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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
21/150

番外編1 侍女と隠密は見た!

15話の茶番デートの裏側です。

尾行者さんマジ不憫な話。




 どうも皆様こんにちは。

 ルイス侯爵家が姫、ジュリアンナ様の専属侍女筆頭マリーでございます。



 ただいま(わたくし)は、お嬢様を尾行する男をさらに尾行しております。

 もちろんお嬢様が好きすぎてストーカーしているわけではありません、私ノーマルですし……お嬢様専属侍女の中にはそう言った変態がいないでもないのですけれど。



 今日のお嬢様は白のシフォンワンピースを着ています。

 可愛らしいですが所謂庶民コーディネート。

 普段の金髪と違い、濃茶の(かつら)を着けているので貴族のご令嬢には見えません。

 尤も見た目だけではなく、口調や仕草などを含めて庶民に見えるように演じているのでしょう。

 育ちというのは中々隠しきることはできません。

 例えば、貴族令嬢が大商人の娘を演じることが出来たとしても、庶民を演じる事なんて普通出来ないでしょう。価値観、仕草、口調、外見すべてが根底からちがうのですから。

 やはりお嬢様は演技力は桁違いの凄さです。



 只今お嬢様は待ち合わせのために王都の時計塔へ向かっています。

 デートなどではありません、情報交換という名の仕事でございます。

 侯爵令嬢が護衛なしで出かけるなど、たとえ変装していたとしても許されることではありません。

 故に(わたくし)が影ながら護衛をしているしだいです。




 時計塔の近くまで来ると、一瞬お嬢様の動きが鈍くなりました。

 お嬢様の先にいるのは金髪に眼鏡の若い男。十中八九待ち合わせの人物です。

 金髪男を見ただけであのお嬢様が一瞬でも戸惑った?

 お嬢様を動揺させるほどの男――――ならば一人しか思いつきません。



 お嬢様が走り出し、(くだん)の男に抱きつきました。

 そして幸せそうに抱き合い、男がお嬢様の頬にキスをしました。



 こ の ド 鬼 畜 ク ソ 野 郎 が ! !



 こほん。いけませんね。普段はお嬢様に淑女について説いているというのに。

 あのクソ――ではなく第二王子は何をやっているのでしょうか?馬鹿ですか、死ぬんですか、いっそお嬢様の知らないところでバナナの皮を踏んで死ぬという隠蔽するのも面倒な恥かしい死に方でもしてくれませんかね?


 おおっと、うっかり隠れるのにお世話になっていた柱を握りつぶしてしまいました。

 いけない、いけない、平常心。

 ダメですね。お嬢様を死地に向かわせた第二王子は、(わたくし)の抹殺したい人物NO.1なので少々殺気を漏らしてしまいました、気を付けましょう。



 お嬢様と第二王子を見ていると、どうやら痛々しい恋人会話をしています。

 会話は読唇術で筒抜けです。

 ああ、お嬢様絶対に内心で腸が煮えくり返っていますねー。

 ふと、教会からお嬢様を尾行している男を見ると、恋人たち(演技)の雰囲気にあてられたのか、嫉妬丸出しのお顔をしています……まあ、判らなくもないです。



 何やら気配を感じ、直感的に私は振り返りました。



 「あれ~、尾行と護衛に丁度いい場所だなーと思ったら懐かしい顔に会っちゃよ。久しぶりだね黒蝶(こくちょう)


 「貴方の方こそ生きていたのですか、灰猫(はいねこ)。それと今はマリーです、変な名で呼ばないで下さい」


 目の前の男に対して臨戦体制になる。

 低めの身長に直ぐに忘れそうになる特徴のない顔立ちの青年。

 唯一の特徴とも言える銀灰色の瞳を、まるで品定めするかのようにギラギラと光らせていた。



 「依頼は100%完遂させる最強の暗殺者と謳われた黒蝶が、女の子に飼いならされているなんてね」


 「私は自ら望んで首輪を嵌めたのです。我が主に危害を加えるというのならば、直ぐにでもその首を刈り取ってあげましょう……それと私はマリーです。そんな黒歴史丸出しの名で呼ばないで下さい」



 私が灰猫の目を見据え殺気を放つと、灰猫は降参とばかりに両手を上げた。



 「待ってそんなつもりないから。アンタと正面から戦おうだなんて馬鹿なことはしないよ、俺の得意分野はトラップを仕掛けた暗殺だし? それに今日はアンタと同じで護衛の仕事だから」


