141話 帝都革命戦 7
マリーとキール様がロディオンを倒したことで、少年たちの動きがピタリと止まった。彼らの瞳には初めて感情の色が見え、動揺、怯え、安堵……と、様々な感情が見て取れる。
共通するのは、戦意が喪失していることだろうか。
「お待たせして申し訳ありません、お嬢様。ただいま戻りました」
「よう、エド! しっかり倒したぜ」
少年たちから攻撃を受けることなくマリーとキール様はこちらへ戻ると、軽く礼を取って報告した。
わたしはマリーの頬に手添えて、彼女の温もりを確認する。
「……さすが……わたしのマリーだわ」
「恐悦至極に存じます」
負傷した身体で、マリーは最大限に戦ってくれた。やっぱり、わたしのマリーはすごい。彼女の矜持をわたしはとても誇らしく思う。
「キールもよくやった」
「まあな!」
キール様はエドワードの背中を思い切り叩いて笑った。
エドワードは軽く咳き込みキール様を睨み付けたが、今ばかりは彼を怒らないようだ。
「何故だ!? 我の最高傑作であるロディオンが……まだ負けてはいない。何をしているお前たち、早く聖女を殺すのだ。それを持って我らは勝利へと――神へと至る……!」
導師グスターヴは血走った目で、少年たちに命令を下す。
彼らはハッとした顔で導師グスターヴを見ると、目を輝かせてナイフを構えて駆け出し――それを真っ直ぐに振り下ろした。
「ぐはっ……何を……何故我を刺しているのだ、お前たち……! 敵は向こうだ、こっちへ来るな。命令だ。神に準じる我の命令だぞ……!」
信じがたいことに、少年たちは誰一人導師グスターヴの命令に従わず、彼を押さえつけてナイフで刺し始めた。
首を切り裂くでも、胸を突き刺すでもない。手や指を浅く切りつけ、それは徐々に身体の中心へと向かっている。まるで苦しみを与えるかのように……しかし少年たちはキラキラとした笑顔で行っていた。
「だって、導師さま。ロディオンはもういないよ? ボクたちじゃ、魔女を殺せないよ」
「捕まったら酷いことをされるんでしょう? それなら死ぬしかないよね。死んだら“楽園”に行けるもん」
「楽しい気持ちで逝けるように、アタシたちが手伝ってあげる。たくさん傷を負って血を流せば楽しいよ。いつもアタシたちにやってくれていたでしょう?」
「愛しているよ、導師さま。愛している愛している愛している愛している愛している」
導師グスターヴはもがくが、暗殺の訓練を受けた少年たちの力には敵わない。純白の聖職者の服は切り裂かれ、血と泥で汚される。
「洗脳を施した故の末路だわ。これはただ、貴方に返ってきただけ」
「そうだな、ジュリアンナ。ここまで自業自得という言葉が似合う“人間”もそうはいまい」
わたしとエドワードは少年たちへ近づくと、首筋に手刀を落とす。導師グスターヴを傷つけるのに夢中になっていた彼らを気絶させるのは、とても簡単なことだった。
「……ああ、助かったのか……? すまなかった……これは信仰故の過ちだ……! 我は手を下してはいない。誰も殺してはいないのだ……!」
導師グスターヴの顔には無数の切り傷が付けられ、見るも無惨な有様だ。威勢の良さは立ち消え、導師グスターヴは縋るようにわたしとエドワードを見上げる。
「助かるかは、わたしたちに聞くべきことじゃないわ。貴方の罪についてもね」
「俺たちはこの国の人間じゃない。お前を裁くのは御門違いというものだ。……どうしますか、アヴローラ第四皇女?」
エドワードはアヴローラ第四皇女に試すような視線を向ける。
彼女は胸の前で血が滲むほど強く両手を握り、導師グスターヴの前に立った。
「……ここで私情に任せて殺すことはしません。導師グスターヴ、お前の罪は然るべき裁判を行い決定します。お前にはその権利がある。それが……わたくしがイヴァンと民と作っていく新たな国のかたちです」
アヴローラ第四皇女は人間らしい強さを目に宿して言い切った。
宮殿を見れば、ディアギレフ帝国の双頭の大蛇が描かれた赤い旗は下ろされ、代わりに革命政府の魔女アヴローラをモチーフにした、黒地に銀色の極光が描かれた旗が掲げられる。
「……わたしたちは革命を成し遂げたのね」
極光はもう不吉と災厄の証ではない。希望の光だ。
こうしてパラフィナ大陸初の共和制国家が誕生し、新たな時代を迎えるのだった――――
侯爵令嬢は手駒を演じる 4巻
10/12にアリアンローズ様から発売します。
詳しくは活動報告にて。