15話 茶番は砂糖菓子よりも甘く
「ジーク!!」
わたしは最愛の恋人(敵)に飛びあがるように抱き着いた。
ふわりと香ったエドワード様の匂いが、わたし好みの柑橘系の香りでさらにイライラを加速させる。
エドワード様はわたしを抱きしめるように持ち上げた。
わたしはエドワード様の首に手を回し、そっと耳元で囁く。
「後に尾行者あり。数は1、素人に毛が生えたレベル。しかし油断は出来ません。ですから茶番にお付き合い下さいませ……ちなみにわたしは、どこぞの腹黒王子が仕事をしていないことに憤りを感じています。もしかして人材不足でしょうか?」
わたしを王都教会に潜入させるぐらいですものねと内心で付け足す。
この男は面白半分でここに来たに違いない、多少の嫌味は我慢してもらいましょう。
いい加減に離れようと顔を離すと横向きにぐいっと引き寄せられた。
すると「チュッ」というリップ音が小さく響く。
頬にキスされた。
その事実に気づいたわたしは、あっと言う間に顔が紅潮した。
追撃をかけるように今度はエドワード様がわたしに囁く。
「俺は仕事は適任の者に任せる事にしている。そして今日は俺自身が適任だと感じた、それ故今此処にいる。それで?ジュリアンナ、演技を至上とするお前が俺程度に乱されるなんてらしくないな……ちゃんとエレンを演じろ」
言い終わるとエドワード様はわたしを降ろした。
その顔に浮かべるのは爽やかな笑み。
しかしわたしは騙されない、この真っ黒に輝く魔王スマイル……実に腹立たしい。
そちらがその気なら受けて立ちましょう。
此れから始まる茶番はエレンとジークのデートではありません、わたしとエドワード様の戦いです。
絶対に負けるものですか!!
「もうっ。い、いきなりキスするなんて……ジークのバカ!」
「赤くなっちゃって……エレンが可愛いのがいけないんだよ」
はた目から見たら仲睦まじい二人、しかし本当は殺伐とした戦いが繰り広げられていた。
「恥かしいこと言わないで! 早く一緒に行きましょう」
わたしはエドワード様に腕を絡め、市街の方へ引っ張る。
一瞬驚いた顔を見せると、すぐにエドワード様はわたしをエスコートし始めた。
無論、貴族式ではなく庶民のするようなレディーファーストの類だ。
「ねえ、エレン。言うのが遅くなったけど、今日の服とっても似合っているよ。いつもと違うのも新鮮でいい」
「……ありがとう。今日の為に選んだ甲斐があった! あっジークも素敵よ?」
その後も背筋が寒くなるような恋人会話をしながら、わたしとエドワード様は市街へと向かうのだった。
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「うん、似合うね」
「そうかな?」
わたしとエドワード様はアクセサリーの露店にいた。
先程からエドワード様はわたしと売り物のペンダントを交互に見比べていた。
その中から黄色の小粒な石の付いたペンダントを取ると、その代金を店主に渡した。
「これをくれるかな」
「まいど。そちらの彼女さんにとっても似合うと思いますぜ」
「そうだね。これ以上可愛くなっても困るんだけど」
「じ、ジーク!」
エドワード様は購入したペンダントをわたしにつけた。
その時抱きしめるかのように密着して、また柑橘系の香りがした。
ああ、腹立たしい。何故エレンをジークにベタ惚れ設定にしてしまったの!
これではエドワード様に満足な反撃もじゃない。
「よくお似合いで」
店主が鏡を取り出し、わたしが映るように向けた。
控えめなデザインが今日の服とエレンの髪色によく似合っている。
ジュリアンナではなくエレンに似合うペンダントだ。
これはわたしではなくエレンへのプレゼント。
だから、まあ……素直に喜んでおきます。
「ありがとう、ジーク。わたし、とっても嬉しい!」
「……それは良かったよ、僕のお姫様」
エドワード様が浮かべた微笑に、何故かぞくりと背筋が冷えた。
この男は危険だ――そう警告するかのよう。
「行こうか」と言われ、わたしは手を引かれ歩き始める。
無事に任務が終わったら出来るだけ会わないようにしましょう。
まあ……わたしが次期王妃候補の中でもトップですから、面会謝絶という訳にはいかないのですけれど。
ローランズ王国は2代続けて他国の王女を王妃として迎えている。
自国の血が薄まらないように、また他国の権力に介入されないようにと次代の王妃はローランズ貴族から迎えることが決定している。
そしてわたしは王家と、王家の三柱のルイス家とオルコット家という2家との血を持つただ一人の令嬢。
そのため、貴族と王家の繋がりを強め、次代の王を支える後ろ盾も得ることが出来る。
故に現国王やその側近たちはわたしをエドワード様と婚約させたいらしい。
尤も父は思惑があって、わたしが成人するまで婚約はしないと宣言している。
だが成人まで残り1年もない。
成人の後でわたしがどうなるかは判らないが、婚約はさせられるだろう。
そのままスピード結婚ということも十分に有り得る。
まあ、他国の王族からも縁談はきているらしいし、この男が相手になるとは限らないのだけど。
