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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
29/150

28話 終わりは必ずやって来る

 「はぁ……」



 廊下をとぼとぼと歩きながら、わたしは思わず溜息を吐く。


 第二王子に会った事を思い出したわたしは取り乱し、侍女長とヴィンセントに心配をかけてしまった。

 落ち着きを取り戻してから二人に今日あった出来事をすべて話した。

 二人は驚いていたけれど、直ぐに証拠隠滅に動いてくれた。

 わたしの書いたものを片っ端から捨てて貰う事にしたのだ。

 ヴィンセントはわたしが書いた手紙を捨てることを嫌がったけど、捨てて貰えるように説得をし、最後には了承してもらった。ごめんね、ヴィー。また手紙いっぱい書くから許して。

 

 そして私は現在、今日お父様に渡したバースデーカードを回収するべく、お父様の執務室に向かっていた。

 いくらお父様がわたしたちを愛してくれている事が判ったと言っても、やっぱりまだ怖い。

 そう悶々と悩んでいる内にお父様の執務室の前に来てしまった。

 扉の前には家令のスチュワートがいた。



 「どうされました、ジュリアンナお嬢様」


 「スチュワート、お父様に会いたいのだけどいいかしら」


 「少々お待ちください」



 執務室に入るスチュワート。すると、1分も待たずに出てきた。



 「旦那様の許可が下りました。どうぞ、ジュリアンナお嬢様お入りください」


 

 スチュワートの言葉にドキドキと心臓が波打つ。

 やっぱり怖い……だけど、だけど、向き合わなくちゃ。お父様の本当の思いに。

 深呼吸をして、慰め程度に心を落ち着かせると、わたしはスチュワートが開けた扉の奥へ進む。



 「失礼します、お父様」



 中に入ると、お父様とその側近のヤコブがいた。

 ヤコブはいつも笑顔を絶やさない男で、わたしは少し苦手だったりする。



 「何の用だ」



 わたしには目を向けず、本棚の前に立つお父様。その様子は何時もと変わらない。



 「お父様にお願いがあって参りました。今日渡したバースデーカードなのですが、どうやら綴りを間違えてしまったようで……返してもらえないでしょうか?それが無理なら……捨てて貰って構いません」



 ドレスを掴み、ふるふると震えながら怖いお父様に話す演技をした。

 そして演技をしながらお父様を観察する。



 「お前はもう10歳になるのだろう……なのに綴りを間違えるなど愚かな。ルイス家に無能者はいらないと言っている」


 

 わたしの歳、ちゃんと知っていてくれてるのね。

 それにお父様はいつも無能者はいらないと言うけれど、一度もわたしが無能だとは言ったことはないわよね。



 「申し訳ありません」


 「失望させるな。お前が書いたバースデーカードなら捨てた。だから余計な事は考えずルイス家の令嬢としての務めを果たせ」



 失望って……期待していなきゃ出ない言葉よね。

 それに失望したと言いながらルイス家の令嬢として扱ってくれるのね……何だ、良く考えれば簡単な事だったじゃない。


 わたしと目は合わさないのに足はわたしの方を向いている……足はその人の心を表すと言うわ。嫌いな人の前では足を向けるのを本能的に避けようとする。気のせいと言えばそうかもしれない。

 だけどわたしは、わたしが信じたいようにお父様を信じるわ。


 ふと、お父様の隣にいるヤコブに目をやる。

 心なしか、震えるわたしの様子に満足げだった。


 おかしい……彼がいつも笑顔なのは知っているわ。でもどうしていつも笑顔なの?笑顔の下に何かを隠している?


 それとなく観察していると、お父様がヤコブにちらちらと時折ヤコブに目線を送っていた。


 そう言えば……ヤコブがいる時には、お父様はわたしの名前を呼んだことはない。

 思い返せば、今日バースデーカードを渡した時も離れたと所にヤコブがいた。

 つまり、お父様はヤコブのいる前では特にわたしを突き放そうとしている……?


