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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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34話 戦場に咲く華

 騎士団授与式が終わり、王宮内は色とりどりの盛装をした紳士淑女で溢れかえっていた。

 この後行われる夜会に参加するためである。

 夜会の方が騎士団授与式よりも重要だと思っている貴族も多いだろう。


 それもそのはず、夜会では様々な情報が飛び交う。

 貴族にとって情報は武器だ。故に夜会は戦場である。

 魑魅魍魎が跋扈するこの場所で上手く立ち回れるかどうかで、家の未来が左右されるのだ。



 「ヴィンセント、騎士団授与式での姿は立派だったわ!」


 「ありがとう。姉さんは今日もとっても綺麗だ」


 「変じゃないかしら?」



 いつもとは違う胸元が開けたデザインなので、令嬢が露出する事が嫌いなヴィンセントに嫌われるのではないかと、わたしは内心ひやひやしていた。

 どうやら杞憂だったようでホッとした。



 「変じゃない。だけど……変な虫が寄ってこないか心配だ。既に銀色の鬼畜虫が姉さんの周りを飛んでいるし」


 「本人の前で言ってはダメよ?」


 「分かっているよ、姉さん」



 銀色の鬼畜虫とは、十中八九エドワード様のことだろう。


 騎士団授与式の前にエドワード様と会った事は、ヴィンセントには言わないようにしておきましょう。 この子の姉思いは時々行き過ぎる時がありますから……相手は一応この国の第一王位継承者。何かあっては此方が完全に不利です。



 ヴィンセントと並んで歩き、夜会会場の睡蓮の間へと足を踏み入れる。

 ホール内は既に多くの貴族がいたが、王族の姿はまだない。



 「王族が来るまでまだ時間がありそうね。ヴィー、二手に別れましょう」


 「でも姉さんを一人にする訳には……」


 「わたしはこれでも社交界の華と呼ばれているのよ? 夜会での振る舞いをしくじる事はないから大丈夫。それよりも今は、この時間を情報収集にあてる方が有意義だわ」


 「……分かったよ、姉さん。でも忘れないでね、男は全員オオカミだから」


 「はいはい。もう、心配性なんだから」



 心配性なヴィンセントと別れ、わたしは情報収集に向かう事にした。

 家の者に社交界の事を調べさせたとは言え、王都教会に潜入していたわたしは、完全に社交界の情報を把握しきれていないだろう。



 まあ、今一番の話題は第一王子殿下ダグラス様とマクミラン公爵令嬢イザベラ様の婚約でしょうけど。



 国王派と教会派がこの婚約により、本格的に王位争いをするのは明白。

 国内は荒れるでしょうね。

 そして勝ち組になりたい貴族たちは、冷静に虎視眈々と機会を窺っている。



 おそらく、最も貴族たちが知りたい情報は、わたしの結婚相手について。


 わたしが誰と結婚するかで、国内の情勢は大きく変わる。

 