 「護衛? あのクソ王――第二王子殿下のですか?」


 「クソ……相当嫌いなんだな。まあ、今は隠密として王子に雇われているんだよね~」


 「貴方だって飼われているじゃないですか」


 「俺はビジネスパートナーだから、心まで捧げてないし。まあ、そんな訳で今日はよろしく、マリー♪」


 「気持ち悪い、気安く名前で呼ばないで下さい。尾行するなら他の場所に行けばよいでしょう」


 「辛辣だな~。ここが一番、殿下様と下手糞な尾行者をよく見れるんじゃん」


 「はぁ……勝手にしなさい。私は仕事に集中しますので」


 「了解~」



 お嬢様たちに目を向けると市街に行くようだ。

 恐らく尾行者に諦めさせるために茶番を行うらしい。


 私は背後のアホ猫の気配を鬱陶しく思いながら尾行を続けた。









 市街に着くと、お嬢様たちはアクセサリーの露店に立ち止まった。

 第二王子がお嬢様に次々とアクセサリーを合わせ、吟味している。

 その中で黄色の石の付いたペンダントを手に取ると、店主であろう大柄の男に代金を支払う。

 すると第二王子がお嬢様の背後に回り、ペンダントを着けた。

 そして仲睦まじそうに笑い合いながら、会話する二人。

 どう見ても歩く公害、バカップルです。



 「ひぇええ、『僕のお姫様』だって。酔っていても俺じゃそんなセリフ言えない……お宅の姫さん、顔赤らめちゃってデロデロに惚れてませんか?」


 「貴方はお嬢様を判っていませんね。お嬢様が惚れていると思っているのならば貴方はお嬢様の足元にも及ばぬ存在だということです」


 「へぇ……どう見ても惚れているようにしか見えないけど。でも、アンタのいう事が本当だとしたら……末恐ろしい女だな」


 「素晴らしい淑女の間違いでしょう」



 アクセサリーの露店を立ち去ると、お嬢様たちは手を繋ぎ歩き出しました。

 するとお嬢様はボーっと遠くを見つめていました。

 それに気づいた第二王子が「どうしたの」とお嬢様に声をかけました。

 するとお嬢様が「なんでもない」と蠱惑的な笑みで返しました。


 お嬢様ー!!!そんな笑みをド鬼畜野郎に見せてはいけません!

 というかクソ王子、何を高級服飾店であるメイラーズを指差しているんですか!

 まだ尾行者はいるんですよ!庶民がそんなところに入るのなんておかしい――あっ、尾行者が嫉妬と憎悪を通り越してこの世の終わりのような顔をしています。


 

 「あちゃー殿下様完全に素に戻っているね。服屋ってことは、プレゼントした服をベッドの上で脱がしたい下心満載♪みたいな。確かにあの顔は反則だよね~」


 「貴方は黙っていなさい、馬鹿猫ぉぉ!!」


 

 その後どうにかお嬢様が第二王子を諌め、カフェへ強制的に連れて行った。

 カフェはオシャレな外観で若者に人気のありそうな店。

 お嬢様はオープンテラスに座り、ケーキと紅茶を楽しんでいた。

 もちろん尾行者の表情は暗い……と言うか死相が見える。

 ちょっとだけ尾行者が不憫に思えてきました。



 お互いのケーキを食べさせ合うふたり。

 お嬢様は本当に楽しそうな顔をしています。

 第二王子と食べさせ合うのが嬉しいんじゃなくて、貴族ではできないことができて嬉しいんでしょうね、あの顔は。



 「あんなに可愛い子とあーんだなんて……俺守るのが仕事だけど、純粋に殺意湧いてきちゃった♪ 転職本気で考えるよ」


 「……あんな男、(天に)召されればいいのに」


 「アンタ、目が笑ってない……」


 「お互い様です」


 「あっ、尾行者が席を立った」


 「手に持った新聞で隠していますけど、男泣きしていますね」


 「判らないでもないなー。きっといい人見つかるさ、おっさんグッドラック」


 「私たちはこれが茶番だと知っていますけれど、彼は本当にデートだと思っていたでしょうね」


 「おっさん転職しそうだな」


 「ある意味、今の内に転職できるのは幸運でしょう」


 「王家が動いている事態だからな~、まあ色々時間の問題だろうな」


 「そうですね……この国の王族、それに王家の三柱の貴族家は甘くないですから」


 「俺らの暗殺ギルドも簡単に捻り潰されたしねー。まっ、先にルールを破ったのコッチだし、上のアホ爺どもが一掃されたのは良かったけど。俺も生き残ったし……それも織り込み済みだったんだろうなー。ああ怖い怖い」


 「(やいば)が此方に向かない限りは、これ程に頼りに出来る存在はないでしょう」


 「一国民としては喜ぶことなんだろーけど……殿下様たちが店を出るみたいだ。茶番はこれで終わりってことカナ~。尾行者もいないし俺も別の場所に移るよ」


 「シッシ、早く行きなさい」


 「冷たいな~。……なあ黒蝶、お前は今幸せか?」


 真剣な顔で灰猫が私に問いかけてきた。

 無機質な銀灰色の双眸からは感情が読み取れない。

 しかし灰猫にとっては重要な問いなのだろうと、かつて同じ暗殺ギルドに所属していた付き合いから読み取った。



 「(わたくし)の願いに気づき、手を差し伸べて、尚且つ叶えてくれたのはお嬢様だけでした。マリーという名を頂いた時に私は誓ったのです。私のすべてはお嬢様に捧げると。お嬢様の手足となり役立てる事こそが、私のこの上ない幸せなのです」


 「それはちょっと羨ましいな……」


 

 そう言い残すと、霧散するかのように灰猫は私の前から消えた。

 最後に見せた顔は少し寂しそうに見えた。

 それはきっと気のせいではない、あの男はああ見えて寂しがり屋なのだ。



 「貴方にとっての『幸い』が早く見つかるといいですね、灰猫」



 嘗ての同僚にとって善き未来が訪れるように私は祈り、恐らく本命の情報交換の場に向かうお嬢様たちの護衛に戻ったのだった。





次回からは過去編が始まります。

ロリアンナ登場!



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