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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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26話 誓え、すべては悲願のために

 「お説教に来たの?」


 わたしは侍女長の入れた紅茶を飲みながら問いかける。

 しかし侍女長がわたしのお説教のために気配を殺し会話を聞いていた訳ではないのは判っている。

 侍女長は何かを知っていて、このタイミングで出て来ると言うことは、わたしたちにそれを伝える意思があるということだろう。



 「お説教ではありませんよ。私も謝らないといけないと思いまして……ジュリアンナお嬢様、旦那様にバースデーカードを書いて欲しいなどとお願いをして申し訳ありませんでした。お嬢様の御心を乱し、家を飛び出させてしまったのは、私の落ち度です」


 「別にいいわ。侍女長はお父様専属だもの。わたしよりお父様を優先するのは当たり前よ」


 「姉さん……。確かに侍女長は気を利かせただけだね。悪いのは全部父上だ」


 「その旦那様のことでお話があります」



 いよいよ本番かと思い、わたしはお菓子を頬張る。

 人と話す前には糖分を摂取することが大事だと思うの。



 「いいわ。話して頂戴」


 「これからお話することは本来、お二人にはまだ話すなと旦那様に言われていることです。何故、私が独断でお二人にお話しするかと言いますと、お二人が優秀すぎて危険な目に遭う可能性があるからです。要はお二人が私に話させるような状況にしたとも言います。流石は情報を担うとされているルイス家の子女でございます」


 「僕たちがカレン母上の死に迫ることが危険に繋がると?」


 「左様でございます。順を追ってご説明いたしましょう」


 「お願いするわ、侍女長」


 「頼む」


 「まず、教会派と国王派の政治派閥があるのをご存知でしょうか?」


 「そういうものがあるというのだけは知っています」


 「ルイス家は国王派の筆頭貴族の1つでございます。そして、今勢いづいている教会派の筆頭貴族はマクミラン家。そして……マクミラン家こそが、カレン奥様とお腹の子を殺した犯人です」


 「政敵の家の奥方だから、マクミラン家は殺したのか?」


 「それもあるでしょうが……別の理由のほうが大きいと思われます。マクミラン公爵は元々、エリザベス奥様に求婚しておりました。しかし、身体の弱さとオルコット家の風習から、エリザベス奥様はそれを拒否しました」



 オルコット家の風習。それは自分の結婚相手は自分で捕まえるべしというものだ。

 貴族では珍しい、恋愛結婚によって血を繋いできた一族なのである。

 オルコット家は男系一族で、女子が生まれることは少ない。

 そしてエリザベスお母様は久方ぶりの女子だったそうな。

 オルコット家は女子であっても、風習は変わらないってことね……ただ単にマクミラン公爵と結婚するのが嫌だから、それを建前にして断りたかっただけかもしれないけど。

 そもそも、お母様ほど忠誠心が高い人が敵派閥の長に嫁ぐ訳がないわ。



 「その後マクミラン公爵は別の女性と結婚し、子を儲けました。そしてエリザベス奥様は旦那様と結婚し、ジュリアンナお嬢様を産み、死にました。そのことでマクミラン公爵は、旦那様を強く憎むようになりました……尤も昔から旦那様を毛嫌いしておりましたが。憎しみは旦那様に限らず、カレン奥様とお嬢様達にまで及びました」


 「何て自分勝手な……」



 吐き捨てるように言ったヴィンセントにわたしは内心同意した。



 「私もそう思います。旦那様はお嬢様と坊ちゃんが生まれた当初、エリザベス奥様とご自分に似ているお二人に接することに戸惑っておいででした。私が命に誓って言いますが、旦那様はお二人を心の底から愛しおります。その……ただ、意気地がないのです」



 愛している、ね……あの厳格なお父様からは考えられない。

 だけど、お母様たちの日記には確かに書いてあった。

 そう――――



 「お父様はヘタレなのですか?」


 「はい、間違いありません」



 お父様が幼い時から仕えている侍女長の言葉は重い。

 と言うか、即答ですか……



 「ぷっ、父上がヘタレ……」



 ヴィンセントが顔を隠して笑っている。

 どうやら笑いのツボに入ったらしい。



 「安心して下さいまし、お二人は奥様たちに似ておいでですから、ヘタレではありません。それで、話を戻しますが、旦那様はお二人に上手く接することが出来ませんでした。そして漸くお二人に触れられるようになった頃、今度は情勢が変わりました。マクミラン家が暗殺者を送り込んでくるようになったのです。マクミラン公爵が一番憎んでいるのは旦那様。故に旦那様は敵の多い王都から、守りの固いルイス領へ皆様を移すことにしたのです。カレン奥様も身重でしたから、早急に行われました」


 「そして何所からか情報が漏れてカレン母上と弟妹は死に、僕と姉さんは風邪を拗らせていたために偶然生き残った」


 「左様でございます。カレン奥様が命がけで残したメッセージ、予定ではない行路を走った馬車……それらから辿ることで、カレン様の死は事故ではなくマクミラン家によるものだと旦那様は直ぐに突き止めました。しかし決定的な証拠がないのと、相手は敵派閥とは言えローランズを代表する貴族。潰したら国内に大きな混乱を与えるでしょう。また、これは情報を担う貴族と言われていたルイス家の――旦那様の怠慢だと思い、耐えることにしたのです」