 一人になったわたしに不躾な視線を送る貴族たちに内心呆れながら、わたしは情報収集をするために戦友たちを探す事にした。



 社交界は一人では生き残る事はできない。特に女性は尚の事。

 だから女性たちは政治派閥とは違うコミュニティーを作る。

 それは高位の令嬢を筆頭とした派閥であり、主に世代で分けられる。

 派閥では、トップの令嬢が派閥内の令嬢たちを理不尽な権力から守り、他の派閥内の取り巻きである令嬢は様々な形で派閥に貢献するのだ。

 故に所属している派閥の質が、令嬢の価値を表す。


 ひとつの醜聞が命取りになる社交界での女性派閥の結束は固く、戦友とも呼べる間柄だ。

 そして王家の三柱、ルイス侯爵家令嬢のわたしも派閥のトップである。


 わたしは、辺りを見回して自分の派閥仲間を探す。

 そしてホールの奥にストロベリーブロンドの少女と、それに絡んでいる今噂の人であるイザベラを見つけた。


 わたしはそこに近づいた。



 「よくも、わたくしの前に姿を現せたわね。母親が子爵令嬢の貴女如きと、わたくしが同じ公爵令嬢だなんて虫唾が走るわ」


 「そうですか。それはお大事に、イザベラ様」



 自分より明らかに年下の令嬢に、当り散らすイザベラ。

 相手の令嬢は、それを真に受けることなく流している。

 そしてその態度が気に入らないイザベラは、また令嬢に文句を言う――見事な悪循環だ。


 おそらくイザベラは、第一王子との婚約にご立腹なのだろう。

 イザベラがエドワード様を狙っているのは周知の事実でしたし。



 まったく……どちらが年上なんだか。

 呆れつつも、ストロベリーブロンドの少女はわたしの派閥仲間であり、身内なので助ける事にした。



 「ごきげんよう、イザベラ様、リリー」


 「アンナ姉様!」


 「ジュリアンナ様……」



 わたしの姿を見た瞬間、イザベラは嫌な顔をした。 

 イザベラの後には、彼女の取り巻きである令嬢がいたが、わたしは彼女たちを無視してイザベラにのみ視線を向ける。


 ちなみに、絡まれていた令嬢であるリリーことリリアンヌ・オルコット公爵令嬢は、嬉々とした顔でわたしの後ろに迷わず隠れた。


 リリーは、わたしの歳の離れた従兄妹であるライナスの娘だ。

 名前は、わたしと姉妹のような関係になれるようにと、ジュリアンナとお揃いになるような名前を御爺様がつけたのだ。

 その願い通りに、わたしはリリーを実の妹のように可愛がった。

 リリー本人の性格か、わたしの可愛がり方が良くなかったのか、リリーは面倒くさがりに育ってしまった。

 本来は高位の令嬢として派閥を作らなくてはいけなかったが、この子は極度の面倒くさがりのため派閥を作ろうとせず、のほほんとしていたので、しょうがなく、わたしの派閥に入れたのだ。

 本当に手の掛かる妹ね。



 「イザベラ様、リリーが何か粗相をいたしましたか?」


 「べ、別に……」



 イザベラはわたしの事が苦手だ。

 自分より下の身分である侯爵令嬢でありながら、血筋・家柄共に上のわたしを快く思っていない。

 そしてわたしは、完璧な淑女と言われているほどに隙がない。

 さぞ、目障りな存在だろう。


 しかし、わたしには一切関係ない。

 可愛い妹に八つ当たりしていたイザベラに遠慮する必要はないのだ。



 「確か、母親が子爵令嬢の貴女如き……でしたか? リリーの母は、女性で初めて騎士団団長の地位に上り詰め、ダリア正妃からも信頼の厚い、わたしたち貴族令嬢が憧れる素晴らしい女性ですよ。他の誰かと勘違いしているのでは?」


 

 ニッコリと微笑み、イザベラを威圧する。

 リリーはわたしを信頼しているのか、ただ面倒なのか分からないが、わたしの後で大人しく事の次第を見守っている。

 自分の事でしょうに……まったく、この子は。



 「くっ……」


 「そう言えば……イザベラ様、ダグラス第一王子殿下との御婚約おめでとうございます。皆、この話題で持ちきりですよ」


 「なっ……あくまでも婚約よ! 貴女がエドワード様と結婚する訳ではないのだから!!」


 「わたしの婚約は18歳になってからでないと発表しませんわ。ですから、結婚など先の先です」



 イザベラはさらに一言二言嫌味を言って、取り巻きと共に去って行った。

 普段は普通の令嬢らしく振舞う事のできるイザベラだが、感情が高ぶると我を忘れるヒステリックな面がある。

 それが、この大きな夜会で衆目にさらされた事を分かっているだろうか?

 まあ、わたしが誘導した事も否めないのだけど。


 何にしても、これでまたマクミラン家の評判が落ちたわね。



 「リリー、いつまで隠れているの。貴女に近づいて来る令息を追い払う事までは、しませんからね」


 「はーい。ありがとう、アンナ姉様」



 わたしとリリーが笑い合っていると、人混みから1人の令嬢が現れた。

 彼女も私の派閥仲間である。



 「ごきげんよう、ジュリアンナ様、リリアンヌ様」


 「ごきげんよう、コーネリア様」


 「久しぶりね、コーネリア」


 「助けに行けず、申し訳ありませんでした。リリアンヌ様」


 「構わないわ。あなたには、荷が重い相手でしょう? それにわたくしたちには、アンナ姉様がいるから大丈夫よ」


 「ふふ、ジュリアンナ様は、時々殿方よりも素敵でいらっしゃいますものね」


 「冗談はそのぐらいにしましょうね。それで、コーネリアお願いがあるのだけどいいかしら」


 「社交界の情報に関してでしょうか?」


 「察しが良くて助かるわ」



 コーネリアは子爵令嬢だが、音楽家の家系のため様々な場所に出入りする。 

 そのため、わたしが調べられないような場所から情報を得る事があるのだ。

 頼りになる戦友である。



 「では、今一番の話題である婚約のお話と、突如消えた可哀相な騎士のお話をいたしましょう」



 そして、わたしはコーネリアと情報交換しながら夜会が始まるのを待つのだった。





 暫くすると、王族と宰相であるお父様が入場した。

 ホールを見渡すと、マクミラン公爵が憎々しげにお父様を見ていた。

 

 教会派筆頭貴族の令嬢と王位継承権二位の第一王子の婚約。

 この火種に対して、貴族たちと陛下はどう動くのか。

 

 国王派と教会派の重鎮が入り乱れるこの夜会は、まさに戦場に相応しい。


 

 わたしに与えられた役は、完璧な淑女と持て囃される社交界の華。



 さて、素敵に完璧に、最後まで演じきってみせましょう――――







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