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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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23話 勝者の微笑み

 お目当ての酒場の中は昼間だというのに活気に溢れていた。

 客を見ると意外にも女性客も多く、酒を飲んでいる人は少数だった。

 むしろ昼間だからこそ混んでいるのかもしれないわ。



 「いらっしゃいませ~。空いている席にどうぞー!」



 ウェイトレスであろう活発そうなお姉さんがわたしたちに声をかける。

 その声に従い、わたしと第二王子は隅の方の席に向かい合わせになるように座った。



 「ご注文はどうします?」


 「今日始めてここに来たの。何かおススメってある?」


 「お昼時だし、日替わりランチプレートがおススメかなー」


 「お姉さん、わたしはそれと果実水をお願い。お兄ちゃんは?」


 「僕も同じ物と、串焼き、それに飲み物はレモネードでお願いします」


 「日替わり2つに串焼き、それに果実水とレモネードね。カッコいいお兄さんと可愛い妹ちゃんのためにソッコーで作っちゃうよ。ではでは、しばしお待ちくださーい」


 悪戯っぽい笑顔で注文を取ると、お姉さんは厨房へと向かって行った。

 周りを見渡してみると、若い女性が第二王子を見て色めきだっている。

 しかし第二王子が年下すぎるのか、声をかける様子はない。


 観賞しているだけってことか、良いのか悪いのか判らないわね。

 ちらりと第二王子に目をやると店内をキョロキョロ見渡していて、視線に気づいた様子はない。

 さすが王族、慣れていらっしゃる。


 

 周りの視線には気づかないのに、わたしの視線には気づいたのか、第二王子が首を傾げながら問いかけて来た。



 「どうしたの、リーア」


 「え!? じっと見ちゃってごめんね……お兄ちゃん周りの女の人達に人気だなぁと思って」


 「そんなことないと思うよ。きっと珍獣だと思っているんじゃない? それに人気だって言うのならリーアもだと思うけど。まったく、子ども相手に何て視線を向けているんだか……」


 「ぶぅー、それってわたしも珍獣ってこと!?」



 鈍感な振りをして周りの視線を注意深く探ってみると、確かに一部男性から見られているのを感じた。

 幼女趣味か……一人で来なくて正解だったわ。



 「そう言えばリーアの家の人たちはどうしているのかな」


 「えっと、お父さんたちは仕事だよ。わたしはね……お勉強から脱走してきたの」



 怪しまれないように子供らしい理由を適当に考えた。



 「そっか。お勉強ってリーアは何をやっているのかな?」


 「読み書きと計算だよ。今日は読み書きをお母さんに習っていたの」



 宿屋の娘ならばこれが妥当だろう。

 我が国の平民の識字率はまだまだ低い。

 商人や王都の住民は割と高いが、地方に行くごとに低くなるのだ。

 そうは言っても周辺国の中では高い方だ……平民の教育がこれからどう変わるかは、この王子様に懸っていると言っても過言ではない。



 「リーアはどの程度読み書きが出来るんだい?」


 「簡単な文字は読めるし、自分の名前ぐらい書けるよ。この店のメニューだってちゃんと読めたし……」



 平民の11歳ならば、普通よりちょっと上の学力だ。

 しかし、天才と謳われる王子様はお気に召さなかったようで……



 「その程――じゃなくて、もっと頑張った方がいいんじゃないかな? 勉強が出来た方が色々と視野が広がると思うけど」


 「う゛ー、お兄ちゃんが言うのなら少しがんばる……。わたしは文字を書くより、絵を描くほうが好きなの」


 「頑張らなきゃダメだよ」


 「あうっ」



 第二王子がわたしの額を軽く小突いた。

 何だか、遠慮がなくなってきた気がする……。

 


 「お待たせしましたー。日替わりに串焼きでーす。飲み物はすぐ持って来る?」


 「食後でお願いします」


 「わたしもー」


 日替わりランチプレートは、炒めたひき肉にライス、それに温野菜が乗っていた。

 テーブルマナーを気にせず、ワンプレートの皿とフォーク一本で食べられる幸せ!

 庶民文化最高だわ!