 「何故こちらが我慢しなければならないの!家族が殺されたのに……」



 頭では判っている。

 マクミラン家に報復すれば、政治バランスが崩れ、マクミラン家が手掛けている事業や領民に大きな影響が出る。

 一個人の感情で動いていい事案ではない。

 お父様は国と陛下に忠誠を誓う貴族として正しい選択をしたのだ。

 でも……感情は別だ。

 わたしが貴族として未熟者だからかもしれないけれど、家族を、愛する人を殺されて、それでも黙っている事なんてできない。


 憤るわたしに、侍女長は優しく微笑んだ。



 「旦那様は私生活ではヘタレですが、侯爵として、また宰相としては狸と揶揄されるほど優秀でございます。そしてやる時はやる男でございます。家名を傷つけられ、愛する人たちを殺され、恨みを忘れることができましょうか。残された幼い宝物たちを守るため戦う事に、何の躊躇がいりましょうか」



 侍女長の力強い言葉が胸に染み込んでくる。

 お父様は、わたしたち個人のこと何てどうでもいいと思っていた。

 だけど、もしも違ったら?

 お父様はどんな思いで、わたしを見ていたの――――



 「旦那様は陛下の望みを叶える事はあれど、ご自身の望みを進言したことはありませんでした。しかし、恐らく最初で最後であろう望みを陛下に進言したのです。教会派貴族を一掃する代わりに我がルイス侯爵家がマクミラン公爵家を潰すことをお許しくださいと……そして陛下はそれを許可しました。陛下とルイス侯爵家の密約でございます」



 教会派を一掃するなんてとんでもない条件を付けているけれど、あのお父様が主である陛下と取引をするなんて……



 「密約の相手が父上個人ではなく、ルイス侯爵家なのは何故だ?」


 「それは自分がたとえ倒れたとしても、坊ちゃんたちが自分の意思を継いでくれると旦那様は確信しておいでですから」


 「わたしたちにお父様が厳しく接したのは?」


 「親子仲が不仲だと噂されれば、『何かに使えるかもしれない』とマクミラン家に思わせることが出来ます。そしてそれは、お二人を危険から遠ざけることになるでしょう」


 「お父様は勝手だわ……何も言わずに全部1人で抱え込んで。お父様は、わたしのことが大嫌いだって……道具だと思っているって……ずっと、ずっと、そう勘違いしていた……」


 「僕は姉さんを苦しめる父上が今も昔も嫌いだけどね。まあ、少しは見直したけど……」


 「お二人が大きくなったら、旦那様は密約を教えるつもりだったのです。ハワードがエリザベス奥様の手記をお嬢様に渡したので、カレン奥様の手記を坊ちゃんに旦那様は託しました。限られた情報の中で真実に近づけるか、お二人が密約を知るに足る人材かを見極めておりました。私は、お二人が密約を知るに足ると判断し、また旦那様は過保護なのでお二人にお教えするのを躊躇すると思ったので独断で今回の事をご説明いたしました」



 ルイス侯爵家の密約。それを果たすにはお父様だけの力では足りない、絶対に無理だ。

 しかし、わたしに何が出来るだろうか?

 いや、何もできない。ただの小娘でしかない今のわたしでは。

 だけど――――



 「わたしはお父様とお母様たちの娘でヴィーと生まれてこれなかった弟妹の姉で、誇り高いルイス侯爵家の長女だわ。まだまだ力が足りないけれど、わたしの愛する人達を殺したことは必ず贖わせてみせる。わたしが唯一胸を張れる才能は演技力。この演技力がどう使えるのかは判らない。だけど、精一杯色々な事を吸収してルイス家令嬢として恥じない淑女になるわ。そしてわたしは……マクミラン公爵家の力を削いでみせる」



 政治のことは宰相である、お父様に任せればいいだろう。

 教会派貴族が一掃された時、マクミラン公爵家が国に大きな混乱をもたらすほどの力を持っていたら、潰すことなど不可能。そんな事態には決してさせない。



 「僕も戦うよ。家族を殺されて黙っているほど薄情じゃないし。何より、姉さんを守らなくちゃ。僕は士官学校で力を付ける。そして沢山の情報を得られるようになるよ、情報は強力な武器だから」



 ヴィンセントがいるならば心強い。

 わたしの自慢の弟は才能豊かで心根が強く、誰よりも信用できる。



 「お二人のお気持ちは判りました。では、ルイス侯爵家の者として誓っていただけますか?」



 わたしは大きく深呼吸する。

 そして迷いのない目で侍女長を見据え、高らかに宣誓する。



 「わたし、ジュリアンナ・ルイスはルイス侯爵家長女として陛下との密約を守り、必ずや復讐を遂げると誓いましょう」


 「同じく、ヴィンセント・ルイスもルイス侯爵家長男として陛下との密約を守り、復讐を成し遂げると誓います」



 わたしに続いてヴィンセントが宣誓する。

 すると侍女長が涙を浮かべながら膝を折り、わたしたちに跪く。



 「ジュリアンナお嬢様、ヴィンセント坊ちゃん、お二人のご成長喜ばしく思います。私、ルイス侯爵家侍女長グレースのすべてはルイス侯爵家に捧げております。密約を果たすための礎として、どうか存分に私をお使い下さい」




 ルイス侯爵家の悲願を果たすため、わたしたちはそれぞれ歩き出す。









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