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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
32/150

31話 侯爵令嬢と優しい王子

 ちょっと早く着すぎたわね。


 王宮の廊下を歩きながらわたしは溜息を吐いた。

 今日は騎士団授与式と夜会が王城で盛大に行われる事になっている。

 騎士団授与式とは、ここ1年以内に活躍したり、役職付になった騎士を王自らが表彰する式典で毎年行われている。

 もちろん騎士団だけではなく軍も表彰式がある。

 秋が騎士団で、春が軍だ。

 隣国の帝国と何度も戦争して領土を守っているローランズでは軍事力の維持は必須だ。

 故に王自らが表彰し、やる気を出させるのだ。


 そして今日にわたしは式典に参列するルイス侯爵家の者として来ている。

 父は宰相の職務で式典を取り仕切る側で、ヴィンセントは副特務師団長就任を表彰されるため、わたしが名代として式典に出る事になっている。

 一令嬢で名代を務めるのは珍しいが、父に妻がいないのと、わたしは領地経営にも携わり貴族の仕事をしているのは周知の事実なので見下す者はいない。

 ルイス領の繁栄を見たら、ね。内心はどうであれ、むしろ擦り寄ってくる貴族の方が多い。


 王都教会の事をモニカに任せ、早朝にルイス家の屋敷に戻ったわたしは大急ぎで溜まった仕事を処理した。

 いくら領地経営の後任に任せ、アイリス商会やメイラーズを民間商会化したとはいえ、わたしにしか処理できない仕事は多い。

 午前中は仕事で終わり、午後は式典の準備。

 しばらく王都教会でエレンとして過ごしていたからか、久々のコルセットが息苦しい……また慣れなくてはならないわね。


 式典でも夜会でも映える、わたしの瞳の色に合わせた菫色のドレス。

 華美な装飾はないが、光沢のある上質な生地の裾にあしらった銀糸の刺繍が美しい上品なデザインだ。

 ハニーブロンドの髪はハーフアップで纏め歩くたびに艶やかな髪が波打つ。

 そして髪飾りは薔薇とアイリスの造花と宝石を合わせた銀製の髪飾りを使用し、他の身に着けたアクセサリーは髪飾りを映えさせる華奢だが上質で可愛らしいデザインの物だ。

 ドレスはメイラーズに、アクセサリー類はお気に入りの宝石商に頼んだ。

 流行を作るのも大貴族の令嬢として、家のためにすることの義務ですからね。

 あまり派手なドレスと豪奢なアクセサリーは流行って欲しくはないですから……機能的じゃありませんし、わたしの趣味じゃありません。 


 ちらりと廊下にある鏡を見てルイス家名代として、社交界の華として申し分ない自分を見る。

 確かに上品な装いですけど……少々胸のあたりを強調し過ぎなのでは?

 肩や背中は露出せず、デザインも上品なのに胸の襟ぐりは大胆に開いている。

 確かにこのデザインで胸まで隠したら野暮ったくなるけれど……侍女たちにすべて一任したのが悪かったのかしら。


 わたしは普段胸の開いたデザインの物はあまり着ない。

 ヴィンセントが夜会で豊満な胸の未亡人に迫られた時に『胸の大きい積極的な女性は嫌いです』と私に言ったからだ。

 わたしは年を経るごとに成長する胸を次第に隠すようになった。

 だって弟に嫌われたら姉さん泣いちゃうわ。

 今回はドレスを変える時間もないし、我慢します……。


 

 

 しかし……まだ式典まで時間がありますね。

 余裕を持って屋敷を出たのが悪かったのか、わたしは会場に入れず、こうして王宮内をうろうろしていた。

 廊下を歩いていて下手に貴族と鉢合わせするのも嫌ですし……庭園の花でも愛でましょうか。



 向かったのは王宮の裏手にある一番目立たない庭園だ。

 目立つ花はなく、薬草や小さな花が植えられているが、わたしが昔から大好きな場所である。

 どうしても父や御爺様の付き添いとして王宮に行かなくてはならない時に、ここによく逃げ込んだっけ……。

 庭師に自由にさせているのか、この場所には珍しい花が植えられている事があり、ちょっとした発見があったりするのだ。


 庭園に着くと思った通り見張りの兵士もおらず、閑散としていた。

 今は式典で皆お忙しいですからね。

 わたしは意気揚々と散策する事にした。


 庭園の奥へと歩を進めると、そこには先客が居た。



 「な、何者ですか!? こんなに早く見つかるなんて……」



 振り向いた小さな少年はダークブラウンの髪に、エドワード様と同じ澄み渡るような青の瞳を宿していた。


 此の方は……第三王子ミシェル様ね。お会いするのは初めてだけど。

 国王の3人の妃の1人、民を支える妃と敬われている側妃クラウディア様の子だ。

 歳は6歳のため、まだ公には出ていない王子。

 そしてクラウディア妃の意向から王位継承権は成人後すぐに破棄して臣下に下ると宣言されている。

 これにより、エドワード様とダグラス様の王位争いに横やりを入れる第三勢力が誕生せず、どちらの派閥も安心したものです。



 私はミシェル王子に淑女の礼を取り、挨拶をした。



 「驚かせて申し訳ありません、ミシェル殿下。わたしの名はルイス侯爵家が長女ジュリアンナと申します。式典前に此方の庭園を立ち寄った次第でございます。殿下の邪魔をすつもりはありませんでした、申し訳ありません」



 顔を上げると、頬を朱に染めたミシェル殿下がいた。

 なんて可愛いらしいのかしら!



