落ですが、まだまだ続きます。


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