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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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39話 囚われの侯爵令嬢

 わたしは、白の寮をサムさんに引きずられるように後にした。

 白の寮を出た後、目隠しをされ真っ暗な視界のまま何所かじめじめと湿度の高い場所へ連れて行かれた。

 

 ……牢屋、でしょうね。



 「着いたぞ」



 サムさんの短い一言と同時に、わたしは目隠しを外される。

 目を開けると、そこは予想通りの薄暗い牢屋だった。

 壁は古いレンガ造りで、まだ建てかえて数年しか経っていないはずの王都教会とは思えない古さだ。

 わたしが以前サムさんから逃げ出すために利用した古い隠し通路や、王都教会内にある一部古い廊下などから考えるに、前王都教会の建物が残っているらしい。


 意図的に残したと考えるべきね。

 

 もしかしたらサバトを行いやすくするために王都教会を立て直したのかもしれない。

 サバトに参加した貴族たちの存在を、王都教会で普通に働く人々が知らないのも説明がつく。

 見取り図なんかも、おそらく出鱈目なものが王家に提出されているだろう。



 

 考え事をしていると、ずっと黙っていたマーサが嘲笑うかのようにわたしを見てきた。



 「純粋でお馬鹿なフリして、ダチまで騙していたなんて……お前、女狐だな」



 明らかに馬鹿にした声に、わたしは思わず笑ってしまった。



 「ふっふふ。奇遇ですね。わたしも、女狐だなと思っていました」


 「お前、アタシを馬鹿にしてんのか?」


 「馬鹿になどしていません。でも、王都教会がチラつかせる金という餌のために、看護師たちを探り情報を流す、そんな飼い主に喜んで尻尾を振る貴女は……わたしが女狐なら、マーサは雌犬ですね」


 「この女ぁ!!」



 バシッと頬を叩かれる音がしたかと思うと、右頬がジンジンと痛み出す。それと同時に口の中が切れたのか、血の味がした。


 それでも、わたしは挑発するように笑う。


 ここで屈するようならば、価値のない罪人として簡単に殺されてしまうだろう。

 


 「お前貴族なのか?」


 

 未だに騒ぐマーサを無視して、サムさんがわたしに問いかける。



 「さあ? どうでしょう」


 「諜報員ってのは自分を隠すのが上手いからな。まあ、取り調べは俺の仕事じゃない。数日は忙しいから出来ねーから、しばらくお前は此処で拘束する」


 「承知しました」


 「おい、サム!! こんな女、殺しちまっていいだろ!!」


 

 声を荒げるマーサをサムさんが冷たく睨む。



 「情報通りなら、こいつは第二王子子飼いの諜報員だ。重要な情報を知っている可能性が高い。本当なら直ぐにでも情報を聞き出したいが、専門のヤツは出払っているし、何より今は何所も人手が足りない状態だ。取り調べをしている暇はない」


 「そんなの、武器で脅せばいいだろ!」


 「それで嘘の情報を吐かれて、上が混乱したら、この女の思う壺だ。それにこの女は、第二王子に忠誠を誓っている訳じゃないらしい。忠誠を誓っていたら、俺らに捕まった時に舌噛んで死んでるだろうしな。となると、この女は条件次第ではこちらに情報を渡すつもりだ」


 「チッ」


 「余計な事をするなよ、マーサ」


 「わーってるよ!!」



 最後にキッとわたしを睨みつけ、マーサは牢屋を出て行った。


 それを一瞥することもなく、サムさんはわたしの手足に枷をはめた。

 わたしは両手両足を拘束され、上手く身体が支えられないわたしは、床に転がった。

 サムさんは、わたしを見下ろすと、満足そうな顔をしていた。



 「これで今日の仕事は大体終わりだな。疲れたぜ」


 「それはそれはお疲れ様です。ところで、わたしの口は塞がなくてもよろしいのですか?」


 「お前はギャーギャー騒ぐタイプじゃねーだろ」


 「それは……褒められているのでしょうか?」


 「どうだろうな。それとコッチからも質問なんだが、お前の名前は何だ」



 名前、ね。

 馬鹿正直に本名を名乗る訳にもいきませんし、かと言って名前を考えるのも面倒くさいわ。

 だったら――――



 「……リーアです。それがわたしの名前」


 「リーアな。覚えたぜ。そんじゃあ、2日後にまた来るからな。それまで妙な事をすんじゃねーぞ」



 重厚な鉄柵の鍵を閉め、鉄柵越しに手をヒラヒラと振りながら去るサムさん。

 それを無表情で見送り、わたしはこれからの行動について思案する。


 これからどう行動すべきか……否、これからどうなるか、ね。



 かび臭い牢屋には、どこから漏れだす規則的な水音が響くだけだった。









 




