140話 帝都革命戦 6
ジュリアンナ→マリー視点
「ふんっ、大したことないじゃないか」
ヴィンセントとイヴァンが現れたことで、少年たちは分断されて各個撃破されていく。わたしとエドワードも焦る少年たちへの攻撃を休めない。
「姉さんと鬼畜魔王は下がって、テオたちを守って。灰猫とモニカは前に出て。イヴァンはアヴローラ第四皇女の側で変わらず援護を。子どもたちを一気に叩く」
「分かったよ、ヴィンセント」
「かしこまりました、ヴィンセント様!」
「はいはい。仰せのままに~」
イヴァンとモニカと灰猫は頷くと、一斉に子どもたちへ攻撃を仕掛ける。
子どもたちの人数もこちらと同じぐらいに減ったため、戦いは一気にこちらが優勢となった。わたしはヴィンセントの指示に従い、テオドールとカルディアの前に立った。
「アンナ、これはどうにかなりそうな雰囲気なのかい?」
カルディアは戦いに取り乱すことなく、冷静な表情で前を見ていた。
わたしはヴィンセントたちから、マリーとキール様へ視線を移す。
「……マリーとキール様の勝敗次第ね」
たとえわたしたちが少年たちを全員退けたとしても、あのロディオンがいる限り、無傷では済まされないだろう。アヴローラ第四皇女とエドワードが殺される可能性だって高い。
(……どうかお願い。マリーとキール様に勝利を……!)
心の中でそう願っていると、エドワードがわたしへ微笑んだ。
「大丈夫だ」
「……そうね」
わたしはマリーとキール様の戦いを、エドワードと共に信じて見守った。
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「どりゃぁぁああ!」
「……もう少し静かに戦ってください」
「マリーも気合いを入れたらどうだ?」
「謹んで遠慮いたします」
私は奇妙な雄叫びを上げるキールに苦言を呈しながら、休まず暗器を投げる。
ロディオンは一本の剣でキールと剣を交えながら、平然とした顔で暗器を弾き、時折片手で取り上げてはこちらへ投げつけてくる。
(化物ですか。でもここで引くわけにはいきません)
ちらりとお嬢様の方を見れば、エドワード第二王子と共に後方へ下がっている。先ほどは少年たちの数に押されて危うかったが、ヴィンセント様と怪盗が援軍に来たおかげで持ち直したようだ。
「余所見ですか、九九番」
「くっ」
ロディオンは私の腹部めがけて斬撃を放つが、それを寸でのところで両手で構えたナイフで受け止める。
懸命にロディオンの力をナイフをずらすことでいなしながら、くるりと半回転した。そしてロディオンの首めがけて片手を振り上げるが、彼はそれを予測していたようで、後ろに飛び退いた。
(……もう、暗器の数も心許ない。直接攻撃を加えなくては)
腹部の傷はまだ癒えていない。それで鈍った動きをするつもりはないが、ロディオンを倒すだけの力が出せるのは短時間だろう。全力を出さねば、殺されるのはこちらだ。
――そしてロディオンには、一人で勝てない。
私はその事実を受け止め、キールへ目配せをして攻撃を一気に畳みかけることを伝える。
「マリー、そろそろ本気出すのか?」
「いちいち声に出さないでください……!」
キールへ残り少ない暗器を投げつけてやりたくなったが、それをぐっと堪えて私はロディオンの背後に回る。そして舞うように蹴りを食らわせて、胸部めがけてナイフ突き刺す。
「くっ、背後からなんて卑怯ではないですか?」
ロディオンは身体をねじってナイフを受け止めた。
不安定な姿勢だが、彼は的確に攻撃を捌いていく。
「卑怯? 何を今更。私も貴方もそんなお上品な世界で生きてこなかったでしょう」
「勝てるのなら、手段を選ばないということですね」
「いいえ。お嬢様を守れるのなら、私はどんなことでもしてみせます。無様に負けてもいいのです。それが自分のためにしか生きない貴方との違いです」
私はそう言うと、ナイフを捨てて、体当たりするようにロディオンの腰に抱きつき押し倒した。
「何を!?」
予想外の私の行動に焦るロディオンだったが、引きはがそうと剣を下向きに持ち替えて私へ振り下ろした。
「何を馬鹿なことを……これでは俺を殺せませんよ」
「私は貴方を殺したいなんて、一度も思ったことはありませんが?」
私は無表情でありのままの事実を言った。
ロディオンは瞠目して、私へと振り下ろす剣の動きが少し鈍くなる。
「……ああ、そうか。俺もだよ」
孤児院でよく見た、兄らしい笑みを浮かべたかと思うと、ロディオンの胸に朱銀に染まったの刃が現れた。ロディオンの後ろには、最後の最後で気配を遮断して何も言わずに刃を振るったキールがいた。
キールは珍しく冷たい表情を浮かべている。
(……別れの言葉はいらないですね。冥府でまた会いましょう。……私の大好きだった兄妹)
ロディオンと私が犯した最初の罪は同じだ。それならば死後の世界でも再会が叶うだろう。そこが地獄であろうとも、今度こそ道が違えることはない。
私は倒れたロディオンをそっと地面に寝かせると、土埃を払って侍女服を整えた。
「ありがとうございます……キール」
「おうよ!」
キールはいつも通りに爽やかな笑みを浮かべて返事をした。
初めて名前を呼んだけれど、彼はそんなことを気にする様子もない。
私は苦笑を浮かべつつも、キールと共に己が主の元へと向かった。