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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
22/150

21話 その日少女は運命と出会う

 『お父様、誕生日おめでとうございます。ジュリアンナより』


 今日はわたしの父の誕生日だった。

 10歳にもなってバースデーカードを渡すなんて気が乗らないけど、侍女長に言われたから渋々書いたのだ。

 どうせ、わたしからのプレゼントなんて父は喜んだりしないのに……。


 

 ほとんど家に帰って来ない父が今日は何故か帰って来た。

 数か月前に全寮制の士官学校に入学したヴィンセントが今日帰省すると聞いていて楽しみにしていたのに……とんだ厄日です。





 「失礼します。お父様ちょっとよろしいでしょうか」


 「入れ」



 本当は会いたくないけれど、侍女長が直接渡せと煩かったので父の執務室へ来ました。

 中に入ると父が書類の山を捌いているところでした。

 窓から差し込む光に照らされ輝く父の金髪が、自分との血の繋がりを嫌でも主張してきます。

 幸い瞳の色は父が碧色、わたしが紫色で違うため目を見て話せばどうにか平常心でいられます。

 紫色の瞳はとても珍しいものらしく、同じ瞳の色だった今は亡き母を感じられるため、唯一自分の外見で好きなところです。


 逃げ出したい心を押し隠し、わたしは精一杯明るく演技をしてバースデーカードを父に差し出しました。



 「お父様!お誕生日おめでとうございます」


 父はバースデーカードを受け取り一瞥すると、興味が無さそうに……むしろ眉間に皺を寄せて嫌な顔をしました。


 「下らないことをしている暇があるのならば少しは家の為になることをしたらどうだ。お前はいずれルイス家のために他家へと嫁ぐのだから。だが……ルイス家に無能者はいらない。この家のためにならないのならば、いくら実の娘だろうと切り捨てる」


 「……申し訳ありません、お父様」



 わたしは素早く淑女の礼を取り、逃げるように父の執務室から出ました。



 やっぱり、やっぱり、こうなった!!

 お父様はわたしが嫌い……いえ、ルイス家のための道具としか思っていないんだわ!

 侍女長にせっつかれたからってバースデーカードなんて書くんじゃなかった。



 『ルイス家に無能者はいらない』



 幾度も言われた呪いのような言葉。

 礼儀作法を完璧に習得しても、難曲のダンスを笑顔で踊れるようになっても、他国の言語を習得しても、いつもお父様は褒めて下さらない。言われるのはいつも同じ言葉だけ。

 言われる度にわたしが父とってどうでもいい存在なのだと否応なく実感する。


 

 自室に駆け込むと、わたしはドレスのことなど気にせずにベッドに飛び込んだ。



 「嫌い……大嫌いよ! お父様もルイス家もみんなみんな大嫌い!! わたしの味方は……ヴィーだけよ」


 ホロリと一筋の涙が頬を伝う。


 「お嬢様、お茶をお持ちしました」



 侍女がお茶を持って入室して来た。

 本当は少しの間ひとりにして欲しかったけれど、しょうがない。

 わたしは涙を拭い、仮面を張り付けて気持ちを隠す。



 「ありがとう」


 「いえ、お嬢様のためですから」



 ちらりと侍女の顔を見れば、最近入って来た新人侍女だった。

 わたしを心配して来てくれたんだろうけど……正直言って余計なお世話だった。

 でも好意でやってくれたことだから、その言葉は飲み込んだ。



 「ふう……」


 紅茶を口にすると、気分が少しだけ高揚した。


 「それにしても旦那様は酷いですね!お嬢様が折角書いたバースデーカードを無下にするなんて」


 「そうね……」


 もう使用人の間で広まっているのね……知りたくなかったわ。

 思わず苦笑いをしてしまったが、それに気づかずに侍女は続けて喋る。


 「お嬢様は幸いにも女の子ですから、結婚すればこの家から離れることが出来ますよ!お嬢様はお可愛らしいですからね、すでに隣国の王族や国内の上級貴族から縁談が来ています。あのマクミラン公爵家からも縁談が来ているんですよ!凄いです」


 「マクミラン公爵……」



 貴族教育として国内貴族の家系図は粗方頭に入っている。

 マクミラン公爵家は今、公爵は奥方に先立たれて、わたしより一つ上の歳の娘がいるだけだったはず。 つまりは男性は公爵のみ――たしか父と同い年のはずだ。

 政略結婚というのは貴族の務めだと頭では判っている。

 だけど、こうして自分に降りかかるとなると話は別だ。


 

