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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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47話 アントルーネの選択

 「マクミラン公爵!!」


 

 階段を登り切り、エドワード様の元へ突出されたミハエル神父は、マリーに拘束されているマクミラン公爵を見て驚愕の表情を浮かべている。


 続いて床に倒れる紅焔の狼を見て、恐怖の表情を色濃くした。



 「エドワード様、ちょっとよろしいでしょうか」


 「何だ、ジュリアンナ」


 「ミハエル神父は大した情報を持っていません。故に、生かす価値もほとんどありません。ですから……ミハエル神父を恨む者の手で殺してもよろしいですか?」


 「……いいだろう」



 わたしの言葉に、暫しの沈黙の後、エドワード様が了承した。


 

 「モニカ、エドワード様からお許しが出たわ」


 「えっ」



 ずっと蚊帳の外にいたモニカは、突然呼ばれたことに驚いていた。

 しかし、わたしは続けて言う。



 「貴方の大切な人達を殺した相手よ? 憎いでしょ」


 「……はい」



 モニカは、ふらふらと揺れながら歩き、ミハエル神父の前に立った。

 その手には、わたしが渡したナイフが握られている。



 「……私が誰か知っていますか?」


 「知らんな」



 ここに来て、何故か強気な態度でミハエル神父はモニカを見つめた。



 「無実の罪を着せられ、貴方に襲撃されたアントルーネ男爵家の娘です」


 「アントルーネ男爵家? ああ、覚えている。国王への忠誠だのなんだのと、世迷言を言って王都教会への寄付せず、あまつさえ告発までしようとした。……だから罪を着せ、忠誠とやらを誓っている国王の反逆者としたまま殺してやった」


 

 極限状態でこそ、人は本性を曝け出し、重要な機密を喋る。

 モニカに復讐を許可したのは、情報を吐きださせるためだ。

 

 先程とは打って変わって挑発的なミハエル神父の物言い。

 自棄になったのか……それとも、まだ何か隠し玉があるのか……。

 


 「この……人でなしが……!!」



 激昂するモニカ。


 両手で掴んだナイフを振りかぶり、そのまま一直線にミハエル神父に振り下ろす。








 「……何故、殺さない。まさか、人を殺せないとでも言うのか?」


 

 ナイフはミハエル神父に触れるギリギリで止められていた。

 モニカの手は震えているが、俯いているため、表情は見えない。



 「……両親を兄を、アントルーネ家に住む皆を殺した貴方が私は憎い!!……だけど、それ以上に……守れなかった、私が……何よりも、誰よりも憎い。貴方を殺したところで、ただの私腹を肥やした神父が殺されるだけ。それは……私の……アントルーネ家の復讐じゃない!!」



 モニカはナイフを床に投げ捨てた。


 カランとナイフが壁に当たり、虚しく音を鳴らす。



 「……はっ、馬鹿な娘だ」



 モニカを挑発するミハエル神父。


 しかし顔を上げたモニカは、嘲笑うかのようにミハエル神父を見下ろしていた。



 「父と兄は、最後まで貴族たろうとしていた。それならば私も、アントルーネ男爵家の娘としての義務を果たさなくてはならない。私情で貴方を殺したりしません。だから――」



 そう言ってモニカは、わたしとエドワード様へ跪く。



 「第二王子殿下、どうか……この男に国の法に基づく裁きをお願い致します」


 「……其方の願いは聞き届けた」



 モニカの懇願を、エドワード様は受け入れた。

 そしてそれを聞いたモニカの顔は、少しだけ穏やかな顔をしていた。


 モニカの心に憎しみが消えた訳ではない。

 けれどモニカは、一個人として復讐するのではなく、ローランズ貴族として、国の判断に任せることにしたのだ。



 「ありがとうございます。そして……ジュリアンナ様」



 続いてモニカがわたしを真剣な目で射抜く。



 「何かしら?」


 「私の力では、この男に復讐を遂げることが出来ません。……ですから、どうかお願いいたします」


 「……いいでしょう。貴女は貴族の義務を果たしましたからね」


 「もちろんです。それに、私がミハエル神父を殺していたら、見限っていたでしょう?」


 「……わたしのことを良く理解しているようね、モニカ」



 そしてわたしは、モニカに微笑みかける。


 復讐と言っても、ただ殺せばいいだけではない。

 そんな事で済むのならば、マクミラン公爵は既に死んでいるだろう。


 わたしたちは貴族だ。貴族は国を支えるために存在する。

 故に、この国のルールを守らねばならない。

 どれほど憎んでいても、私情を優先させて人を殺してはならない。


 そして貴族を捌くことが出来るのは国――王族だけだ。


 