 一口食べてみると料理が有名な酒場と言うだけあって、美味しい。

 わたしは笑顔で食べ進めた。








 「フルハウスだ!」


 「クソっ!もう一回勝負だ」


 「今日はぼろ儲けだぜ~」


 「今に見てろ、地獄を見せてやる!」


 「おいおい、すでにオレは3回もテメェに命令する権利を持っているんだぜ」



 食後の果実水を飲んでいると、近くのテーブルでポーカーに興じている一団がいた。

 ふと他のテーブルを見回すと、ちらほらとポーカーに興じているのが目についた。

 流行っているのかしら?


 

 「あれは……ポーカーだっけ?流行っているのかな」



 第二王子もわたしと同じことを思ったらしい。



 「そうみたいだね」



 わたしたちの視線に気づいたのか、近くのテーブルの一団が声をかけてきた。



 「何だ、兄ちゃんたちも興味があんのか?」


 「にしても、小奇麗な兄ちゃんと嬢ちゃんだなー」


 「お兄ちゃんとわたしは宿屋の兄弟なの。客商売なんだから小奇麗にするのは当たり前だよ」


 「おっ餓鬼のくせに生意気なー」


 「うぁぁぁやめてー」



 おじさんの1人がわたしの髪をグシャグシャと撫でる。

 それ、鬘だから!本当にやめて下さい!



 「それぐらいで止めとけって。嬢ちゃんたちもポーカーやるかい?何ならルール教えてやるけど」


 「前にお客さんが教えてくれたからルールぐらい判るよー」



 以前ヴィンセントと一緒に遊んだことがあるのでポーカーのルールは把握している。



 「僕もルール知っているよ……遊んだことはないんだけど」


 「そうか!何なら今だけ貸してやるよ、2組持っているしな」


 「いいの?ありがとー」


 「ちゃんと返せよ。あとポーカーやるなら何か賭けねーとつまんねーな」


 「賭けですか?」


 「おうよ、兄ちゃん。最近は負けたヤツは勝ったヤツの言う事を聞くってのが流行ってんな。かく言うオレもコイツに3回命令する権利を持っている」



 ニヤニヤとした顔でおじさんは、仲間であるもう一人のおじさんを指差す。



 「あ゛あ゛ん? そんなに言うならもう一回勝負だゴラァ」


 「餓鬼同士だからな、賭けなんて無くても楽しめんだろ。よっしゃ、4回目の勝負と行くか。へっへ、アマーリアの店に行く金が稼げるぜ……」


 

 トランプをわたしに渡して、おじさんたちは自分のテーブルに戻って行った。



 「どうする?ポーカーで遊ぼうか?」


 「遊ぶー」


 「そっかどうせなら賭けようか?……さっきの勝者は敗者に何でも命令出来るだっけ」


 歳下の女の子に何言っているんだ、この王子様は。

 第二王子の爽やかな笑顔が、なんだかどす黒く見えた気がした。


 賭け……か、わたしには悪くない話かもしれない。 

 わたしが勝って命令権を得ることが出来たのならば、もしかしたら第二王子と結婚しなくてよくなるかもしれない。



 「うん、いいよー。絶対に負けないんだから!」



 こうして第二王子との賭けポーカーが始まった。









 「ふふん、フォア・カードよ!」


 「残念、ロイヤルストレートフラッシュだ。僕の勝ちだね」



 ロイヤルストレートフラッシュってどれほどの確率だと思っているの!?

 あり得ない……これがビギナーズラックなのかしら、初心者だと思って油断していたわ。

 ちらりと第二王子に視線を向ければ、爽やかな笑顔のままだ。



 「ぐぬぬ……。いいよ、何でも命令すればいいじゃない!」


 「まだ君に言うことを聞いてもらいたいことはないなあ」


 「情けをかけたつもりかー!!」


 「怒らない怒らない。女の子に命令するなんて鬼畜外道じゃないか……そろそろ店を出ようか。それにトランプ返さないとね」


 そうして手早くトランプをまとめる第二王子。

 しかし、わたしは見逃さなかった。

 第二王子の服の裾に隠していたカードを取り出すのを!!


 王 子 の く せ に イ カ サ マ し て や が っ た !


 女の子にイカサマをするのは鬼畜外道の範疇に入らないんですか!

