27話 身代わりの娘
侍女長に誓いを証明した後、ティータイムを再開した。
苺のタルトの甘さと酸味が絶妙で美味しい。
「んん~♪ わたしの好きなものばかりで嬉しい」
「姉さんは本当に甘いものが好きだね」
「あら?女の子は甘いものが好きなのよ」
「ふーん。僕には判らないけど」
そう言ってヴィンセントは紅茶を飲む。
ヴィンセントは甘いものが苦手なので、紅茶しか飲まない。
絶対に人生を損しているわ!
「お菓子は旦那様が用意させました。お嬢様に酷い事を言ったことを悔やんだ故の行動でしょう。そんな回りくどい事をするのならば、もっと上手く立ち回ればよいものを……仕事は出来るのですけれど」
お父様はわたしの好きな物を知っているのね。
厳しいお父様しか知らないから変な感じ。
「ふふっ、お父様はヘタレ狸ね!」
「それは良い例えだね、姉さん。食えない狸と評判の敏腕宰相は、私生活ではヘタレ野郎なーんてね」
「的確な例えですが、外では言ってはダメですよ? グレースとのお約束です」
「「はーい」」
自分で言うのも何だけど、さっきの殺伐とした雰囲気が嘘みたい。
まあ、常時負の感情を出しているのは効率的じゃないし。
けれど、胸の奥に秘めた誓いを忘れることはない。
そう言えばマクミラン公爵で思い出したけど、新人侍女が言ったことは本当なのかしら?
「そう言えば、わたしにマクミラン公爵から結婚の打診があったって本当?」
自分の事だし、気になったので侍女長に聞いてみた。
すると、珍しく驚いた表情を侍女長は見せる。
「何故、お嬢様がそれを知っているのですか……」
恐らくルイス家の中でも限られた者のみが知る案件なのだろう。
それが指し示す所、つまりは――――
「新人の侍女が言っていました。あのマクミラン公爵からも来ていると、それはもう嬉しそうに。彼女は間者ね……まだ、マクミラン家の手の者とは断定できないけど」
「ああ、さっきの侍女か。優しい貴族様が姉さんを迎えに来てくれるって煩かったし……と言うか、結婚の申し込みって何? マクミラン公爵って僕たちの1つ上に娘がいるおじさんだよね? ロリコン公爵が……」
ヴィンセントが忌々しそうな顔で呟いた。
すごく怖い……
「申し訳ありません、お嬢様、坊ちゃん。国王派貴族の紹介状を持って来たので油断しておりました」
「別にいいわ。侍女長だって、彼女に接すればすぐに気づくと思うし。ねえ、彼女が仕事に慣れてきたら、わたしの専属侍女にしてくれる?」
「危険です!お嬢様」
「これから演技力を磨くとしたらいい訓練になると思うけど。それに……彼女を追いだして優秀な間者が潜入してくる可能性を高めるよりも、無能な間者に適当な情報を持たせるほうがいいと思うわ」
「ですが……」
「姉さんなら大丈夫だよ、侍女長」
ヴィンセントの目には、わたしへの信頼が見て取れる。
弟に頼られたら姉としてヘマは出来ないよね!
「畏まりました。ですが、私へ小まめに報告して下さい」
「心得ているわ。それにしても、前はわたしを暗殺しようとしていたのに、いきなり結婚の申し込みってどういう事なのかしら? マクミラン家にとって、わたしに利用価値のある存在とは思えないけど……」
「……実を言うと、結婚の打診はお嬢様が5歳の時からありました。此方には利益のある結婚だとは到底思えないので、お断りしていますが」
「此方と言うことは先方にはあるということか」
「はい。マクミラン公爵はエリザベス奥様の生き写しであるお嬢様を欲しているようで」
わたしがエリザベスお母様にそっくりだと言うことは、オルコット家に行った時には必ず言われることだった。実感は湧かないけれど。
「つまり、わたしをエリザベスお母様の代わりに傍に置きたいってこと?」
「なんて身勝手な。姉さんは姉さんでしかないのに」
「その通りでございます」
「わたしに対する侮辱ね。いくら政略結婚でも嫌よ――――って、あああああ」
「どうしたの姉さん!?」
「どうされたのですか、お嬢様!?」
お、思い出した!!証拠隠滅しなくてはいけなかったんだわ。
筆跡を変えて……ああ、わたしが今までに書き記したものをすべて捨てなくては。
それにお父様にあげたバースデーカードも破棄して貰わないと……
「侍女長!至急、わたしの存在を消さないといけなくて――――」
「お嬢様、落ち着いて下さい」
「姉さん、深呼吸!!」
腹黒王子に見つかる前にどうにかしないと!!
全3章予定だったのですが、中だるみしそうだったのでプロット練り直しました。
過去編は残り3話で終了予定で、その後一気にクライマックスへ行きます。
今は起承転結の『転』を過ぎた所なので。
不定期更新になりそうですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。