 「エドワード様。ミハエル神父の処遇について、少々意見してもよろしいですか?」


 「話せ、ジュリアンナ」



 わたしは軽く頷き、エドワード様の蒼い瞳を真っ直ぐに見る。



 「彼の残した資産を、すべて腐敗した王都教会を立て直す資金にして欲しいのです」


 「ふむ……それだけか?」


 「現職の神父をすべて一掃し、後任の神父には、ぜひミハエル神父の元にいた者たちを任命して下さい」


 「サバトに積極的に関わっていた男に仕えていた者たちで大丈夫なのか?」



 エドワード様の懸念は尤もだ。

 しかし、わたしは笑みを深めて肯定した。



 「大丈夫です。この男は、疑り深く、傍に置いていたのは善良なる人間のみ。さらに、その者たちを知らず知らずの内に悪事に加担させて、出世の道を阻みながら愉悦を味わっていました。ある意味、人を見る目はあるかと存じます」


 「それは面白いな。すぐに神父にすると断言はできないが、次の神父候補として審査対象に入れることは約束しよう」


 「ありがとうございます」



 ミハエル神父の方を見ると、怒りで身を震わせていた。


 ミハエル神父のことは、サバトの重要人物として徹底的に調べた。

 その際に浮かびあがって来たのは、ミハエル神父は善人と金に異常な執着があるということだ。

 だから、今回のエドワード様の決定は、彼にとって最悪のもの。


 これがミハエル神父に対する復讐。

 彼にとって一番大事なものを一番嫌いな人達のために使う。

 なんと皮肉なことか。


 情報は粗方調べ上げているとはいえ、重要参考人だ。

 ミハエル神父は国が捌くべき罪人。

 アルフレッドが満足するかは分からないが、これがわたしがニーナやモニカ、そしてアルフレッドにしてあげられることでしょう。



 「私の金が……金が……」



 ぶつぶつと不気味に呟くミハエル神父に、わたしは宥めるように言葉をかける。



 「安心なさい。貴方のお金だけではなく、家や金品など、持ちうるすべての資産を使って王都教会を復興させます」


 「さすがは第一神父は慈悲深い……いや、元第一神父だな」



 皮肉を言うわたしとエドワード様に、ミハエル神父は怒りを爆発させた。



 「許さんぞ、そんなことは許さん! 笑っていられるのも今の内だ……破滅するのは貴様た――」



 叫ぶミハエル神父をキール団長が気絶させた。


 それを見て、わたしは張りつけていた笑みを消し、エドワード様を見る。



 「地下に近衛騎士であるアルフレッド・マーシャルが捉えられていました。現在は医師を着けております」


 「そうか。ヴィンセントが王都教会の制圧に動いている。見つけ次第、保護するだろう」


 「安心いたしました」



 ヴィンセントが来ているのならば、安心だ。

 

 あの子はわたしのように、無茶はしないもの。



 「ジュリアンナ、先程の第一神父の物言い……気になるな」



 エドワード様の問いに、わたしも同意を示して頷く。



 「極限状態なのに、どこか余裕を感じました。破滅するのは、わたしたちであると主張していましたし……」




 「……ふ、ふふ、ふははははははははははははははは」



 突然、耳を(つんざ)くような、狂った叫び声のような笑いが聞こえた。

 その声が聞こえる方向を向くと、マクミラン公爵がナイフを首に突きつけられながらも、心底愉快だという顔をしていた。



 「ミハエルが言ったように、終わりなのはお前たちだ。何故なら――国王と第三王子は死に、我らの王が立つのだから」



 マクミラン公爵は凶悪に、底知れぬ笑みを深めた。




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