 サムは諜報員の女――リーアを拘束した後、その報告のためにマクミラン公爵の執務室に来ていた。

 マーサはいない。

 それを考えると、自分はいくらか信用されているみたいだと思った。

 執務室には公爵の他に、ミハエル神父がいた。



 「諜報員は、エレンという見習い看護師の女。今はリーアと言うらしい」


 「エレンだと……?」



 一瞬だけだが、ミハエル神父が驚いた顔をした。

 それを公爵は見逃さず、追求する。



 「知っているのか、ミハエル」


 「少々、顔を知っている程度です。公爵」



 その言葉が嘘なのはサムには分かった。

 エレンを連れて免罪符の販売を行っているのを何度も見たからだ。

 しかし、サムは何も言わない。

 それは自分に与えられた仕事ではなく、そのための報酬も貰っていないからだ。


 

 公爵はミハエル神父の言葉を信じたようだった。

 


 (この神父が疑り深い男なのは有名だからな)



 そんな男に取り入る事が出来たエレン――否、リーアはとんでもない女だとサムは思った。



 「サム。諜報員の特徴は?」


 「金髪碧眼。歳は10代後半。性別は女。顔はとびっきりの美人だった。売れば金になりそうな。それに有益な情報を持っていそうだった」


 「金髪となると、元貴族かもしれんな。まあいい。情報を引き出せるだけ引き出したら、殺せ」


 「りょーかい」



 余計な事を言わずに、サムは公爵に了承の意を伝える。

 サムと公爵は、あくまで雇用主と傭兵の関係だ。

 雇用主の命令は絶対。報酬を与えられている限りは。



 「んじゃ、今日は失礼する。サバトに備えて体力を回復させないといけねーからな」


 

 そう言って俺はマクミラン公爵の執務室を出る。



 (どうにもあの部屋は堅苦しくていけねーな)



 気分転換に酒でも飲むかと思案しながら、サムは静まり返る王都教会の廊下を歩きだした。












 どれくらいの時間が経っただろうか?

 看守と思しき男が食事を持って来たのは、2回。

 しかし、薄暗い牢屋の中では、時間の感覚が狂ってしまい分からない。



 ――コツコツ



 牢屋内に複数の人間の足音が響く。

 サバトが終わり、わたしを取り調べに来たのだろうか?


 ギュッとわたしは、目を瞑った。



 瞳の色を変える目薬の効果は、もう切れている。

 今のわたしは、サモルタ王国で信奉されている紫の瞳に戻っている。

 それを見れば、わたしが誰なのか、分かる人には分かってしまう……特にマクミラン公爵のような男には。


 これは……かなり危険な状況ね。


 リーアという名前を名乗り、エドワード様に気づいて貰おうと思ったがダメだったようだ。

 

 まあ、元々そんなに上手くいくなんて思っていませんでしたけど。



 

 足音は、わたしの牢屋の前で止まった。

 薄く目を開けると、そこにはマーサと3人の男が立っていた。



 「よう、目覚めたか。お姫様」



 厭味ったらしい口調で言いながら、わたしを見下ろすマーサ。


 どうやら、話の通じない相手が来てしまったようね。最悪だわ。



 「おはようございます。それで、わたしに何か用ですか? もう取り調べの時間で?」



 瞳を見せないようにマーサに言うと、それが気に入らなかったのか、マーサはわたしに近づき、髪を引っ張り上げた。



 「ぐうぅっ」


 「いい声で啼くじゃねーか。アタシを馬鹿にした償いをしてもらうからな」



 マーサがそう言うと、後ろに居た男たちが下卑た視線をわたしに向けた。


 ……そういうことね。


 わたしが思い浮かんだ、おぞましい光景はおそらく正解だろう。



 「サムさんは、わたしを取り調べると言っていたわ。これが取り調べ? 素人相手に、このわたしが話すとでも思っているのかしら?」


 「何とでも言いな。お前を殺せって神父から命令が来てんだよ」



 神父――おそらく、ミハエル神父のことだろう。

 わたしに余計な事を喋らせる前に独断で始末しようって事かしら?

 よほど自分の身が可愛いのね。



 ボーっと考えていると、いつの間にか足にはめられていた枷が外された。



 「足が開けねーと、ヤレるもんもヤレねーからな」


 「下品ね」


 「うるせー!!」



 マーサがわたしの髪を掴んだまま、力任せに壁に叩きつけた。

 手にいまだ着けられている鉄製の枷で衝撃を受け止めたため、大きな怪我にはならなかった。


 手首から血は出たけど。


 血が腕を伝って気持ち悪い。

 そう思って顔を顰め、俯いていると、泣いていると勘違いしたのか、マーサが高らかに笑い出した。



 「あっははは!! ここでお前が犯される所を見ていてやるよ、女狐」



 鼻息の荒い男たちがわたしに近づく。



 「最悪の状況ね」



 わたしは覚悟を決め、男たちを紫の瞳で睨みつけた。




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