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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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43話 最後の舞台へ

 アルフレッドが眠りに落ちて暫くすると、モニカがクロード医師を連れて戻って来た。

 クロード医師は、不機嫌なのを隠そうともしていない。

 

 ……平常運転で安心したわ。



 それと時間を置かずにジャンも大量の包帯と薬を持って戻って来た。




 「患者はこの男か?」


 「ええ。深く眠っていますが、ちゃんと生きていますよ」



 そう言うとクロード医師が眉間に皺を寄せながら、わたしを睨みつける。



 「本当にお前がエレンか?」


 「エレンはわたしの演じていた姿です。今のわたしが本当のわたしです。どうぞ、ジュリアンナとお呼び下さい」


 「……私は医師として、怪我人を診察しにきた。ジュリアンナ、手伝いを頼む」


 「心得ました」



 わたしは見習い看護師のエレンを演じていた時のように、自然な動作でクロード医師の補助に入る。

 時折アルフレッドの姿勢を変えたりするが、本人は起きる気配がない。

 

 

 「体の怪我以外は、軽度の栄養失調と脱水症状だな。とりあえず、死ぬことはないだろう」


 「ありがとうございます」



 わたしはお礼を言うとアルフレッドに巻くため、ジャンの持って来た包帯に手を伸ばす。

 


 「包帯を巻くのは、そっちの見習いにやらせておけ」


 「は、はい。分かりました!」



 急に話しかけられたモニカは、機嫌の悪いクロード医師に脅えつつ、アルフレッドに包帯を巻き始めた。


 その様子をぽかんと見ていると、クロード医師は苛立ちを隠さない声で命令する。



 「お前はこっちだ。まったく、怪我人が怪我人を手当してどうする……!」


 「も、申し訳ありません」



 わたしは腕を強引に取られ、手枷によって鬱血した両手首を診察された。

 


 「骨には異常はないな。他に怪我をしたところは?」


 「ありません」


 「嘘を吐くな」



 ……わたしの演技を見破るなんて、すごいわね。



 わたしは観念し、クロード医師に背を向け、修道服を脱ぐ。

 そして紅焔の狼に蹴られた背中を見せる。



 「……内出血が酷いな。骨には異常がないみたいだが。仮にも女相手に容赦がないな」


 「これでも手加減されたと思います」



 相手は歴戦の傭兵。殺そうと思えば、一瞬でわたしを殺せた相手。

 この程度の怪我で済んだなら僥倖だろう。



 「……お前が何者で、何をしようとしているのかは聞かん。私にとっては平等に患者だからな。だが、命は大切にしろ」


 「そうですね――っひゃぁ」



 突然背中にひんやりとしたものが塗られた。

 塗り薬でしょうけど……予告ぐらいして欲しかったわ!


 

 薬が塗り終わるのが終わるのを待つ間、わたしは自分の手首に包帯を巻きつける。


 ……包帯を巻くのも慣れたわね。



 エレンを演じることはもうないけれど、わたしの中にはエレンとして積み上げた経験が残っている。

 ……エレンとして生きれて、良かったわ。

 少し寂しく思いつつ、わたしは修道服を着直す。



 「夜に呼び出すのはこれっきりにして欲しいな」



 憎まれ口を叩きながらも、アルフレッドの様子に気を配るクロード医師に、わたしは苦笑する。

 ……不器用で優しい人ね。


 わたしはクロード医師に最大限の感謝を込めて微笑む。


 

 「ありがとうございました、クロード医師」


 「終わったなら、早く何所かに行け」


 「クロード先生とアルフレッドさんも一緒にここから出るべきでは?」



 モニカが怪訝そうに問いかける。


 するとクロード医師が呆れたように返答した。



 「存在が周知されていない地下牢に来たんだ。見つかったら、私はただでは済まないだろう。だから、ここに居るのも、出るのも同じだ。それならば、最後まで私は患者の治療を優先する」


 「それでは……クロード先生が」


 「大丈夫よ、モニカ。今日で……いいえ、今夜で全てが終わるから」



 わたしの言葉にモニカが息を呑む。

 モニカの後に控えているジャンを緊張した面持ちだ。


 エドワード様なら、きっと――いいえ、絶対に今日、王都教会に乗り込むはず。

 わたしの中には確信めいた思いがあった。


 わたしはモニカの目を真っ直ぐに見つめる。



 「モニカ、貴女は復讐を自分の手で遂げる覚悟はある……?」



 暫しの沈黙の後、モニカがわたしの目をシッカリと見据えて、覚悟を言葉にする。



 「あります。それが……死んでいったアントルーネ男爵家の人達へ、私……モニカ・アントルーネが出来る唯一の事ですから。たとえ死が待っていようとも、私は諦めません」


 「じ、自分も、モニカお嬢様について行くっす! アントルーネ男爵家が無くなった時に、モニカお嬢様の傍にずっといると誓いましたから」



 モニカの宣言に続き、ジャンも己の覚悟を言葉にした。


 わたしも、お父様に与えられたであろう役目を終えなければ……すべては、悲願の成就のために。



 「クロード医師、もしも此処に金髪碧眼の世界で一番素敵な青年が来たら、ジュリアンナが保護しろと言っていたと伝えて下さい」


 「お、おう。何か知らんが、分かった……」



 何故か引きつった目でわたしを見るクロード医師。

 どうしたのかしら?



 「金髪碧眼の世界で一番素敵な青年って誰ですか?」


 「わたしの弟よ」


 

 モニカの質問に、わたしは即答した。



 「……ジュリアンナ様は、ブラコンだったんすね」


 「こらっ、ジャン!」


 

 わたしは勝ち誇った笑みを浮かべる。



 「弟が大好きで何が悪いの? あの子ほど、姉思いで優しくて気遣いできて、素敵な弟はいないわ。断言できるもの」


 「ジュリアンナ様の意外な欠点を見つけました……」


 「モニカお嬢様も余計な事は言っちゃだめっすよ……」


 「さて、無駄話は終わりよ」



 わたしの一言でモニカとジャンが黙り、わたしに視線を向ける。





 「悲願を遂げに行きましょうか。サバトに乗り込むわよ」


 「「はいっ」」



 わたしたちは覚悟を胸に、地下牢を出た。









区切りが悪いので、今日は短めです。

次回で40話に追いつく……はず。


早めに更新するつもりです。お待ちください。


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