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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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42話 復讐者の後悔

 「アンタは一体……」


 「詳しい話は、その酷い怪我を手当してからにしましょう」



 アルフレッドに絡みつく鎖と枷をモニカと共に外し、倒れ込むアルフレッドをジャンが支えた。



 「看守部屋にベッドがあったと思うっす」


 「とりあえず、看守部屋に行きましょうか」



 ジャンがアルフレッドの右側に回り込み身体を支える。

 それだけでは不十分なので左側に回り込もうとすると、モニカに手で制された。



 「ジュリアンナ様も怪我人です。私が彼を支えましょう」


 「ありがとう、モニカ」



 アルフレッドを左側からモニカが支え、看守部屋に向かう。




 看守部屋は特別豪華な部屋という訳ではなかったが、牢の中とは比べられないほど清潔な場所だった。

 アルフレッドを一人用であろうベッド寝かせる。



 「栄養剤っす。固形物は体が受け付けないかもしれないんで、コレを飲んでくださいっす」



 そう言ってジャンは深緑色の怪しげな液体の入った瓶を取り出した。

 アルフレッドは、顔を顰めている。


 ……見るからに不味そうだものね。


 アルフレッドは暫し葛藤しながらも、諦めた様子で頷いた。


 ジャンが丁重な動作で少しずつ栄養剤をアルフレッドに飲ませる。

 その間にわたしとモニカは看守部屋を漁り、使える物を探す。



 「成人男性用の衣服に布を見つけました」


 「こっちは、保存食を見つけたわ」


 「先に身体を拭くべきでしょうか?」


 「そうね。ジャン、消毒液は持って来ているかしら?」


 「持ってますが……正直、心もとないっす。それに俺は医師ではないので……アルフレッドさんの診察は出来ないっす。役立たずですんません」



 暗い顔で言ったジャンに苦笑しつつ、部屋に備え付けられた柱時計に目をやる。


 時刻は21時ね。もう、通常業務は終わっている時間だわ。



 「ジャン、貴方は役立たずなどではないわ。自分を無暗に卑下するものではありません。それとも、遠回しに貴方を評価しているわたしを無能者と言っているのかしら?」


 「そ、そんなこと思っていないっす!!」



 両手を振り回しながら、必死にジャンは否定した。


 ……なかなか、面白い人ね。


 

 「そういうことにしておきましょう。それで、モニカ、ジャン。貴方達は此処から出ても怪しまれないかしら?」


 「大丈夫です。実は……ジュリアンナ様が連れ去られた後、ミリアと話をしたんです。そこで、私がジュリアンナ様と共犯関係にある事を話しました。申し訳ありません」


 「いいわ。続けて」


 「はい。ミリアは、私がジュリアンナ様の囚われていた場所を探す際、マーサ寮長などに気取られないように協力してくれました。王都教会が何か良くない事をしている事は薄々感じていたようです。ですから、私は復讐者ではなく、ただの見習い看護師と認識されています」


 「ミリアは、噂に敏感な子だったものね……。モニカ、クロード医師を呼んできてくれるかしら? あの人なら、医師として信頼できます」


 「かしこまりました」


 「それとジャン。足りない分の薬を持って来てくれる?」


 「寮室に備蓄があるんで取って来るっす!」


 「二人ともお願いね。わたしは此処でアルフレッドの手当をします」



 モニカとジャンは看守部屋を出て行く。


 看守部屋には簡易キッチンが備え付けられており、水道も通っている。

 わたしは水をくみ上げ、モニカが見つけた布を切り裂く。

 


