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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
45/150

44話 突入

 わたしたちはサバトに乗り込むために地下牢を出て、王都教会の裏庭にある物置へ向かった。

 消灯時刻を過ぎているためか、誰にも会う事なく物置へ着いた。


 人通りの少ない道を徹底的に調べ上げたのも、誰にも会わずに済んだ大きな要因でしょうね。


 音をたてないように細心の注意を払いながら、物置の扉を開けた。



 「ゴホッ。埃っぽいですね……」



 咳き込みながらモニカが苦しそうに言った。



 「これでも大分マシになったのよ? 最初はカビ臭くて、埃の絨毯が広がっていたんだから」



 この納屋は、以前サバトに潜入した際に偶然見つけた、忘れられた隠し通路のある物置だ。

 あの時は酷い有様だったが、隠れて空気の入れ替えをしたり、掃除をしたりしたので、綺麗とは言わないが、少なくとも歩いただけで服が灰色になることは無くなった。



 「モニカ、ジャン、武器は扱えるかしら?」


 

 わたしは物置の中にある箱を漁りながら、二人に問いかけた。


 

 「私は短剣を少しだけなら扱えます」


 「自分は扱えないっす。でも、麻痺薬と毒薬、それに睡眠薬は持ってるっす」


 「そう……モニカはこの短剣を使って。ジャンはこれね」



 モニカには初心者でも扱いやすい癖のない短剣を、ジャンには細見の長剣を渡した。


 

 「自分じゃ、こんな立派な剣を扱えないっす!!」



 慌てた様子で剣を受け取ったジャン。

 わたしはそれを無視して続けてジャンに革製の剣帯を強引に押し付ける。



 「扱えない事は知っています。これはわたしが使用します。貴族夫人が帯剣していたらおかしいでしょう? だから、貴方がわたしの代わりに持っていて」


 「あの、ジュリアンナ様……貴族夫人って……?」



 困惑するジャンとモニカにわたしは微笑み、武器の入っていた木箱とは違う、蓋付きの重厚な箱を開ける。

 そして中から上質な素材で作られた喪服とベール、そして黒髪の鬘を取り出した。



 「親子ほどに歳の離れた男と結婚し、そして死に別れた20歳の未亡人。彼女は男から得た遺産を使い、刹那的な生活を送る。そして、彼女は更なる刺激を求め、マクミラン公爵に接近し、王都教会の支援者となった。……それが、わたしの演じるカルディア・レミントン前男爵夫人の設定よ」


 「ジュリアンナ様は……貴族としても王都教会の情報を探っていたのですか?」


 「そうよ。色々な側面から見てこそ、情報は集まる。エレンの視点だけじゃ不十分だわ。それに……その方が面白いでしょ?」



 二人は絶句した。

 折角、王都教会という命がけの舞台で演じるのだから、面白い方がいいに決まっている。


 それに現場の判断は全てわたしに一任すると、エドワード様の手駒になることを承諾した時に言質を取ってある。

 だから、エドワード様にカルディアを演じていることを報告しなかった。


 エドワード様に渡した情報はエレンとして調べたことだけ。

 カルディアの姿で得た情報は、わたしの……ルイス家の切り札だ。



 ルイス家は獅子の紋章を持つ一族。

 愛しい者を殺し、誇りを傷つけた者を決して許さない。

 獰猛な本性と強い力を隠し、必ず報復を遂げる。

 それを邪魔する者は誰であろうと容赦はしない。

 

 

 ……エドワード様。貴方が、わたしたちが牙を剥く判断だけはしないことを祈っております。



 

 わたしは蠱惑的な笑みを浮かべ、カルディアになった――――















 物置から隠し通路に入ったわたしたちは、通路を進んでいた。



 「あの……こんなに堂々として大丈夫なんすかね?」


 「ジュリアンナ様、危険なんじゃ……」


 「モニカ、ジャン。今、貴方たちの前にいるのは、王都教会の支援者であるレミントン前男爵夫人よ? だから恐れる必要などないわ。そんなことでは、サバトの会場に着くまでに死ぬわよ?」