 確信も根拠もない。

 だけど、わたしだってマクミラン家の間者であろう侍女を傍に置こうとしている。

 お父様だって、わたしと同じ事をしようとするかもしれない……だってわたしのお父様だもの。

 警戒して様子を見るべきね。



 「……もう、しわけありません。今後はこのような事は一切しません……それでは、失礼します」



 私は涙を一筋流しながら、涙声で言う。

 令嬢ならば感情を表に出すなど言語道断。

 だけど、父に愛を拒まれ悲しむ娘の演技なら上出来だ……そしていずれは愛してくれない父を見限り、別の男性に思いを寄せる。父に愛されなかった反動から歳の離れた男性を求める……なんて詰らない三文小説のような展開を想像するかもしれないわね。


 そしてお父様の反応を見ずに淑女の礼を取り、俯きながら部屋を出る。



 「ジュリアンナお嬢様……」



 俯き、涙するわたしに廊下にいたスチュワートが心配そうに声をかける。

 わたしは直ぐに顔を上げ、笑顔でスチュワートに言った。



 「いつもありがとう、スチュワート。これからもお父様をよろしくね」


 「――はい、私はルイス家の一部ですから」



 少々驚きながらもスチュワートは答えてくれた。

 スチュワートという味方がいるのならば、お父様はきっと大丈夫。

 だからわたしも、精一杯頑張るわ。


 わたしはキビキビとした足取りでヴィンセントの待つ自室へ向かった――――











 「ん……」



 月がまだ空高く輝く深夜にわたしは目を覚ましてしまった。

 緊張で深く眠れないのかしら。


 ガウンを羽織り、わたしはテラスへと向かう。



 「懐かしい夢だったわね……」



 あれは7年前、わたしはお忍びで第二王子に出会った。その後、道具として生まれてきたと思っていたわたしが、お母様たちの日記を見て愛されている事を知った。そして……ルイス家の一員であろうと決意した。そう、わたしが生き方を変えた運命の日だ。


 運命の日から目まぐるしくわたしの周りは変わったわ。


 必死に立派な淑女になろうと、厳しい淑女教育に耐えた。

 身を守るため、オルコット家の騎士団にライナスの許可を得て潜入し、戦う技術を身に着けた。

 演技力を高めるため、色々な人物を演じたわ。

 そしてその過程で埋もれていた優秀な人材を発掘し、アイリス商会とメイラーズを立ち上げてマクミラン公爵家の主力産業の力を削いだ。

 マクミラン家の間諜である侍女を使い、偽の情報を流した。

 国王陛下に約束を果たしてもらうために、帝国からの暗殺依頼を実行しようとした暗殺ギルドを潰して恩を売った。

 デビュタントでは、一夜で社交界の華の地位を築き、社交界の戦友ともいえる令嬢たちと出会うことも出来た。



 マクミラン家を潰すため、わたしは本当に色々な事をしたわ……だって期限は決まっているのですもの。

 12歳の誕生日にお父様から、わたしが18になるまで婚約者は作らないと仰った。それはつまり18になったら、わたしは結婚しルイス家の一員ではなくなるということ。

 つまり、期限はわたしが18になるまで……そう、お父様は言っているのだと勝手に解釈している。

 お父様が考えている事は判らない。

 だって、お父様とわたしはほとんどお話しをしないから。

 話したとしても、わたしが一方的に家族の会話をしようとするだけ……尤も健気な娘を演じていただけだけど、お父様に少しでもわたしの思いが伝わればいいと思った。


 社交界では、ルイス家の親子間の不仲は有名だ。

 そうなるようにわたしは仕向けたし、お父様も噂を野放しにした。

 つまりはお父様がそれを望み、それが復讐に利用できると言う事。

 すべてわたしの勝手な憶測だけど。



 2週間前、事態は動いた。

 第二王子エドワード様の手駒になるよう、わたしは言われた。

 そしてその時差し出されたのは、あの時のバースデーカード。

 捨てて欲しいって言ったのに、あのヘタレ狸なお父様は保管していたのだ。

 7年前に書いたバースデーカードが沁み1つなかったのには驚いた。

 だって大事に保管されていたって事だから。


 その大事に保管していたバースデーカードをお父様はエドワード様に渡した。

 お父様の意図は何だかわからない。



 「マクミラン家の息がかかった王都教会に何かあるのか……それとも別の思惑があるのか……さっぱり判らないわよね。でも……わたしにしか出来ないからこそ、お父様はわたしを第二王子の手駒として送ることにした」



 ルイス家の手駒であるわたしは、明日王都教会に潜入し、第二王子の手駒も演じることになる。



 「ジュリアンナ・ルイスは命がけで2つの手駒役を演じる。その舞台が幕を下ろした時に見える景色はどんなものかしら?でも、そうね――」



 閉幕の時は、きっとすぐそこまで来ているわ。





過去編残り3話と言いましたが、次のジェラルド(父)視点で終了です。

出来るだけ早くお届けしたい。



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