22話 宿屋の娘と貴族の四男
「見てられないわ……」
わたしの運命の人――否、宿敵である第二王子を暫く観察していたが、よく判らない状況になった。
見る人が見たら今の第二王子は上流階級の坊ちゃんの初めてのお忍びのため、いかにも下町の猛者たちにカモられそうなのだが(わたしも初めてのお忍びで洗礼をくらった)、第二王子の立ち姿には隙が見えず、猛者たちは影から様子を窺っている。
確か……第二王子の剣の腕は近衛騎士クラスだって聞いたことあるなぁ。
第二王子エドワード・ローランズは天才だとか、稀代の王の器だとか言われている。
もうそんな凄いなら、わたし何ていらないじゃんと思うのだが、そうも言っていられない。
エリザベスお母様の日記に書いてあったように、国の政治は国王派と教会派、それと僅かな中立派に別れ、2大派閥の争いが激化していると言う。
今は国王派が優勢だが、それが何時までも続くとは限らない……例えば、次代の王即位するまで。
正妃の子どもである第二王子が次期王とされているが、何が起こるかなど誰にも判らない。
「そう、暗殺とかね……」
正妃が二代続けて他国の王女だったため、次の王妃は国内貴族から選ばれることになっている。
それはローランズ王国に他国からの政治的介入を防ぐため、建国から少し経った後に制定された決まりだ。
まあ、そんな訳で第二王子と4歳違いのわたしは、家柄と血筋から考えて正妃候補筆頭ということもあって、自分の娘を正妃にしたい家なんかによく暗殺者を差し向けられるのだ。
尤もわたしからすれば、国王の忠臣である父が自分の認めていない不出来な娘を正妃になど押し上げると思えないのだが。
不出来な娘だろうと、わたしの作られた血は魅力的だ。政治のカードとしては十分有用だろう。
例えば他国の王族に嫁がせたり、有力貴族に嫁がせたり、ね。
第二王子に目をやれば、まだ通路の真ん中に平然と突っ立っている。
護衛が隠れている様子もない。
あの第二王子は王族としての自覚があるのかしら?護衛もつけていないなんて……わたしも人の事言えないか。家を護衛もつけずに飛び出して、あまつさえ平民の服を着ているのだから。
「今頃王宮は大騒ぎでしょうね……」
第二王子が消えたのだ、騒ぎにならないはずがない。
正直に言って、今わたしが一番会いたくない相手が第二王子だ。
しかし、自国の王族を危険だと判っていて放置するなど後味が悪い。
わたしは貴族としての誇りも愛国心も特にないんだけどなぁ~。
僅かにあったそれは、今日と言う日に木端微塵に砕け散った。
それでもさすがに自国の王族。
わたしが放置したことで死んだら罪悪感に押しつぶされるだろう。
これは自分のためだと心に言い聞かせる。
さて、第二王子に近づくなら設定を考えなくては。
ルイス侯爵令嬢として接触するのなんて絶対に嫌だ。
そう言えば隣の地区は平民向けの宿街だったけ……よし、決めた。
王都の宿屋の娘で名前は……リーアでいいかな、ジュリアンナから取っているけど愛称じゃないし。
ヴィーが全寮制の士官学校に入ってからは、わたしはこうして家を抜け出すことが多くなった。
その際、演技をしているのだが……元々弟に物語の読み聞かせをしていたからか、中々楽しい。
リーアになれば少しは、今のぐちゃぐちゃな感情が収まるかもしれない。
またなりたくはないが、未来の夫になるかもしれない男と第三者として接触できるまたとない好機。
わたしは第二王子を見据える。
「警護のついでに貴方を見極めてやるわ。覚悟しなさい、第二王子」
わたしは第二王子に突撃した。
♢
「ねえねえ、おにーさん♪ ちょっとこっちに来て!」
「君は誰だい? あっちょっと……」
わたしは無理やり第二王子を路地裏へと連れ込む。
路地裏に連れ込んだ第二王子を見ると困惑しているようだ、いい気味……じゃなかった、早く第二王子の下手な変装を変えさせなければならない。
わたしはびしっと人差し指で第二王子を指差す。
「貴方、貴族ね!」
「えっと……」
「どうして見破ったのかって顔ね。これが判っちゃうんだなぁ~、ふふん。わたしは宿屋の娘でね、家をお忍びの貴族がたまに利用するのよ」
