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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
18/150

18話 復讐者は神の許しを望まない

 王都の庶民菓子めぐりの後、予定通り王都教会へ戻り、次の日からわたしは仕事に復帰した。

 クロード医師の助手をしていると、突然ミハエル神父が現れた。



 「エレン、正午の鐘が鳴った後に頼みたい仕事がある」


 「わ、判りました! ミハエル神父」



 頼みたい仕事、ね。上機嫌なミハエル神父から察するに慈善事業とかではないのでしょうね。

 思わず溜息を吐きそうになったが、今のわたしはエレン。

 去っていくミハエル神父を尊敬の眼差しで見送った。



 「……お前の本分は見習い看護師だ。シスターの真似事などするなよ?……よくよく肝に銘じなさい」


 「判っていますよ! クロード先生」



 嬉しさを隠しきれないエレンに判っていないだろうとクロード医師眉間に皺を寄せる。


 ふふ、判っています。ミハエル神父が愚かだと見下しているわたしを使い勝手のいい愚かな手駒としようとしていることぐらい……まったく、不器用な人ですね。


 数か月一緒に仕事をすればクロード医師の性格ぐらい判るようになる。

 クロード医師は厳しく、看護師や患者たちに脅えられている。

 しかし彼は決して医師として妥協しないだけなのだ。

 それは命を預かる医師として当然のことで、同じ患者の命を預かる看護師にも当然同じことを求める、また患者のためになら憎まれ役もかって出る。

 そして数か月一緒に仕事をしただけの見習い看護師に忠告をするぐらい本当は繊細で優しい不器用な人なのだ。

 もちろん鈍感なエレンはそんなことを口には出さない、故にわたしがクロード医師に伝えることはないだろう。










 「皆さん、一列に並んで下さい!」



 王都教会大聖堂にエレンの声が響き渡る。

 わたしは今、礼拝に来た信者たちに免罪符を販売していた。

 『販売』と言っても値札を付け、金銭のやり取りをしている訳ではない。

 お布施と呼ばれる信者たちの寄付を貰い、敬虔な信者に感謝の意を示すために免罪符を渡すという建前の元に行われている。


 免罪符――女神ルーウェルの聖遺物の一部とされており、免罪符を持つとあらゆる罪が許されるという噂だ……もちろん、そういう噂になるように情報操作したのでしょうけど。


 果たして罪を犯したことのない人間などいるのだろうか?

 嘘を吐くことが罪だと言うのならば、ほとんどの人間が該当する。

 そう、大なり小なり人間は罪を犯すものだ。

 たとえ小さな罪だとしても、罪は罪。

 女神ルーウェルはお許しにならないなどと、神父のトップが言ったのならば、信者――特に高度な教育を受けていない平民は騙される者も多い。

 故に免罪符は横行し、信者たちは免罪符を手に入れるために必死に金を出す――――詐欺と言ってよいのでしょうね。


 今回の免罪符は小さな小瓶に入った聖水だった。

 水のはずなのに色は澄んだ青色……一体何が入っているのでしょう?

 一瞬本物の聖水なのかもしれないと思ったが、すぐに絶対に違うと結論付ける。

 あの金に溺れる神父が本物を他人に渡すなどあり得ない。

 内心で苦笑しながら、わたしはそっと小瓶の一つを自分のポケットに忍ばせた。




 

 「君はとても優秀だ。また頼む」


 「あ、ありがとうございます!」



 免罪符の販売の後、わたしはミハエル神父の執務室に来ていた。

 どうにもミハエル神父は他人を疑う気質らしい。

 わたしと同じく免罪符の販売を行った者も、ミハエル神父の側近の者も皆、純粋にミハエル神父を崇めているという共通点があった。

 わたしも顔には出さず、エレンとして、神父様のお言葉光栄ですとばかりに尻尾を振る犬のような演技をしておいた。

 ミハエル神父は、地位の割には傍で仕える者が少ない――だからこそ、見習い看護師のわたしにもお鉢が回ってきたのでしょうけど。



 ふと、ある言葉が頭に浮かぶ。


 『無能者はルイス家にはいらない』


 幼少の頃から何度も父に言われた言葉。

 わたしがいくら親子らしい会話をしようとしても、父はわたしの望む言葉を言ってくれたことはない。




 ミハエル神父とまた手伝うと約束をした後、わたしはきゅっと唇を噛締めながら、白の寮へ帰った。












 タダ働きの代償が神父の労いの言葉だなんて……割に合いませんね。


  

 寮の自室に戻ったわたしはポケットを探り、第二王子の手駒としての戦利品の小瓶を手に取る。

 小瓶の蓋を開け、匂いを嗅いだ後、液体を指先に浸けて舐める。

 