 「ルイス……もしかしてヴィンセントの姉上ですか?」


 「まぁ、弟をご存じなのですか?」


 「はい。ヴィンセントは、よく僕と遊んでくれます!」



 屈託なく笑うミシェル殿下。

 ヴィンセントは実は面倒見がいいですからね。

 オルコットの小さな弟たちにも懐かれていますし。



 「それはそれは……あの子にとっても殿下と遊ぶ時間は癒しになっていると思います。これからも相手をしてやってくださいませ」


 「はい!」



 なんて素直なの!あの腹黒王子とは大違い……普段はなるべく接触しないようにしているのかしら?


 わたしが悶々と考えていると、おずおずとミシェル殿下が問いかけてきた。



 「その……ジュリアンナはこの庭園によく来るのですか?」


 「いいえ。昔は……よく来ていたのですけど。最近は忙しくて王宮に来ることもあまりありませんから。今日は式典まで時間があるので、懐かしくて立ち寄ったのです。わたしは王宮の庭園の中で一番この庭園が大好きなのですわ……本当はここではなく、王宮の目立つ庭園を褒めるべきなのでしょうけど」


 「そんな事ないです! 僕も知らない植物がいっぱいあって、この庭園が好きなんです!」


 「まぁ本当ですか? ビックリ箱のようでここは面白い場所ですよね」


 「そうなんです! よく母上と一緒に散策したり、花を植えたり……って王子がおかしいですよね」



 恥ずかしそうに目を逸らすミシェル殿下。


 もう可愛い! 昔のヴィンセントを思い出すわ。



 「おかしくなどありませんわ。わたしも侯爵令嬢ですけど、秘密の趣味がありますもの」


 「どんな趣味ですか!?」


 「それは殿下でもお教えできませんわ。女性の秘密を知りたければ、自らの力を使い暴かなくては」


 「あ、あば、く……」


 「ふふっ、殿下にも秘密を暴きたくなるような令嬢と出会えるといいですね」


 「は、はい……」



 プイッと横を向くミシェル殿下。ちょっとからかい過ぎたかしら?

 よし、話の話題を変えましょう。



 「殿下はどうしておひとりで此方に?」


 「えっと……僕も騎士団授与式に出たいと言ったらダメだと言われて。勉強も、苦手な剣の稽古も頑張っているのに……」



 勉強が嫌で逃げ出したとかではないのね。

 優しく真面目な人柄……この年ですでに仕えるのに値する良き王族です。



 「殿下はまだ6歳ですから。来年になったら出る事ができますわ」


 「エド兄上にも言われました。ですが、いずれ臣下に下るとはいえ、僕も王族として国を支えたいのです」



 エドワード様と接触していない訳ではないのね。それでこの素直さ……奇跡だわ。

 きっとエドワード様とミシェル殿下に近しいすべての者が思っていますね。



 「焦らなくて良いのです、ミシェル殿下。貴方はすでに、わたしたちが仕えるに値する資質をお持ちです。直に貴方にしか出来ない事が見えてくるでしょう。今は知識を吸収し、力を蓄える時ですわ」


 「ジュリアンナにも自分にしか出来ない事を見つけられたのですか?」


 「はい。しかし見つけられたのは、幼き頃からの積み重ねがあったからです。それが無かったら、わたしはただ血筋がいいだけの凡庸な令嬢だったでしょうね」


 「そんなことは……でも、ジュリアンナが頑張ったから、僕たちはこうして会えたのですよね。僕も頑張ります!将来はエド兄上の役に立つんです」


 「エドワード様のですか?」


 「エド兄上とダグラス兄上が争っているのは知っています。でも、母上がこの国を統べるのはエド兄上だと言っていたし、エド兄上は僕にいつも優しくしてくれます。だから役に立ちたいのです! 剣は苦手だけど、勉強は得意だから、それを活かせたらなと思って……」



 エドワード様が優しいですって!?

 弟の前では人格が変わるのかしら……想像がつかないわ。


 それにしてもクラウディア様はエドワード様が王になるべきと思っていらっしゃるのね。

 ダリア正妃と国王に仕えている様は側妃の鑑ね。早々できる事ではないわ。

 自分の子を王にと思う側妃の方が多いでしょうに……流石です。



 「それでしたら様々な道がありますね。特に外交関係などに進まれたらエドワード様も心強いでしょう」


 「外交ですか……語学は好きなので良いかもしれません!」


 「ふふっ、今はたくさん学んで、広い選択肢を得られるようになれるといいですね」


 「はい!」



 ミシェル殿下と笑い合っていると、背後で足音がした。

 かちゃかちゃと金属音がすることから、相手は帯剣しているのだろう……騎士かしら?



 「やっと見つけた。ミシェル、勝手にいなくなって父上もクラウディア側妃も心配して――」


 「エド兄上!」



 振り向くとそこには正装に身を包んだエドワード様がいた。




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