 本気で第二王子の価値観が心配になる。


 天才なんて言われているけど、第二王子の周りの人達大変なんじゃ……。

 頭の中に歳の離れた従兄妹、ライナスが浮かぶ。

 確か第二王子の警護を時折担当していたはず。

 うん……今度会った時には労ってあげよう。


 「悪いけどリーア、トランプ返してきてくれるかな。僕は会計してくるから」


 「わかったよー」



 わたしはリーアとしてイカサマに気づかない演技をした。

 本当はすんごく腹が立っているけどね!


 

 「おじさん、トランプありがとー」


 「もういいのか嬢ちゃん。勝負はどうだった?」


 「負けちゃったー」


 「あはっは、兄ちゃんより餓鬼なんだからしょうがねーさ!」


 「次は勝つんだから!」


 「そうか、がんばんな!」


 「おじさんもね。あっ、おじさんこの紙もらえないかな?」


 「これか?別にいいけど……」


 「ありがと!じゃあ、またね」


 「元気でなー」



 わたしはおじさんから1枚の紙――サーカスのチラシを貰い、ウェイトレスのお姉さんの所へ行く。



 「お姉さん、羽ペンとインク貸してもらえないかな?」


 「ん?いいけど、何に使うの?」


 「お兄ちゃんに絵をプレゼントしたいの!」


 「そっかそっかー、お兄ちゃん思いのいい子だね。あっちの掲示板の所に書く物があるから自由に使うといいよ」


 「ありがとー」



 掲示板の方に小走りに駆け寄る。

 インクと羽ペンはこれね……。

 チラシに折り目を付けて破き、チケットほどの大きさにする。

 そしてチラシの裏面に11歳(・・・)の宿屋の娘(・・・・・)では不可能な(・・・・・・)端正な文字を書き記す。 



 『何でも1回言うことを聞く券』 



 思わず笑みが零れる。

 女の子にイカサマなんてして……ふふ、どうせリーアとしてはもう会わないのだから、一回ギャフンと言わせてやるわ!


 会計している第二王子に目をやると、おば様の従業員に絡まれていた。

 わたしの細やかな報復行動は見ていないようだ。




 「お兄ちゃん、早く出よう」



 がしっと第二王子に抱きつき、助け舟を出してあげた。

 第二王子はホッと息を吐くと、矢継ぎ早に言う。


  

 「うん。早く家に戻らなくてはね、リーア。とても美味しかったです、また来ますね」


 

 喋り足りなさそうなおば様を置いて店を出る。

 この酒場は大通りから一本道に入ったところにあって、人通りが少ない……が、わたしは離れた所に騎士を見つけた。

 おそらく第二王子を捜索しているのだろう。

 騎士がこちらを見ると近づいてきた。


 リーアの役目ももう御終いね、だから――――



 「はい、どうぞ! わたしに勝った記念にプレゼントだよっ」



 わたしは先程書いた『何でも1回言うことを聞く券』を渡した。

 すると第二王子は驚愕を露わにする。

 それもそうだろう、宿屋の娘であるはずのリーアが上流階級の者のような端正な字が書けるのだから。


 わたしはさらに追い打ちをかけるように囁く。



 「お遊びは終わりですよ、第二王子殿下。皆に迷惑を掛けたのですから、せめて一番迷惑を掛けた相手には謝って下さいね?」



 リーアとは別人の口調に第二王子はさらに困惑しているようだった。

 わたしは一瞬勝者の笑みを浮かべ、直ぐにリーアの毒気のない無邪気な笑みをつくる。



 「じゃあ、お兄ちゃん。さようなら!」



 もう、リーアとして会うことはないでしょうと内心で付け足す。


 後ろの騎士がすぐ近くに来たことを確認すると、わたしは大通りに全力で駆けだした。




この後、1話と5話に繋がります。

また、4~6話を見てもらえると判りやすいんじゃないかなーと思います。


このころのアンナは10歳なので、賭けポーカーで第二王子への命令が出来るかもとか、腹いせに正体をちょっと明かしてやるぜゲヘヘ、みたいなことをしてしまいます。優秀とは言っても10歳の未熟者なので。

17歳になっても、やられたら倍とは言わないがやり返す!な精神を持っていますけどね。


それとエドワードの鬼畜具合は元々生まれ持ったものです。

絶対に治りません。

イカサマをしてまで勝ちたかったのはリーアの負けた顔が見たかったからです。

ちなみに無意識の行動……恐ろしい子ッ!


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