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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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143話 幕引きは喝采の後で



 革命の後、ディアギレフ帝国はディアギレフ共和国と名を改めた。

 批判もあっただろうに、和睦会議で会ったアヴローラはディアギレフ共和国の大統領として堂々たる佇まいだった。

 和睦会議も当初の予定通りに国同士の友好を結び、ローランズ王国の悲願は叶えられた。これで一息つけると思ったが、わたしの周りは今まで以上に騒がしいことになる。







 身を包むのは裾の長い、貞淑な純白のドレス。繊細に編み込まれたレースで作られたベールは、わたしの不機嫌な顔を包み隠してくれる。



「ふぃー、疲れたわ。もう歩きたくない、笑うのも嫌。お菓子食べたい」



 花嫁衣装がぐちゃぐちゃになることも厭わず、わたしは王宮に用意された控え室のソファーに転がった。



「お嬢様。淑女が、ふぃーなどと酔っ払いのような声を出してはいけません」


「いいじゃない、マリー。どうせ誰も見ていないわよ。何が、ディアギレフ帝国との戦いで沈んだ国民を元気づけるために、結婚を急ぐよ。あのヘタレ狸、自分がどさくさに紛れて楽に復興政策を推し進めたいだけじゃない。娘を利用しやがって……」



 わたしは和睦会議の後、前よりも倍速で進められた結婚準備のスケジュールを強制的にこなし、寝不足と疲労でフラフラの今日、晴れてエドワードとの結婚式を執り行ったのである。



「それにしても……いきなり王太子妃すっ飛ばして、王妃になるとは思わなかったわ……」 



 結婚式にはローランズ貴族はもちろんのこと、諸外国からの賓客も訪れ、盛大な結婚式が執り行われた。そのついでに戴冠式も行われ、貴族と国民から大きな支持を得たままエドワードは国王となり、伴侶のわたしもそれに従い王妃になったのだ。



「どうしたんだ、ジュリアンナ。今日この国で最も幸せな花嫁のくせに、顔が笑っていないぞ。……まあ、気持ちも分かるが」



 エドワードはノックもなしに控え室へ入ってくると、彼はわたしの姿を咎めることなく、隣にドカッと腰を下ろした。

 エドワードも酷く疲れているらしく、目の下には薄らと隈が見える。



「……結婚式の時もそうだ。ずっと澄ました顔をして……少しは嬉しそうな顔をしたらどうだ?」



 拗ねた顔をするエドワードを少し可愛いと思いながら、わたしは微笑んだ。



「わたしにとって、本当に心のこもった結婚式は……サモルタ王国の時計塔で誓いの言葉を交わした時よ」



 あの時、わたしは初めて恋を自覚した。

 今のわたしにとってはお遊びではなく、本当の誓いの言葉になっている。



「……そうか。折角の結婚記念日だ。ふたりでどこかへ抜け出すか?」


「いいわね。安いエールでもいいからお祝いでもしましょう。きっと王都の酒場の方が、ここよりも寛げるわ」



 わたしたちが名案だと頷き合っていると、ガシッと後ろから肩を掴まれた。



「この問題児たちは! お願いですから、今日くらいは大人しく……粛々と業務をこなしてください!」


「あら、サイラス様。ごきげんよう」



 青筋を浮かべるサイラス様に、わたしは淑女らしく微笑んだ。

 エドワードも腹黒い笑みを浮かべる。



「つまりは、今日でなければ抜け出して良いということか。ジュリアンナ、サイラスのお許しが出たぞ」


「まあ素敵! 折角だから、行商に紛れて新婚旅行をしたいわ」


「いい加減、自覚を持ってくださいよぉぉおお!」



 サイラス様が半泣きになったのを見ると、エドワードは足を組んで扉を見た。



「サイラス……暫く休ませろと言ったのに、何故来たんだ。今日は新婚初日だぞ。部外者は立ち去れ」


「こ の 馬 鹿 王 子 は !」



 ギリギリと音が鳴るほど歯ぎしりをしながら、サイラス様は恐ろしい形相でエドワードを睨んだ。

 しかし、エドワードは余程鬱憤が溜まっているのか、腹黒い笑みを浮かべ続けている。



「数日姉上と会ってないぐらいで嫉妬するな、サイラス」



 エドワードは勝ち誇った目でサイラス様を見ると、わたしの肩に腕を回した。


 ――それと同時に扉がノックもされずに開け放たれる。



「姉さん、無事!?」


「あら、ヴィー! どうしたの?」



 わたしはスルリとエドワードから抜け出すと、ヴィンセントへ駆け寄った。



「そこの鬼畜が姉さんのところへ言ったって聞いて……何か迷惑をかけていないか心配で来たんだ。それに姉さんに会いたかったし……」


「まあ! いつでも会いに来て良いのよ、ヴィー」


「……それは困る」



 後ろでエドワードがボソッと何か言ったが、わたしは気にせずヴィンセントに抱きついた。

 わたしは嫁いでルイス家の者ではなくなったけれど、兄妹の絆は不変のものだ。



「姉さん、とっても綺麗だよ。僕の職場は王宮だし、これからは前よりも姉さんと会う機会が増えるといいな……」



 ヴィンセントは子犬のようにシュンとした顔をする。

 わたしはそれを慰めるように、抱擁を深めた。



「もちろんよ、ヴィー。わたしも意識して時間を作るわ。きっとエドワードも許してくれるもの」



 そう言って振り向けば、エドワードはヴィンセントへ剣呑な目を向ける。



「…………分かった」


「おやおや、鬼畜魔王にしては寛大だね」



 ヴィンセントはフンッと鼻を鳴らし、何故か勝ち誇った目をエドワードで見た。

 エドワードはムッとした顔をすると、わたしの手を引いてテラスへと向かう。



「ちょっと、エドワード!」


「予定よりも早いが……皆、集まっているだろう。仕事だ、ジュリアンナ」



 歩きながら急いでベールとドレスを整えると、カーテンと大窓が開かれる。

 テラスへと足を踏み入れた瞬間――――盛大な喝采がわたしたちを包み込んだ。



「エドワード国王陛下、ジュリアンナ王妃、結婚おめでとうございます!」



 王宮の庭園を埋め尽くすほどの民が集まり、わたしたちを祝福する声が聞こえる。

 わたしはエドワードの手を強く握りしめ、涙を必死に堪えた。



(……こんなに幸せな未来になるなんて……思いもしなかったわ……)



 エドワードとの結婚は、わたしにとって最もあり得た未来だった。

 だが幼い頃は、自分が政略の道具だと卑屈になっていた。結婚がわたしの個人的な幸せに繋がることだとは、思ってもみなかったのだ。



「俺と結婚したことを後悔しているか、ジュリアンナ」



 わたしの内心なんて見透かしているだろうに、エドワードは意地悪な質問を投げかける。

 



「何を言っているのよ、エドワード。王妃の役を演じるのも悪くないと思っていたところよ」



 わたしはエドワードに寄り添うように抱きつくと、民に仲睦まじい国王と王妃の姿を見せつける。

 すると民たちがより大きな喝采を上がった。



「でもそうね……エドワードの隣で演じる役ならば、なんだって楽しいわ。どれほどの困難がこれから待ち受けていようとも、貴方の隣ならわたしは笑顔でいれる。愛しているわ、エドワード」


「俺も愛しているよ、ジュリアンナ。苦労を共に背負わせてしまうが、絶対に幸せにする」



 合図もせずに目を瞑り、わたしたちは愛情を確かめるキスを交わす。

 これから守り育てていくローランズ王国を、わたしは愛する人と共に見つめた。






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