 「……ちょっと一人にしてもらえるかしら?ごめんなさいね」


 「? 判りました」



 侍女が部屋を出て行き、また一人になるとどうしようもなく涙が溢れだす。

 わたしはルイス家が繁栄するための道具として生きるしかないのだろうか。

 次々と心の中に嫌な考えが浮かんだ。



 「弱気になっちゃう……駄目ね、気分転換でもしましょう」



 わたしは机の鍵付きの引き出しの中から一冊の手帳を取り出す。

 茶色の皮のカバーは薄汚れていて、年期を感じさせる。

 手帳を開き、最初のページをわたしは食い入るように見つめた。

 書き記されているのは意味不明な文字の羅列。

 この手帳は一か月ほど前、亡き母とわたしの主治医から貰ったものだ。

 どうやらこれは亡き母――エリザベスお母様が生前書き記したもので、主治医が預かっていたのを忘れていたらしく、今更だが娘のわたしに渡してきたのだ。


 わたしには二人の母がいる。

 エリザベスお母様とカレンお母様だ。

 第一夫人と第二夫人という関係だったらしいが、侍女長が言うには関係は良好だったようだ。

 エリザベスお母様はわたしを産んだ時に元々身体が弱かったせいで死んでしまった。

 カレンお母様はヴィーの母で、エリザベスお母様亡きあとにわたしを実の娘のように育てくれたらしい――わたしとヴィーが3歳のときに事故で亡くなったため、あまり覚えていないのだ。


 主治医から貰ったこの手帳は、まるでお母様たちが傍にいるようで、わたしの大切な宝物だ。



 「やっぱり読めない、けど……」



 この意味不明の文字は暗号だというのはすぐに判った。

 だけど暗号の解き方は判らないし、他人には迂闊に聞けない。

 個人で地道に解こうと躍起になったが、ページごとに違う暗号で書き記されているらしく、思うように解読は中々進まない。そんな時に、わたしがよく預けられるエリザベスお母様の実家――オルコット公爵家で暗号解読の本を見つけた。

 どうやらエリザベスお母様は暗号に対して天賦の才を持っていたらしく、生前はいくつもの暗号を開発していたのだと、おじい様に聞いた。

 その時はわたしのお母様はやはり凄いんだと思わず顔が緩んでしまった。



 「ええっと確か三つ文字をずらして、分解して……二つ繰り上がる」


 暗号の解き方を思い出しながら一文字一文字別紙に書き写す。


 「できた! ええっとなになに……」



 解かれた文字を見てわたしは絶句した。

 どうして解いてしまったのだろう、解かなければお母様だけはわたしを愛していてくれていると勘違いし続けることが出来たのに……。

 後悔しても遅い。わたしはもう、知ってしまったのだから。


 

 ――――バンッ


 勢いよく扉を開けて、わたしは走り出した。

 廊下にいた使用人たちがギョッとした目でわたしを見る。

 お嬢様と呼びかける声が聞こえたが無視した。


 わたしはエントランスへと一直線に駆ける。

 エントランスに行くとそこには、わたしの愛する弟がいた。

 数か月ぶりに見た弟は前よりも少しだけ背が伸びていてた。

 思わず駆け寄り抱きしめたくなったが、今のわたしの精神状態では取り返しのつかない言葉を言ってしまうかもしれない。弟を愛しいと思う反面、妬ましいと思っているからだ。



 「どうしたの、姉さん!」


 弟を無視し、エントランスを出てた。

 そして使用人たちの目を掻い潜り、屋敷の離れへ向かう。

 そこは主治医のいる研究施設だ。


 中に入ると主治医――ハワードが何やら怪しげな実験をしていた。

 しかしそれはいつものことなので、わたしは気にせず声をかける。


 「ハワード、アレ借りるわね」


 「着て早々に騒々しい。借りるなんて一々許可を取らなくていい。それはお前さんのだろうに」



 偏屈なのはいつものことなので気にせずわたしは実験準備室と書かれた部屋に入る。

 部屋の奥にある大きなクローゼットを開き、お目当ての物を取り出す。

 取り出したのはブロンズヘアーの鬘に粗末な服と靴。

 ドレスを脱ぎ捨てて、それらを手早く身に着けると、わたしは実験準備室を飛び出した。

 そのまま研究施設から出ようとすると、ハワードが声をかけてきた。



 「待ちな。その瞳じゃ目立つだろう……これを使え」



 差し出されたのは目薬だった。

 訝しげに見つめてるとハワードが続けて言う。


 

