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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
148/150

142話 愚物の皇帝と極光の魔女


アヴローラ視点





 革命政府とディアギレフ帝国の戦いは、革命政府の勝利というかたちで幕を閉じた。


 あれから半月の時間が流れた今は、ディアギレフ帝国を混乱に貶めた皇帝は捕まり、グスターヴも裁判が終わり処刑が執行された。


 もちろん、ローランズ王国から帝国軍は撤退している。エドワード殿下とジュリアンナ様も国へ帰還したが、数週間後に行われる和睦会議でまたお会いすることができるだろう。



(……新しい国の導き手と、古き国の皇帝……どちらの役目が重いのでしょうね)



 わたくし、アヴローラ・ディアギレフは一人、宮殿の最上階を歩く。

 昔は皇族の居住区には、姉たちの協力を得てこっそりと忍びこんだものだが、今は誰もわたくしの訪れを咎めることはない。


 豪奢な木彫りが施された重厚な扉を侍女に開けさせると、わたくしは遠慮なくその部屋に入った。



「アヴローラ姉上、おはようございます」



 青白い顔で笑みを見せたのは、ディアギレフ帝国最後の皇帝――わたくしの弟のセラフィムだった。



「セラフィム、調子はどう?」


「アヴローラ姉上の顔を見たら、すっかり良くなりました」



 そう言ってセラフィムは笑みを見せるが、わたくしは彼の容態が芳しくないことはよく知っている。

 手足は枯れ木のように細くなり、この一週間食事もまともに取れていない。薬で痛みを散らすのが精一杯で、侍医の見立てでは、いつ死んでもおかしくない状態だという。



「罪人にこれほど良い待遇を与えてくれたことを、感謝します。ごめんなさい、アヴローラ姉上。処刑されることもできない、駄目な皇帝で……」



 セラフィムは歩かせるのも危険なほどに衰弱していた。

 そんな状態の彼を裁判にかけることもできず、余計な血を流さないで済むのならばと、時を待つという形になったのだ。



「駄目なんかじゃない……誰がなんと言おうとも駄目なんかじゃないわ……!」



 わたくしはセラフィムの冷たい手を握って、必死に熱を分け与える。

 しかし、一向に彼の手は温かくならない。



「グスターヴがセラフィムの意思に反して、皇帝の権限を身勝手に行使していたことは皆知っているわ。だから、皇帝のことが許せなくても……皇族の血筋たるわたくしを受け入れて期待をしてくれている」


「……そっか。この国の礎となれるのなら、余も幸せだ……」



 セラフィムは儚く笑ってみせると、震える手でわたくしの頬に触れた。



「ねえ、アヴローラ姉上。皇族の一番の義務ってなんだか知っている?」


「……民を豊かにすることかしら? それとも、戦争を起こさせないこと?」


「外れだよ。それは血を残すことだ」



 セラフィムの瞳には弱々しさは感じられず、皇帝の身分に違わぬ覇気が感じられる。



「……血が残れば、たとえ荒野であろうとも国は再建できる。戦争に負けて国の名を奪われたとしても、血が残っていれば、それは完全な敗北とはいえないんだ。だからね……」



 もはやセラフィムは手を上げることすらできず、シーツの上に腕を垂らし、焦点の定まらない目をわたくしに向ける。



「アヴローラ姉上は愛する人と家族を作って。この国が新しくなろうとも……確かに、誉れ高きディアギレフ皇家が存在したと、子や孫に伝えていってほしい。何も残せない余の、生きた証を世界に刻んで。愚物の皇帝の……最後の願いだ」


「……謹んでお受けいたします。ディアギレフの名は――――」



 わたくしは途中で言葉を呑み込んだ。

 セラフィムは、今まで見た中で一番安らかな寝顔を見せて、息を引き取ったのだ。

 もう言葉を伝える人はいない。わたくしはセラフィムの額に親愛のキスを落とすと、足早に部屋を出た。



「もういいのかい、アヴローラ」


「……イヴァン。もういいのよ」



 廊下には、騎士の装いをしたイヴァンが控えていた。



「皆、アヴローラを会議室で待っているよ」


「そう。時間を取らせてしまったわね。すぐに行くわ」



 わたくしは目尻に滲む涙をイヴァンに見られないように拭うと、早歩きで会議室へと向かう。

 イヴァンはわたくしの後ろを、当たり前のように付いてきた。



「国の名前はもう決めた? ローランズ王国との和睦会議も始まるし、急いで欲しいみたいだよ」 


「……ディアギレフ共和国・・・、それ以外にないわ。反対しても、これだけは譲らない」



 わざわざ倒した国の名を戴くことは、多くの者の謗りを受けることになるかもしれない。和睦会議の不利になるようなことをするなという意見も出てくるだろう。



「いいんじゃない。全部分かっていて決めたんだろう? それなら、私はアヴローラを応援する」


「……反対されるのかと思ったわ」


「国の名前とかどうでもいいし、私は反対しないよ。それに……私の他にも味方してくれる人はいるさ。愚物の皇帝が残したものを守りたいと思うのは、アヴローラだけじゃない」


「……わたくしとセラフィムの会話を盗聴していたの? これだから泥棒は嫌なのよ」


「泥棒じゃなくて怪盗さ、私の魔女殿」



 わたくしは呆れた溜息を吐くと、会議室の扉を開ける。

 そして心の中で、最後の皇帝に伝えられなかった言葉を呟いた。

 


 ディアギレフの名と血は永久に続いていくでしょう。わたくしの一生を懸けてそれを形にしていくわ――――

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