 「清涼感のある香りがする。けど、ただの色つきの水ね……」



 特に人体に作用する成分はないようだ。

 ああ、つまらない。ガッカリだわ。

 

 興味の無くしたわたしは、小瓶を無造作にベッドに放り投げる。





 ――――コンコン


 今日はもう就寝しようと思っていると、部屋にノック音が響く。

 こんな夜に誰だと扉を開けると、そこにはアンがいた。



 「こんばんは、エレンさん」


 「夜にどうしたのアン? 何か急用?」


 「そう言う訳ではありません。ちょっと眠れなくて……エレンさんが良ければお話でもしたいなーって思いまして。先日の彼氏さんとのデートについてもお聞きしたいですしー」


 就寝しようとは思っていたけれど、別に眠くないですし……別に問題はないですね。


 「うん、いいよ。どうぞぉ……あっ、ミリアも呼ぶ?」


 「ミリアさんは夜勤なのでいませんよー」


 「じゃあ、ふたりで秘密の女子会だね!」


 「そうですねー」



 個室とは言え、狭い室内。ふたりは自然とベッドの上に座った。



 「おや……この小瓶は何でしょうか?綺麗な液体ですね」


 アンが先程わたしが投げた小瓶を見つけて眺めている。


 「今日、ミハエル神父のお手伝いをしてね、貰ったの!」


 盗んだとは馬鹿正直に言えないので適当に誤魔化す。


 「それで午後は居なかったんですねー。中身は一体なんでしょう?」


 「聖水だって、何か爽やかな香りがしたよ。アンは確か幼馴染の彼氏が薬師だから気になるの?」


 「まあ、彼が薬コレクターなので……私は違いますよ?」


 「アンの彼氏について知りたいなー」


 「ふふ、今夜は私がエレンさんに質問するんですよ――――」


 「あ、アン―――――か、かふぁっ」



 おっとりとした笑みを消し、アンがわたしを押し倒した。

 わたしが叫ぶ前に無理やり、口内に何か入れられた。



 どろりとした冷たく苦い液体だったが、飲み込んだ瞬間から身体が沸騰したように熱くなる。


 視界がぼやけて世界が歪む、頭の中は霧がかかったかのように思考が働かない。


 何かが起きたと本能が危険を警告するが、次第に身体にも力が入らなくなる。



 「相変らず即効性ですねー」



 いつもと変わらない、アンののんびりとした声が頭を反芻する。

 ぼんやりとした視界には、アンが免罪符とは別の深緑色の液体が入った小瓶を手に取り、笑っていた。



 「エレンさん、あなたは知らなかったとは思いますけど……私はあなたが大嫌いでした。馬鹿で頭の軽い女……でも、少しは私の役に立ってくださいね?」



 アンはエレンに馬乗りになり、首筋に隠していただろうナイフを突きつける。



 「脅す必要はないかもしれませんが、念のためです。ふふ、あなたが飲んだのは強力な自白剤で、身体を麻痺させる効果と自白後は忘却効果があります。だから心配せずに、私に全部話して下さいね……汚らわしい第一神父のお気に入りであるエレンさん、あなたが知っていること全部教えて下さい」



 アンは愉快そうにエレンを見下しながら、お願いをする。



 「わ、わたし、が、知って、い、るの、は――――」







 わたしはナイフを持つアンの右手を捻り上げた。

 アンが痛みに苦しむ隙に身体を捩り、自由になった足でアンの腹部を蹴り上げる。

 薬で服従した相手に抵抗はできないと高を括っていたのか、ナイフは添えているだけで緩い拘束だった。


 ナイフを奪い取り、悶え苦しむアンをベッドに縫い付け、馬乗りになる。

 動けないように彼女の痛むであろう腹部に体重をかけ、奪ったナイフをアンの首元にゆっくりと添えた。


 薄い皮膚に軽く刺さったのか、アンの白い首からは一筋の血が流れる。

 わたしはそれを丁重に掬い上げ、恐怖に震えるアンの紫色の唇に、紅を差すように優雅な動作で塗りつける。


 クスリと思わず笑みが零れる。



 「ふふ、わたしは知っていましたよ、貴女がエレンを嫌っていることを……でも、わたし(・・・)は貴女がとても大好きでしたわ。それを貴女は知っていまして? ねぇ、モニカ(・・・)アントルーネ(・・・・・)元男爵令嬢(・・・・・)?」



 まるで恋人に甘えるように、そっとジュリアンナとしてアンの耳に囁きかけた。



 


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