「……うん、そうなんだ。僕は貴族……と言っても4男だから権力も何もないんだけど。ねえ、どうして僕が貴族だって判ったのかな?」
貴族の四男か。いくら子どもにでも本当の事は言わないわよね。
まあ、さりげなくこちらの情報を聞き出そうとしているのはムカつくけど。
「服は平民だけど、靴が高そうなんだもん、わたしの目にかかれば一発で判るわ!それに貴方の顔が王子様みたいなんだもの、それに瞳の色も見たことがないぐらいキレイ!」
満面の笑みで第二王子に言う。
『王子様』という単語を混ぜて揺さ振りをかけてみたが、第二王子は爽やかな笑顔のままだ。
「ありがとう。ところで、君の名前は何ていうのかな?」
「リーアよ!」
「歳は?」
「11歳。ふふん、もう大人なんだから!」
警戒されても困るので、素直に答えた……全部ウソだけど。
「そっか、リーアは大人だね」
「えへへ。ねえ、お兄さんのお名前は?」
「僕かい?僕は……サイラスだよ。僕妹が欲しかったんだよね、出来ればお兄ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」
サイラス――確か第二王子の側近候補で、イングロット侯爵家の嫡男が同じ名前だったわね。
ぷぷ、咄嗟に考えたのが丸わかり。
「判ったよ、お兄ちゃん。わたしが一端のお忍び貴族にしてあげる!」
「よろしくね、リーア」
無害な子供と判断したのか、第二王子は素直にわたしの後に着いて来た。
暫く一緒に歩き、下町の靴屋に入る。
「こんにちは~」
「らっしゃい!」
中には熊のような巨体の強面のおじ様がいた。
如何にも職人!って感じ。
「ねえ、お兄ちゃん。今は穿いている靴って大切な物?」
「別に大切じゃないね」
「そっか。おじさーん!このお兄さんに歩きやすい靴を見繕ってくれる?お代は出来たら、この靴と交換でお願い!」
「おいおいお嬢ちゃん、誰かが穿いた靴なんて代金の代わりに何てならない――――」
あ、やっぱり靴職人なら判るんだ。
第二王子が穿いているのは、この国の最新の靴。
おいそれと下町の靴屋が買えるものじゃない。
この靴が手に入ればこの店は最新の靴の情報が手に入る。
そうすれば今よりも良い靴が作れて、下町と言う場所でなら一気に靴屋のトップへと上り詰めることが出来るだろう。悪くない取引のはずだ。
わたしが取引をしたいの理由は……靴を持って歩くなんて邪魔だからなんだけどね。
「そっかぁ、しょうがないね。別の店に行こうか、お兄ちゃん」
「待ってくれ!ぜひとも、交換させてくれ」
「やったぁ!」
「兄ちゃん、サイズ測るからこっちに座ってくれるか?」
「判りました」
第二王子がサイズを測っている間に、わたしは売り物の靴を見る。
置いてある靴はどれも男物ばかりで、ブーツや作業靴などが多い。
デザインは微妙だが、とても丈夫そうだ。
働く男の人たちが喜びそう。
「お待たせ、リーア」
「履き心地はどう?」
「変わった感触だけど、悪くない」
「そっか、良かったね! おじさん、ありがと~」
「まいどありー」
靴屋を出たわたしは第二王子にしがみ付く。
わたしがしがみ付いたことで第二王子は歩き辛そうだが、致し方ない。
第二王子の歩き方は綺麗すぎるのだ。
「これからどうするー?お兄ちゃんが行きたい所があれば案内するけど」
とりあえず、第二王子の捜索隊が来るまでは一緒にいなければならない。
この人はお忍びの初心者。
どんな失敗をやらかすか判らない……しかも、王族だからたちの悪い。
「そうだなぁ。靴屋に連れて行ってくれたお礼に何か御馳走するよ」
「え、いいの?靴屋に連れて行っただけなのに……」
「色々助かったからね、お礼だよ。リーアが食べたい所に僕を連れて行ってくれないかい?」
「わかった! こっちだよ、お兄ちゃん」
わたしは以前から行ってみたかった酒場へと向かった。
昼間とは言え、普段はわたし1人なので入れなかったのだ、危険だし。
酒よりも飯が上手い!と下町で評判だったので、実に楽しみである。