ちらりと隣を歩くエドワード様を見た。
わたしの父と生みの母はこの男のためにわたしを産んだ。
それを知った時には随分と悩んだが、今は割と吹っ切れている。
だとしても複雑な感情を抱かずにはいられない。
だから始めて城下で見かけた時に自国の王子を守らねばと理由をつけ、身分を隠し近づいた。
わたしと婚約しない布石となるように賭けポーカーを挑んだ……負けたけど。
そして勝手に腹を立てて余計なひと言を言って興味を持たれてしまった。
存外、わたしもズルいものです。
エドワード様には、賭けポーカーの褒賞でわたしを手駒とすることを批難したが、わたしだって褒賞を得ていたらエドワード様に婚約をしない確約をもらうつもりでした。
今思えば、そんなことは出来ないと判るのに、幼いわたしは本気そのもの。
何と言いますか……わたしは、エドワード様に振り回されてばかりです。
エドワード様本人が知るところでも知らないところでも。
だからでしょうか、この男には負けたくないと思ってしまうのです。
わたしの視線に気づいたのか、エドワード様が「どうしたの」と声をかけてきました。
「なんでもないよ」
悪戯っぽく微笑むと、エドワード様が繋いだ手を強く握ってくる。
何?もしかして考えていることが伝わった?そんなことあり得ない……貴族共を手玉に取る鬼畜魔王と噂されるエドワード様なら有り得るのかしら
わたしが戦々恐々としていると、エドワード様が1つの店を指差し問いかけてきた。
「あそこでエレンの服でも買おうか」
指の先にあるのは上級服飾店『メイラーズ』
数々の服飾コンテストで優勝し、今最も注目されている服飾店。
流行の発信源と言っても過言ではない。
そんなメイラーズの顧客は主に大商人か貴族。
割と大き目の店で働く商人の端くれであるジークが入れる店ではない。
否、第二王子だったら入れるだろうけど……それはそれで不自然になってしまいますが。
どうしたの、いきなり?
さっきまでジークとして演技していたはず……それに尾行者の気配はまだする。
そうか……これはわたしを試しているのね!
馬鹿にして、うっかりわたしが入るとでも思っているの!?
エレンを演じているこのわたしが!
内心の怒りを見透かされないように、わたしはエドワード様を見つめて言った。
「め、メイラーズで服を作るなんて恐れ多いよ!だから、特別な時に、ね? 今はカフェに行きましょう?ミリアにおススメの場所を聞いたの」
「……そっか、そうだね」
少々がっかりしているエドワード様を引っ張りカフェへと向かう。
勝ちました!
わたしは内心で勝利を喜んでいた。
カフェに着いたわたしたちは、紅茶とケーキセットを頼んだ。
エドワード様が甘いものが好きな印象はなかったので意外。
ちなみに尾行者はオープンテラスの端の席にいて、こちらを窺っている。
しかしその表情は暗い。
それもそうだろう、ずっとバカップルのラブラブデートを見せつけられているのだから。
未熟な尾行技術から見るにやはり素人。
大方、黒猫の侵入者と同じ背格好の者を手当たり次第に尾行しているのだろう。
それならば、ある程度したら尾行を止める可能性が高い。
「エレン、口を開けて」
エドワード様が自分のチョコレートケーキを一口大でフォークにさして、こちらに向けてきた。
俗に言う『あーん』である。
本当は嫌だが、今のわたしはエレン。だから戸惑いもなく口を開けた。
決してチョコレートケーキが美味しそうだと思ったわけじゃない!
「……ん、おいしい。ジークもどうぞ?」
自身のシフォンケーキを切り分け差し出す。
貴族の茶会では絶対に出来ないマナー違反。
でも今は平民のジークとエレンだから出来る。
そのことにわたしは嬉しくて、自然と顔を綻ばせていた。
これだから演技はやめられない!
「うん、エレンが食べさせてくれたから100倍美味しいよ。」
「えへへ、嬉しい!」
エドワード様の甘い口説き文句は全力で無視した。
デートをしてから気づいたが、この男はジークとして口説く事でわたしをカラかっているらしい。
無論、ときめいたりしていない。
わたしが内心嫌がっているのを楽しんでいるのだ……この腹黒が。
殺伐でラブラブなわたしたちに嫌気が差したのか、尾行者が席を立ち店を出た。
それを横目に見ながらエドワード様とわたしは茶番を続けていた。
暫くしても、わたしたちを監視する気配が感じられない。
エレンは黒猫の侵入者ではないと判断したのだろう。
「エレン、そろそろ行こうか。この後はシアナ公園に行く予定だったけど……いつも教会で寝泊まりして疲れているだろう?宿を予約しているからそこに行こう」
宿とはおそらく、エドワード様の用意した安全地帯。情報交換の場だ。
「うん。実を言うとね、ちょっと疲れてるの」
わたしは同意を示してエドワード様と店を出た。
さて、宿に着いたらこの腹黒王子にジュリアンナとして色々と言わなければ。
色々とね?
※エセ中世のため、お菓子の種類は多めです。
ジュリアンナとエドワードはS属性で負けず嫌いです。
今回のデート、一番の被害者は尾行者の方。
エドワード視点の茶番デートを書こうか悩み中です。