 「まだ試作品だが瞳の色を変えることが出来る。まだうまく色を調節出来ないから何色に変わるかは判らないけどな」



 わたしは貰った目薬を差し、鏡で確認する。

 すると紫色の瞳はチョコレートのような焦げ茶色に変わっていた。



 「……すごい。ありがとう、ハワード」


 「ふん、ただの実験台だ。用が済んだのなら早く行け」



 わたしは研究施設を後にして、業者専用の裏門へ向かいこっそりと屋敷を出た。

 向かうのは王都の下町。

 とにかく今はルイス侯爵令嬢(ジュリアンナ)ではなく、別の誰かになりたかった――――









 気持ちを新たに、新品の手帳に日記を書こうと思います。


 今日わたくしはローランズ王国が宰相、ジェラルド・ルイスの花嫁となりました。

 これにより、わたくしエリザベス・オルコットは性をルイスに改め、ルイス侯爵夫人となりました。

 来週にはカレン様とジェラルドの結婚式があるので、ルイス第一侯爵夫人となりますが。

 カレン様はジェラルドの最愛の人、きっと彼を支えてくれるでしょう。


 

 最近は教会派貴族の動きが妙に活発です。

 何かを起こそうとしていると、わたくしの女の勘が警告しております。

 わたくしとジェラルドとの結婚が少しは抑止力になると良いのですけど。

 しかし教会派が、あの愚かな側妃の子とは言え第一王子を担ぎ出すのは必至でしょう。

 どうか第一王子が良き王族に育ってくれることを祈ります。


 もはや教会派と国王派の派閥争いの激化は避けられないでしょう。

 陛下にはジェラルドを含め、優秀な側近がいるとは言え、次代の王である第二王子を支える人材まで手が回らぬかもしれません。

 陛下は女のわたくしも側近として認めて下さっています。

 いくら暗号関連に優れているとは言え、生来の虚弱体質はどうにもできません。

 健康の権化たる長兄様が羨ましいですわ。

 ここ一・二年のわたくしの体調は特に芳しくありません。

 故に我が同志であるジェラルドとの子を産むことが、わたくしが陛下に捧げることが出来る最後の務めとなりましょう。

 先王の妹君であらせられるジェラルドの母の血と、サモルタ王国の王女であるわたくしの母の血、そしてオルコット公爵家とルイス侯爵家の血が混ざり産まれてくる我が子は第一王女に次ぐ血統となるでしょう。

 男子ならば側近に女子ならば妃に、それが第二王子を支えることとなりましょう。

 わたくしが見守ることは叶いませんが、ジェラルドとわたくしの選択が陛下にとって、またローランズ王国とって善き未来になることを心から清廉の女神ルーウェルに祈りましょう。


 ローランズ王国歴×××年 ××月××日  エリザベス・ルイス








 下町に着いたわたしはエリザベスお母様の手帳から解読した暗号文を書いた紙を広げる。

 握りしめていたからか、紙はグシャグシャで、また手汗によりインクが滲んでいた。

 これではもう、誰にも読めないだろう。

 わたしはポケットに紙を乱暴に詰め込んだ。


 お父様はわたしのことをただの道具だと思っている。

 だけど、わたしを産んでくれたエリザベスお母様は違う……そう思って自分の心を守っていた。

 それがどうだ、生みの母ですら道具としてのわたしを望んだのだ。

 愛しあった二人から生まれた弟にわたしは嫉妬した。

 カレンお母様が死んだ後、お互いに支え合ってきた最愛の弟なのに。

 もう嫌だ、何もかも。

 わたしの中に流れる作られた血も、ルイス家も、両親も、全部……すべてが嫌になった。

 ジュリアンナ・ルイスに生まれたくなんてなかった――――




 ぼんやりと下町通りの往来を眺めていると、不審な人物を見つけた。

 道の中央で立ち止まっている少年で、歳はわたしより四・五歳上に見える。

 栗色の短髪で粗末な平民の服を着ているが、靴は見るからに高級品。

 どこぞの貴族令息のお忍びかーと観察していると、こちらを振り向いた少年の瞳の色にわたしは困惑した。


 青空のような澄み渡った青色の瞳。

 それは何度か父に連れられて行った王宮で見たものだった。

 ローランズ王国が第二王子エドワード殿下と同じ双眸――――

 髪色は違うが、瞳と人形のように精巧な顔立ちは否応なくわたしの予想が正しいと思わせた。

 彼の為にわたしは生まれ、彼の為に生きる道具として、わたしは望まれている。



 「清廉の女神ルーウェル、貴女はなんて残酷なの……」




 運命の悪戯というものは酷く残酷なものなのだと思いながら、わたしは感情の宿さない瞳で、わたしの運命の人(第二王子)を見つめた。




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