 わたしの言葉に、顔を引き締める二人。


 そして更に通路を進み、サバト会場の近くへ行くと、何やら騒がしい声が聞こえた。



 「全員、公爵閣下の元へ急げ! 逃げ出した貴族のことは後回しでいい!」




 白い仮面を着けた者たちが、忙しく動き回る。

 大半の者は、サバト会場へ向かったようだ。



 ……やはり、エドワード様は動いたのね。果たして、わたしが此処に来たタイミングは良かったのか、悪かったのか。



 わたしが思考に耽っていると、指示を出していた白仮面の男がわたしたちに気づいた。

 そして共を1人つけて、わたしたちの所へ来た。


 モニカとジャンは、顔には出していないが、緊張を強めている。



 「これはこれは、レミントン前男爵夫人ではないですか。今宵はサバトに参加する予定で?」



 どうやら、わたしと彼は面識があるらしい。


 ……皆、白い仮面を着けていて個人が特定できないのよね。


 面倒に思いながらも、わたしはカルディアとして対応する。



 「公爵に聞いていなかったかい? 今日、お邪魔すると伝えておいたんだが」


 「申し訳ありません。今宵のサバトは、不測の事態が起こったため、中止となりました」


 「そうだろうね。先程の白仮面たちの焦りようを見れば一目瞭然だ」


 「見苦しいものをお見せいたしました」


 「なかなか面白いものが見れたからね。私は気にしていない」


 「ところで、後ろにいる二人ですが……仮面を着けていないようで?」



 明らかに訝しんでいる男たちに、わたしはカルディアらしく、妖艶に微笑む。


 男たちがその笑みに気を取られた瞬間――わたしは床を蹴りだした。指示を出していた男ではなく、共の男へと間合いを詰める。



 「なにっ」



 貴族相手に剣を抜くのを躊躇っていたためか、共の男は反応が遅れた。

 急いで腰にさしていた剣へと手を伸ばすが遅い。


 わたしは無防備な腹に膝蹴りを叩きこむ。



 「がふぁっ」



 咳き込む共の男へ、続けて首に手刀をお見舞いし、気絶させる。

 そして、護衛が倒された事で狼狽している男の顎を下から殴りつけ、脳震盪を起こさせる。

 床に倒れ込む二人を見下ろしながら、わたしはジャンに指示を出した。



 「念のため、睡眠薬か麻痺薬を嗅がせておきなさい」


 「りょ、了解っす!!」



 焦りながらも、男たちにジャンは薬を嗅がせていた。

 わたしは乱れた喪服を整える。すると、モニカが呆れたように声をかけてきた。



 「強いですね、ジュリアンナ様……」


 「ローランズ王国一の武門の家系であるオルコット公爵家で鍛えましたから。騎士団入団程度の実力はあるわね」


 「何故、地下牢に囚われていたんです?」


 「それはもちろん、わたし程度では足元にも及ばない化け物がいたからに決まっているじゃない」


 「なっ……」


 「これから向かう場所に、その化け物は絶対にいるわ。だから言ったでしょう? 自分の手で復讐を遂げる覚悟があるかって。自分の命が尽きるまで、その覚悟を持ち続けられる?」



 一瞬驚いたモニカだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。



 「私の覚悟を甘く見ないで下さい」



 モニカの覚悟は本物ね。

  

 わたしは素直に謝罪する。



 「そう。疑って悪かったわ」


 「いいえ。ジュリアンナ様がお疑いになるのも無理がありません」






 薬を嗅がせ終わったのか、サバト会場の扉の前に立っている、わたしとモニカの元へジャンが駆け寄って来た。



 「遅くなったっす!」


 「大丈夫よ」


 「後これ、白い仮面っす。着けた方が怪しまれないっすかね?」


 「そうね。丁度、2つあることだし、モニカとジャンは白仮面を着けて、わたしの後に控えていて。」


 「「はいっ」」



 扉の奥からは、金属を打ち付けあう音が聞こえる。



 「どうしましょうか、ジュリアンナ様」



 既に戦いが始まっているようね。

 そんな場面にコソコソと侵入しても、目立つだけだわ……主にカルディア(わたし)が。



 「勢いよく行きましょう」


 「え!? それは危険だと思うっす……」


 「早まらないで下さい、ジュリアンナ様!」


 

 わたしは2人を無視して、扉を勢いよく開け放つ。



 「どうにでもなれっす……」


 「平常心、平常心……」



 ブツブツと小声で何かを喋っている二人を無視して、わたしはサバト会場を見る。

 広がる光景を見て薄く笑いながら、わたしはカルディアとして感想を言う。


 

 「おやおや。これはとっても愉快な事になっているね?」





 会場はまさに、修羅場と化していた。




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