 「……あの二人を出て行かせたな?」


 「そうね。貴方にお話しがあるもの」


 「何故、アンタのような大物がここに居る。ジュリアンナ・ルイス侯爵令嬢」


 「あら、わたしのことを知っていたの?」


 「アンタを知らない貴族なんていないさ。それにその瞳の色を見れば、本人だと直ぐに分かる」


 「そう。でも、瞳の色だって変えられるのよ?」


 「そんなわけ――いっ」



 水を含ませた布をアルフレッドの腕に当てると、痛みで顔を歪ませた。



 「沁みる? でも我慢なさい。消毒する時の方がもっと痛いから」


 「嫌なこと言うな……優しく穏やかな令嬢っていう噂は嘘だったか」


 「わたしのことを言う前に、騎士らしい言葉づかいをしたら?」


 「仕事でもないのに、そんな面倒な事していられるか」


 「わたしも同じよ」



 わたしはアルフレッドの身体を拭きながら本題に入る。



 「貴方の妹……ニーナの死ぬところを見たわ」


 「……詳しく聞かせてくれ」


 「王都教会で行われているサバトで、9人の子供たちが殺される様を見せられた後、第一神父によって恐怖の感情を宿したまま……槍で串刺しにされたわ」


 「……まだ隠していることがあるだろう?」



 途中で言いよどんだわたしを不審に思ったのか、アルフレッドが追及する。



 「……ニーナは死ぬ前に『アル兄様助けて』と言っていた」


 「そうか」



 無表情を取り繕うアルフレッドだったが、噛み締めた唇から血が流れていた。

 わたしはそれを手にしている布で拭う。



 「わたしは、あの子たちの死を見ていることしか出来なかった。力不足でごめんなさい」


 「……力不足なのは俺の方だ。気づいた時には、妹は事故死したことにされて、王都教会に売られていた。金に目が眩んだ両親の凶行に気づく事が出来なかった。妹を守ることが出来なかった……」


 

 涙を流すアルフレッド。己の無力を痛感しているのだろう。

 安易に「貴方は悪くない」なんて都合のいい言葉を、わたしはアルフレッドに言わなかった。


 だって、自分に力があれば回避できたかもしれないことだもの。

 あの時こうすれば良かった。自分に力さえあれば。

 復讐者は、皆、後悔をし続けている。

 そして時には、復讐相手以上に自分を憎むのだ。



 「ニーナは、貴方が大好きだったんでしょうね。最期に呼ぶ名前は特別だもの。貴方が王都教会に捕まったという話を聞いた時、ニーナの最愛の人だから助けようと思ったの。ニーナを助けることが出来なかった、わたしのただの自己満足。……そしてわたしは、貴方にニーナを盾に生きることを強要している」



 騎士団授与式でコーネリアから聞いた、妹の復讐のために王都教会へ潜入した可哀相な騎士の話が、アルフレッドの事だと確信したわたしは、カルディアとしてマクミラン公爵に接近した。

 そして自分の情報を流し、捕まえさせるように誘導した。


 本当なら、アルフレッドが囚われている場所まで行ったら、わたしを捕まえに来た人たちを倒して、アルフレッドを助ける計画だった。

 しかし、わたしを捕えに来たのは、紅焔の狼とマーサ。

 わたしの計画は見事に狂い、呆気なく囚われたのだ。


 ……我ながら、侯爵令嬢の自覚のない、ずさんな計画ね。

 


 アルフレッドのことは無視するのが正解だったはずなのに、自ら危険に突っ込むなど、愚行としか言いようがない。

 わたしは、周りの者が言うほど優秀ではない。こんなにも、愚かな人間なのだから。



 「……ニーナは、俺が死ぬのを許してくれないのか。たとえ、ニーナを売った両親と殺した神父に復讐を遂げたとしても」


 「わたしは、ニーナのことを知らないわ。ねえ、アルフレッド。貴方の知るニーナは、兄の死を望む子だったかしら」


 「……望まない。だが、奴らを許し……生きることも出来ない!」


 「残念だけど、貴方の力では復讐を遂げることは出来ないわ。それならば……わたしに、その復讐を預けてくれる?」



 そう言うと、アルフレッドは驚いた顔でわたしを見た。



 「わたしは、王家の三柱の貴族。だから、貴方の望むようなやり方ではないかもしれない。だけど……必ず悪魔たちを地獄に落とすと誓うわ。そのために、7年間……わたしは生きてきた」


 「本当に……ニーナの仇をとってくれるのか?」


 「この命に賭けても、必ず」



 わたしはアルフレッドの瞳を見据え、凛然と誓う。



 「そうか、ありがとう……」



 そう呟き、アルフレッドは意識を手放した。

 ぐったりと横たわるアルフレッドの呼吸が規則的に行われているのを確認し、安堵する。


 これだけの怪我をして、意識を保っていた方がおかしい。

 アルフレッドの心と身体は休息を欲していたが、完全にわたしたちを信用出来ない状態だったので、必死に意識を持ち続けていたのだろう。



 「……頑張ったわね。今はゆっくり身体を休めなさい」



 眠るアルフレッドにそっと声をかけ、わたしは手当を再開した。






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